第1話 突然の報告
――― 閉店後のレストランもしもしバーグ。
「あれ? シャオミンさんカンフーガールズさん、みんなで集まって何してるんですか?」
フロアーの中心に置かれている多人数用丸テーブルを囲んで、シャオミンとカンフーガールズが何やらゲームで盛り上がっている様子。
陸はテーブルに向かって歩きながら彼女たちに声を掛けた。
「何って、あなたこれが見えないの?」
シャオミンが指差したのはテーブルの中央に広げられたポテトチップス。よく見るとその中心にポテトチップスが数枚積み重ねられてタワーのようになっていた。
「えーと、ポテトチップスですよね? それが何か」
「『何か?』じゃないわよ。これを見て何か分からないなんて、ホント呆れるわね。今までどんな学生生活を送ってきたの?」
シャオミンの言葉にカンフーガールズたちが同調する。
「えー! 知らないってマジ!? 超可愛いんですけど~」
「もしかして、陸君って人里離れたどっかの離島とかから来たんじゃない? 軍艦島とか」
「え、やだ、軍艦島興味ある。陸君住んでたんなら案内して欲しい~」
ムッとして怪訝な表情を浮かべる陸。
「軍艦島なんてテレビでしか見たことありません! ところで、これってそんなに有名なんですか?」
「はぁもう、面倒だけど説明してあげるわ。ここにお座りなさい」
シャオミンは、隣にずれて陸が座るためのスペースを空けた。
女子に挟まれる形で、少し恥ずかしそうに座る陸。
「いい? これはポテトチップスジェンガ。順番にポテトチップスを縦に積み重ねていって、その山を崩してしまった人が負け。崩さなかった人が勝ち。勝った人は崩れたポテトチップスを食べられる。そういう遊びよ」
「そ、そんな遊びがあったんですか? 僕初めて知りました」
「あなた、何でも初めてじゃないの。まあいいわ。一緒にやるわよ。さあ、今度はさっちんからよ。続きを始めましょ」
「うふふっカモにしてあげるんだからー」
からかうように微笑むカンフーガールズたち。
親番のさっちんがポテトチップスをつまむために手を伸ばすと、陸はカウンターの方を向き直ってバードに声を掛けた。
「バードさん! ポテトチップスジェンガですって! 面白そうですよ! 一緒にやりましょうよー!」
虚ろな表情で振り返るバード。
「ん? あぁ、ポテジェンか……。まぁ構わんが……」
返事はするが、声にいつもの張りがなかった。
「どうしたんですか? バードさん。元気無いじゃないですか」
「ん、そうか? そんなことはないぞ?」
そう言いながら、バードはおずおずとテーブルに歩みを進めてくる。
それを見たシャオミンは
「ちょっとー、仕方なく参加するのならやらなくてもいいのよ? ポテチは私たちが用意したんだから少しは嬉しそうにしたらどうなの? ていうか何? 今日ってそんなに疲れるほど忙しかったっけ? それなりにはお客さん入ってたけど、だからってグッタリする必要ある?」
蔑む顔でバードを見る。
「いや、そうじゃないんだ。実は、今考えてることがあって……」
いつもと様子が違うバードを心配して、陸が尋ねた。
「何ですか? その考えてることって」
――― 数日前
バードはYouTubeの撮影のためにフランスを訪れていた。
様々な名所をBRガールズと共に巡り、順調に撮影を進めるバード。
撮影が一段落すると、彼は日ごろの慰労を兼ねて彼女たちに本場のフランス料理をご馳走することにした。
訪れたレストランはフランスでも名の知れた名店であり、そこのオーナーシェフはバードと親交のある人物であった。
彼は久しぶりに訪れてきた友人をもてなすため、腕によりをかけて採算度外視で料理を振舞った。
手間暇をかけて作られた料理は、そのどれもがバードたちの心に衝撃を走らせるのに充分であった。
感銘を受けたバードは自分の料理の未熟さを痛感すると共に、まだまだ多くのことを学べる余地があるのだと、元来強く備えている好奇心と向上心に大きな刺激を受けるのであった。
――― 現在 もしもしバーグ店内
