七話
完全に小遣いが底をついた。食べ物も飲み物も買えず、我慢する日々。このままでは餓死してしまう。心配で堪らなくなったあーみんが助けてあげてと伝えたらしく、あーみんの母が料理を持ってきてくれた。
「ありがとうございます。お腹すいちゃって死んじゃいそうです」
「しばらく泊まりにおいで。楓ちゃんが死んじゃったら、あたしも絢美も立ち直れないよ」
「でも、迷惑かけたくないし」
「お父さんは? このこと知ってるんだよね?」
「いえ……。知りませんよ」
「なら、早く言わなくちゃ」
「電話かけたら、忙しいのにって怒鳴られます」
「怒鳴られる? 娘が困って苦しんでるのに?」
「大丈夫です。あたし、意外と丈夫なので。また料理作って持ってきてくれると嬉しいんですけど」
「もちろん。朝も昼も夜も、必ず届ける」
楓の頭を撫でて、あーみんの母はドアを閉めた。
それだけではなく、学校の弁当も用意してくれた。
「うわあ……。ありがとう」
「あたしたちにできることがあれば、何でも言ってよ。遠慮しないで、ちゃんと教えてよ」
「うん。あーみんには、感謝してもしきれないよ」
涙が後から後から溢れて止まらない。最高の親友だと改めて思った。
体重が、一週間前より五キロも減っていた。いくら食事をもらっているとしても、やはり栄養が足りていないという意味だ。顔色も悪く、睡眠をとろうとしても空腹のあまり途中で起きて眠れない。
暗い表情でいたある日、クラスメイトたちがこっそりと噂をしていた。
「また泣かされたらしいよ」
「ええ? マジで?」
「死神って呼ばれてるんだもんね」
「ものすごい不良みたい。怖すぎっ」
マンガやアニメのキャラだろうと気にしていなかった。それよりも、ずっと重い悩みで沈んでいて、架空の人間などどうでもよかった。
「……いいな。みんなは、ちゃんとお母さんがいて。バイトなんかしなくてもお金使えるんだもんね。あたしの気持ちなんか、一つもわからないんだろうな」
もちろん、クラスメイト達は何も悪くない。けれど、どうしても妬んでしまう。羨んでしまう。
さらに死神呼ばわりされている人物の噂は、毎日続いた。
「目を合わせたら、石になるらしいよ」
「かなり危ないことしてたって」
ずいぶんと悪いキャラらしい。あーみんに、最近流行っているマンガなのかと質問した。
「目を合わせたら石になって、かなり危ないことしてるマンガのキャラ?」
「あーみん、マンガもアニメも詳しいじゃん。すごく強いボスキャラなの?」
「さあ……? 知らないな」
「そっか。まあ、あたしには関係ないや」
「そうだね。それより、早くバイトだね」
「いつか見つかるのかな?」
とても想像できず、あーみんも首を傾げていた。
放課後、家への帰り道を進んでいると背中から肩を叩かれた。振り向くと『ピース』で指導してくれた奥村という先輩が立っていた。
「楓ちゃん。久しぶり」
「お久しぶりです」
「ん? あんまり具合よくなさそうだねえ。風邪でもひいた?」
「お腹ぺこぺこなんです。全然、ご飯食べてなくて」
現在の状況を打ち明けると、奥村は目を丸くした。
「じゃあ、うちにおいで。お父さんもいなくて寂しいなら。迷惑じゃないし、むしろ楓ちゃんがいると癒されるんだよね」
「いいんですか?」
「うん。来て来て。楓ちゃんのためなら、ごちそう作っちゃうよ」
はっはっはと豪快に笑う。明るくて優しくて、楓も一番憧れているお姉さんだ。
奥村が住んでいるのは、かなり古い一戸建てだった。ドアは軋む音がするし、床も汚れている。
「一人で暮らしてるんですか?」
「そう。家は広いのに、たった一人。楓ちゃんと同じで、めっちゃ寂しい。けど、ネガティブになってもゲームに慰めてもらえば平気だね」
「そういえば、昔からゲーム大好きって言ってましたね」
「楓ちゃんもやってみたら? 今は映像すごく綺麗だよ」
「目を合わせたら石になるっていうキャラが登場するゲームってありますか?」
「え?」
「かなり危ないことしてて、みんなを泣かせる不良が出てくるっていう。そういうゲームが知りたいんですけど」
「何それ? そんなのないよ。誰かに聞いたの?」
「クラスメイトが噂してたんですよ。流行ってるのかなって思ったんです。もしかして、レアなのかな?」
「あたしは初耳だわ。けっこう面白そうだね」
「そうですね。あたしも気になっちゃって」
奥村は答えてくれるかと期待していたため残念だが、いつか楓も知る日がやってくるだろう。
夕食は、筑前煮、焼き魚、みそ汁など和食だった。どれもおいしく、二分で完食した。
「そんなにお腹すいてたの?」
「はい。すっごくおいしかったです。感動してます」
「ははは。よかった。おかわりもあるよ」
「もう入りませんよ。あたしがお皿洗いますね」
「楓ちゃんはお客さんなんだから座ってて。あ、お風呂にする?」
「お風呂までいいんですか?」
「ちょっと狭いけどね。布団も敷いておくね」
「どうもありがとうございます」
あーみんもそうだが、楓は親切な人と出会うことが多い。これは秋穂が導いてくれるからだと信じている。楓を残して死んでしまい、その代わりとして連れてくる。とても子供想いだったし、素晴らしく立派な母親だ。
「楓ちゃんは、次のバイトどこにしたの?」
聞かれ、心の中に黒いモヤが生まれた。
「ああ……。実はまだ探してるんです……」
「なかなか、いいところないんだ」
「あたしって家事できないし手先も不器用でドジじゃないですか。そんな人を雇ってくれるバイト先なんか一つもないですよね」
「必ず働ける場所はあるって。落ち込んじゃだめ。いつものポジティブな楓ちゃんは、どこに行ったの?」
「だけど、本当に」
「お腹すいてるのも、お小遣い残ってないから?」
「はい。0円です」
「0円? お父さんには言ったんだよね?」
「言っても、手を貸してくれません。親の稼いだお金を勝手に使うなって怒るんです。絶対に、一円も渡しませんよ」
「いやいや。さすがに子供が餓死しそうなら、そんな厳しいこと」
「あたしのお父さんは、とっても厳しいんです。どうしてっていうくらい……酷いんです」
楓の声が低かったからか、奥村は黙った。これ以上首を突っ込んではいけないと考えたようだ。
翌朝六時に、玄関へ行った。深く頭を下げて、しっかりと感謝を告げる。
「いきなり泊まっちゃってすみませんでした。どうもありがとうございます」
「いつでもおいで。あたしも寂しいし、楓ちゃんがそばにいるだけで心が暖かくなるよ。あと、目を合わせたら石になるっていうゲーム、探してみる」
「ちょっと気になっただけなので、探さなくていいです。それにクラスメイトに聞けばわかりますから」
「そっか。まあ、一番簡単だもんね」
にっこりと笑う奥村を見つめ、もう一度お辞儀をして外に出た。