表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/77

十六話

 土曜日に、バッグを持ってマンションへ向かった。合鍵を使い中に入る。すぐに龍介がやってきた。

「こ、こんにちは……」

「あんた、今日からうちに泊まって働くんだって?」

「そう。いろいろ頑張るよ」

「怪しいな。とんでもないこと起こしそうな気がする」

「大丈夫だって。信じてよ。龍介くんのためなら何だって」

「龍介くん?」

 じろりと睨まれる。まだ友人でもないのに馴れ馴れしく呼ぶなという視線で、ぎくりとした。

「じゃなくて、遠野くん……」

 苦笑しながら言い直すと、龍介は黙って目を逸らした。

「ところで、あたしの名前は」

「知ってるよ。佐東楓だろ。真知子がメープルって呼んで可愛がってるからな」

「真知子?」

 首を傾げる。龍介も不思議そうな表情になった。

「どこかおかしいか?」

「普通は、お母さんって呼ばない? 名前で呼ぶのって珍しいね」

「何だよ。名前で呼んじゃいけないのか?」

「いけないってわけじゃ」

「うちは、そういう家庭なんだよ。あんたには関係ないだろ」

 確かに楓は赤の他人なので、お母さんじゃないと変だなどと言えない。返す言葉を失い俯くと、龍介は自分の部屋へ入ってしまった。

 とりあえず、バッグを床に置きソファーに腰かける。ふう……と息を吐き、前途多難な未来が待っていると予想した。恋愛に悩みは付き物と聞くが、本当に不安と緊張が胸に溢れ返っている。しばらくして、龍介がドアを開けた。

「遠野くんも座ったら? 横、空いてるよ」

 ぎこちない笑顔で話したが、龍介は無視をして外へ出て行った。取り残された楓は、石のように体が固まり、冷や汗が流れた。

 これから二人で暮らしていくのに、とてつもなく大きな壁ができてしまっている。このバイトは、楓には合わなかったのではないか。そもそも楓は家事ができないし手先不器用だし、とにかく能無し。だめ人間と笑われても、その通りなので黙るしかない。ただ一人、秋穂だけが認めてくれた。褒めてくれた。しかし現在は亡くなって、馬鹿にする人しかいなくなった。和彦も秋穂と同じ性格だったらと願うが、昔と変わらず子供想いではないし、これからも可愛がってはくれないだろう。

 一時間ほど経ち、龍介は帰ってきた。

「おかえり。どこに行ってたの?」

「どこだっていいだろ。何でいちいち教えなきゃいけないんだ」

「でも、一応聞いておきたくて」

「うるせえな。あんた、もし俺が同じように聞いてきたら頭にくるだろ。自分におきかえて考えてみろよ」

「ああ。まあ……。そうだよね……」

 苦笑するが、龍介は目を合わせなかった。

 中尾が、女も子供も容赦しなく怒鳴ると話していたが、ここまでとはと緊張した。予想外のとっつきにくさに、手が小刻みに震えた。息をするのも辛い。冷たい男子がタイプだが、龍介は限度を超えている。

「あ、あの。りゅ……じゃなくて、遠野くん」

「何だよ」

「イライラ……してるの?」

 びくびくしながら聞く。すぐに答えが飛んできた。

「してるよ。一人の時間をあんたにぶち壊されてるんだから」

「そ……うか。ごめんね……」

「悪いって思うなら、今すぐ出て行け」

「え……?」

 そっと龍介の顔を見上げる。じろりと睨みつけていた。

「さっさと出てけ。ほら、荷物持って」

「だけど、バイトは辞められない。真知子さんに住み込みってお願いされたし、出て行くわけには」

「面倒くせえ奴だな。バイトなんかいらねえんだよ。俺一人で家事できるのに」

「でも、勝手に辞めることは」

「しゃべるな。その声聞くとストレス溜まる。話しかけたら、何も言えなくなるまで傷つけてやる」

 傷つけるの意味や酷さはわからなかったが、恐ろしい目に遭うのはしっかりと伝わった。こくりと頷き、完全に口を開かないと気を付けた。

 死神、不良と呼ばれていたのは、この性格からだとようやく理解した。確かにこれでは誰も付き合いたくないと避ける。本当に、楓も石になりそうだ。中尾はどうやって仲良くなれたのか不思議な気持ちも浮かんだ。 



 もちろん、しっかりと睡眠はとれず、うつらうつらで朝を迎えた。龍介はまだ寝ている。起こしたら怒ると、音を立てないで洗面所へ移動した。

「はあ……。どうしよう。しゃべっちゃいけないなんて無理だよ」

 楓のイメージでは、もっと優しく穏やかな人だった。血も涙もない人ではないと信じていた。

「めちゃくちゃ不良じゃない。真知子さんが産んだ息子だとは、とても」

「誰が不良だって?」

 心臓が止まりかけた。実際に止まったかもしれない。驚きのあまり、床に倒れた。

「お、起きてたの?」

「まあな。で、誰が不良だって? もしかして俺か?」

「い、いや……。遠野くんのことじゃ」

「へえ。もし俺を不良って呼んだら、何されるかわかってるよな?」

「ごめんなさい。ごめんなさい。許して」

「ふん。まあ俺じゃねえならいいか」

 龍介は後ろを向き、洗面所から出て行った。

「こ……怖すぎ……。殺されるかと思った……」

 がくがくと全身が震えた。まさに死神。なぜこんな男子に惹かれてしまったのか。外はイケメンでも内があれでは、絶対に友人などできるわけがない。中尾の柔らかな笑みが蘇った。彼は友人だと思い込んでいたが、龍介には赤の他人と映っているのではと考えた。

 学校生活でも朝の出来事は記憶に残り、あーみんは心配そうに聞いてきた。

「顔色よくないね。風邪でもひいたの?」

「大丈夫だよ。全然平気」

「悩みがあるなら相談してよ」

「うん。ありがとう」

 バイトをバラすのは禁止されている。相談したいのはやまやまだが、首を横に振って誤魔化した。

 放課後は、自宅に帰るか遠野のマンションに帰るか悩んだ。まだ十六歳で死にたくはない。迷っていたが、携帯が鳴った。

「もしもし。あ、真知子さん」

「どう? 龍介とうまくいきそう?」

「は、はい。まあ……」

「よかった。じゃあ、これからも住み込みで頑張ってね」

 そして電話は切れた。

「……やっぱり、マンションに帰らなきゃだめか……」

 ため息を吐き、ゆっくりと足を動かした。

 合鍵を使い、中に入る。すでに龍介はいて、ぎくりとした。

「ただいま……」

「どうしてここに帰ってきたんだよ」

「だから、勝手に辞められないんだって。それに、独りぼっちになりたくない」

「独りぼっち独りぼっちって、うるせえな。いい加減にしろ」

 黙り、俯いた。返す言葉を失ってしまった。そのまま龍介は部屋に入り、楓はソファーに腰かけた。声を出さないように気を付ける。滝のように冷や汗は流れて止まらなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