「という事があって、だから俺、しばらくの間フランスに修行に行ってみようかと悩んでるところなんだ」
「しばらくの間って、どれくらい行くつもりなんですか? 1週間ですか? それとも1カ月ですか?」
陸は心配そうにバードを見つめていた。
「ヨーロッパには元々興味があったからな。そう、短くても1年か2年。もしかしたら、その後は活動の拠点をあっちに移すかもしれない」
会話を聞いていたシャオミンの表情が曇る。
「どうしたのよ。随分急な話じゃない。慣れない街で生活するのって大変よ? それにこのお店はどうするつもりなの?」
「もちろん、それは分かってる。でも俺は、興味を惹かれたものには夢中になってしまうタチだからな。フランスには魅力的な伝統や文化があるし、個性的な食事や調味料もある。俺はそれを吸収して、もっと面白い動画がとれるようになりたいんだ。お店のことはやっぱり気になるけど、でも辞めることになったとしても仕事の引継ぎはしっかりするつもりだから、そこは安心してくれ」
「辞めるって、もうそんなことまで考えてたの!?」
驚いたシャオミンが思わず目の前のグラスを倒してしまった。
陸はテーブルに広がるこぼれた水を拭きながら言った。
「バードさんが辞めてしまったら、キッチンは誰がまとめるんですか? 僕も基本的なメニューは作れるようになったけど、まだまだ完璧じゃないし。それに、バードさんが居なくなってしまったら寂しいです。シャオミンさんだってそう思いますよね?」
シャオミンは動揺のおさまらない瞳を、バードから背けたままで答えた。
「た、たしかに寂しがる人も居るかもしれないわね。BRガールズとか、店長とか……。でも、わたしは……あなたが遠くに行くことになったとしたら……」
気持ちの整理がつかず言葉に詰まるシャオミンにバードが続ける。
「俺が居なくなればせいせいするんじゃないか? 今までみたいに同期の俺に気を遣わず、自由に店を仕切れるぜ。俺の分の賄い(職員のための食事)もみんなで分けられていいじゃないか」
「私そんなに卑しくないから。それに、あなたの分の賄いなんて私と陸の2人がかりだって食べきれないわよ」
自分の気持ちを理解してくれないバードにじれったさを感じるシャオミン。
彼女は少し考え込んだ後、何か思いついたように彼にこう言った。
「ところでちょっと気になることがあるんだけど、バードさん、あなたフランスで勉強をするつもりらしいけど、そこでの修行ついていけるだけの料理のセンスを、果たしてお持になっているのかしら? ホール係のあたしとドングリの背比べをしてるような人は、もうしばらくここで基礎を学んだ方がよろしいんじゃなくて? それとも、もしもしバーグでの仕事も、あなたにとっては少しハードルが高かったかしら? 辛いのなら逃げだしてもよろしくてよ?」
その言葉を聞いたバードの目に力が宿る。
(クッ、確かにシャオミンの言う事にも一理ある。俺は修行のためにフランスに行くのであって、ここから逃げるのではない。前回の料理対決も決着が付いていないし、その辺もそろそろハッキリさせなければな……)
席から立ちあがるバード。
「いいだろう。シャオミン君! 料理対決だ! 今度こそ君に勝って、俺はここから逃げ出すのではないということを証明してやろう!」
シャオミンはニヤリと笑みを浮かべた。
「簡単にあたしと勝負できると思ってるの? こっちはモデル活動で忙しいし、あなたみたいなヒマ人に付き合ってる時間無いんですけど……。まぁでもどうしてもって言うんなら、条件付きで受けてあげてもよろしくてよ?」
バードに挑発的な視線を送ったまま、ゆっくりと立ち上がり言葉を続ける。
「勝負を受ける条件は、もし私が勝ったらフランス行きを延期すること。いい? あなたが私に勝てるまで、もしもしバーグに残って料理の基礎勉強を続けてもらうわよ」
小悪魔のように口元を歪めながら返答を待つシャオミン。
バードは鼻息を荒くして言い返した。
「ふんっ! いいだろう! やってやる!」