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十五話

 封筒の中に入っていた紙には、いろいろな禁止令が書かれていた。まず、このバイトを他人に教えてはいけない。万が一教えたら、その時点でクビとなる。さらに龍介と淫らな行為をしてはいけない。手を繋いだり抱き合ったりするのはセーフだが、同じベッドで眠るのはNG。それから、龍介に乱暴されたり傷つけられたら、必ず知らせる。

「……たくさん決まりがあるんだ」

 ぼそっと呟く。さっそく酷い態度をとられたが、乱暴ではないので教えなくても大丈夫だ。もともと楓は冷たくとっつきにくい性格が好み。ツンツンされて、逆にときめいてしまう。

「かっこよかったなあ……。腕も掴まれちゃった」

 周りには理解されないが、本当にどきどきする。やはり男は、たくましく強く堂々としていなくては。優しくて穏やかな男は、頼りなくて魅力がない。 

 学校では、相変わらずE組に通い、遠野の追っかけを頑張った。楓がやってくると予感がするのか、やはり会えなかった。あーみんは、呆れた顔で話す。

「諦めなって。他の彼氏、探した方が」

「それじゃ盛り上がらない。遠野くんじゃないといけないの」

 楓も無理だと、ほとんどわかっていた。遠くて手の届かない場所にいて、平凡な自分とは釣り合わない。だが、真知子に出会って遠野との距離が一気に縮んだのは、もしかしたら夢が叶うのかもしれないと思ってしまう。恋人にはなれなくても、友人にはなれるという期待が胸に溢れているのだ。何事もポジティブで考えていれば、いい方向へ進める。

 とは言え、遠野は逃げる。偶然、廊下で見かけた時に声をかけようと近づいたが、勢いよく走って行った。昼休みに一緒に弁当を食べようとE組を覗いてみたが、姿がどこにもなかった。また、バイトをしようとマンションのインターフォンを押しても、全く反応がない。

「遠野くん。いるの? いないの? いるなら開けてよっ」

 ドアを叩いて呼んでも、結果は同じだ。中に人の気配はあるが、無視しているのだ。ただ寂しい気持ちで家に帰ることしかできず、さすがにネガティブ思考になってしまう。 

 ようやく真知子に相談できたのは、それから一カ月も経ってからだった。

「メープルちゃん。龍介とのバイト、どう? うまくいってる?」

 しかし楓は首を横に振って、困っていると伝えた。

「マンションに入れてもらってないの?」

「そうです。お世話したくても、中に入れなかったら無理です」

「わかった。合鍵を作っておく。そうすれば、いつでもマンションには入れるでしょ?」

「もし、何もしなかったらバイト代はもらえないんですよね?」

「え?」

「あたし、どこかに財布を落としちゃって、お小遣い0円なんです。このままじゃ本当に餓死するかもしれないので、できたらすぐにバイト代が欲しいんですけど……」

「そうだったの? 早く言いなさい。五万円くらいで、足りるかしら?」

「五万? そんなにもらっちゃっていいんですか?」

「もちろん。ただし、これからバイト頑張ってね。龍介、女嫌いで大変だけど」

「ありがとうございます。遠野くんと仲良くなれるよう、自分なりに努力します」

 ぐっと拳を作る。ふっと真知子も微笑む。

「遠野じゃなくて、龍介って呼んであげて」

「え? どうしてですか?」

「実は、七歳の頃にお父さんが亡くなったのよ。名前は紳介しんすけ。自分が大好きで、自分だけ幸せになればいいっていう人だった。私と龍介は、いつも傷つけられてきたの。だから、龍介は父を憎んでる。死んでよかったって喜んでる」

「喜んでる? そんな……。血の繋がったお父さんなのに」

「それほど酷い目に遭ってきたのよ。仕事の疲れとストレスを八つ当たりして、休日はお酒を飲んで寝てるだけ。まだ赤ちゃんの龍介の前でタバコを吸うし。どこかのヤクザに喧嘩を売られて、勝てるって馬鹿なこと考えて殺されたのよ」

「そ、そうだったんですか」

 驚いて、緊張の糸が全身に絡みついた。楓と同じく龍介も片親となったが、本人はそれを幸せと感じているらしい。無意識に俯くと、柔らかく頭を撫でられた。

「メープルちゃん。落ち込まないで。むしろ、あの男がいる方が辛かったんだから。私も、よかったなってほっとしてるのよ」

 顔を上げて、こくりと頷いた。龍介と呼んであげてとお願いしたのは、父親も遠野という名前だからだろう。

 そのまま真知子とは別れ、そっと呟いた。

「普通は、お父さんが死んで嬉しくなるかな?」

 和彦は、傷つけたりはしていないが、仕事の疲れとストレスをを八つ当たりする。楓の言葉など一切聞かない。こちらが気を遣っても馬鹿娘と怒鳴り散らすし、なぜ秋穂の方が死んだのかと悔しくなる時もある。だが、たった一人の肉親で家族で愛している大事な存在だ。死んだら嬉しいなど絶対に考えない。そもそも、この世に命を与えてくれたのだ。喜びと幸せの気持ちを知れたのは、父と母が産み育ててくれたからだ。嫌うのはおかしい。




 一週間後、もう一度真知子に会って、合鍵を渡された。真知子の携帯電話も教えてもらい、しっかりと登録した。これなら、無視されてもマンションに入るのは可能だ。

「そうだ。メープルちゃん」

「どうかしましたか?」

「バイト、住み込みで働いてほしいの」

「住み込みって、マンションに泊まるって意味ですよね?」

「そばにいる時間が長ければ長いほど、龍介と仲良くなるのも早くなるでしょ? だめ?」

「あたしは構いませんけど、龍介くんが嫌なんじゃないですか?」

「泊まることに決まったら、追い出したり怒鳴ったりしないわよ。ただ、体の関係には」

「なりません。龍介くんの性格は、真知子さんが一番よく知ってるじゃないですか」

 遮って答えると、真知子もしっかりと頷いた。

 家に帰り、ベッドの上に寝っ転がって動揺する胸を落ち着かせた。

「住み込みって……。どうしよう……」

 今まで、近づきたくても近づけなかった高嶺の花と、朝から晩まで一緒にいる。いきなり二人暮らし。信じられないが、これは夢ではなく現実なのだ。

「ということは、私服の龍介くんや、龍介くんの部屋までわかるんだよね? ご飯食べてる姿も、寝てる顔も……」

 きゃああっと頬が火照る。誰にも邪魔されず、好きなだけ見られる。さっそく、大きめなバッグに必要最低限の荷物をまとめた。服、教材、生理用品などだ。きちんと準備をしておかなくては。次に、和彦に連絡する。家に帰ってきた時に楓がいなかったら驚くし、事件にでも巻き込まれたのかと焦る。同い年の男子と二人暮らしとは言わなかった。猛反対されるのはわかっていた。

「しばらく、あーみんの家に泊まるね」

「何かあったのか?」

「ううん。特に意味はないんだけど」

「ずっと泊まるのか? それは許さないぞ。友だちに迷惑をかけるのはだめだ」

「あーみんから来てほしいって誘ってきたの。別に迷惑はかけないよ。じゃ、お仕事頑張ってね」

 さっさと電話を切った。質問攻めされないうちに逃げてしまおう。ふう、と息を吐き、携帯の電源もオフにした。もしかかってきても出てはいけないと、自分に言い聞かせた。


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