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十八話

 横顔を見ても、中尾はイケメンだと改めて思った。龍介も非の打ちどころがないイケメンだが、内面が不良なので褒めることはできない。中尾の柔らかな態度は、龍介は持っていないのだろうか。

 楓の視線が届いたらしく、中尾もこちらを見た。

「ん? どうかした?」

「いや……。あまりにもかっこいいから」

 中尾の頬が、ほんのりと火照る。

「かっこいいなんて。情けないのに」

「そんなことないよ。女の子と付き合わないなんてもったいない。ラブレターもらったんでしょ?」

「まあね。だけど自信がなさすぎで。それに俺がどう返事しようって悩んでたら、すぐに彼氏作ってたよ。俺なんか、全然本気じゃなかったんだ」

「酷い。中尾くんを馬鹿にしたって意味? 許せないよ」

「ははは。どうもありがとう」

 楓も頬が熱くなった。優しくて穏やかな表情に、うっとりと見惚れた。

「それにしても、佐東さんはマルにそっくりだね」

「そんなに似てる? 昔から子犬みたいって言われてきたんだけど」

「うん。とても癒されるし、まさにマルだ」

 たぶん中尾は、楓が喜ぶと思っているのだろう。だが楓は人間の女の子として見られたかった。子犬と同じなど話されても嬉しくない。要するに、楓には全く魅力はなく、ただのペットなのだ。

「ところで、マルちゃんは死んじゃったの?」

「そう。俺が小学四年生の時に病気で。俺の腕の中で天国に逝ったよ。立ち直れなかったな」

「離れ離れになるの辛いよね。あたしも七歳の頃、お母さんが死んじゃって。それからはお父さんと二人暮らし。そのお父さんも獣医で忙しいから、家に戻れないんだ。今は、完全に一人暮らしだよ。悲しいし寂しいし。どうしてこうなっちゃったんだろう」

 驚いたのか、中尾の顔から笑みが消えた。

「……母さん、いないんだ……」

「もう慣れたから、泣いたりはしないよ。生まれつきポジティブな性格で、くよくよしてると幸せになれないって知ってるから」

「強いなあ。俺だったら落ち込んで、後を追うかもしれない」

「自殺は絶対にだめだよ。嫌なことの後には、必ずいいことが起きる。そう信じてるの」

「俺も佐東さんを見習わないと。男なのに弱虫だよね」

 苦笑し、頭を軽く叩いた。

 特に行きたい場所はなく、四時に別れを告げた。

「あたし、そろそろ帰ろうかな」

「家まで送っていくよ」

 しかし楓が現在住んでいるのは、龍介のマンションだ。バイトがバレてしまう。

「ううん。まだ明るいし、一人でも大丈夫」

「もう少し佐東さんのそばにいたいんだよ。すぐに別れたくないんだ」

「また二人で歩こうよ。いつでも会えるんだし」

「なら、電話番号交換しない?」

 どきっと胸が早くなる。こくりと頷いた。

「いいよ。はい、これ」

 バッグから携帯を取り出し、渡した。中尾は素早く操作し、登録が完了した。

「平日は無理だけど休日は暇にしてるから、遠慮しないでかけてきてね」

「わかった。中尾くんといっぱいおしゃべりしたい。いつでも声が聞けるなんて嬉しい」

「俺も。マルと一緒に過ごしてる気分になるからね」

 褒め言葉だと勘違いしているらしい。ショックを受けたが、感づかれないように笑った。

「あたしもマルちゃんに会ってみたかったな。お父さんが獣医っていうのもあるけど、動物大好きなの。家事はできないけど動物の世話はめちゃくちゃ得意」

「そうなんだ。マルも佐東さんに会いたかったと思うよ。じゃあ、気を付けて帰ってね」

 答えて、中尾は歩いて行った。




 マンションのドアを開く。龍介はソファーでテレビを観ていた。楓が現れて、テレビを消した。

「た、ただいま」

 震えた声で話したが、龍介は目も合わせずに部屋に入ってしまった。中尾の爪の垢を煎じて飲ませたい。腹は減っていないので、楓もソファーに腰かけた。それからは、いつまで経っても龍介はリビングにやってこなかった。

 ずっと座っていてはだめだと考え、いろんな部屋を覗いてみることにした。真知子の部屋は結婚式や子供が産まれたという写真が飾られ、とても華やかだった。机の上にはドレスのカタログも置かれている。ウエディングプランナーという職業に憧れたが、手先が不器用な楓にはできそうにない。ただ、その中に一つだけ似つかわしくない写真立てがあった。鋭くどこかを睨みつけている男性。じっと見つめていると、背中から声をかけられた。

「そいつが誰だか、教えてやろうか?」

 振り返ると、龍介が腕を組んで壁にもたれかかるように立っていた。

「う、うん」

「俺の親父だよ。家族に散々酷い目に遭わせたから、馬鹿みたいな死に方したんだ」

「遠野くんは、お父さんを憎んでるんでしょ? 真知子さんから聞いたよ。死んで喜んだって」

「そうだよ。あんな奴、生きてる方がおかしいんだ」

「だけど血の繋がってる親なのに。いくら傷つけられたとしても、やっぱり喜ぶのはよくないよ」

「よくない? あんたは、そういう父親じゃないから言えるんだろうけど、俺は違うんだ。他人のくせにわかったような話するな」

「た、確かに他人だけど。でも、大事な家族なんだし。あたしだって、お父さんに八つ当たりされたり怒鳴られたりするよ。それでも、尊敬してるし愛してるのに」

「俺は、あの男を尊敬してないし愛せない。特に、真知子を泣かせたのが許せない。全部あいつが悪いのに、お母さんが優しい人と結婚しなかったせいだって自分を責めてた。お母さんのせいで、龍介を不幸にさせたって、毎日泣いてた」

「お母さんのせいで……」

 何となく想像できた。幼い息子を抱いて、涙を流している真知子。そして同じように泣いている龍介。地獄に落とされたかのような過酷な日々を送っていた二人の悲しみが、胸に伝わった。龍介は、自分が傷付けられたのではなく、真知子が傷つけられたことで恨んでいるようだ。

 突然、龍介が近づいてきた。父の写真立てを掴みとるとゴミ箱に投げ捨てた。いつまでこんなものを残しておくのかという苛立ちの顔だった。

「勝手に捨てていいの? 真知子さん、まだお父さんのこと忘れたくないんじゃ」

「だから、他人のくせにわかったようなこと言うな」

 凍った槍が飛んでくる。楓は冷たくとっつきにくい性格がタイプだが、やはり怒鳴られると落ち込んでしまう。結局、何も答えられずに黙るしかなかった。

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