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十一話

 翌朝、起きるとここがどこだかわからなくなった。ぼんやりとして、ベッドの上だと気が付いた。たった一日なのに、十年くらい経ったような感覚。それほど中尾と過ごした数時間は、強く心に刺さった。その上ブレスレットも机の上に置いてある。あれは夢でも幻でもなく現実なのだと、改めて思った。

「ジュエリーデザイナーっていう職業があるんだ。アクセサリー作るなんて素敵。だから中尾くんも、おしゃれな格好してたのかも」

 普通の男子は持っていない、上品さ、高級感、そしてきらきら光り輝く笑顔。中尾自身が、もう宝石みたいだ。人間宝石なのだ。

 ただ一つ残念だったのは、遠野本人ではなかったことだ。もちろん、超イケメンの中尾と食事をしておいて文句などだめだが、やはり遠野について情報を得たかった。

「中尾くんは、遠野くんに会ったんだ。いいなあ。羨ましい」

 呟き、はっとした。こんなふうに街中を探さなくても同じ学校なのだからE組に行けばいいじゃないか。教室には確実に遠野がいるのだから。なぜそれが頭になかったのだろう。

「あたしって、どこまで馬鹿なんだろう。自分でも呆れちゃう」

 すぐにベッドから出て、学校の支度をした。

 あーみんに伝えると、即断られた。

「あたしは興味ないし。面倒くさい」

「でも一人じゃ心細いよ。お願い。ついてきて」

「……しょうがないな。今日だけだよ?」

「やったあ。あーみん、大好き」

 嬉しくて、ぎゅっと抱きしめた。

 昼休みに、となりの校舎へ向かった。E組に近づくだけで、緊張の糸が絡みつく。教室から出てきた男子生徒に話しかけてみた。

「あの……。あたし、A組の佐東っていうんだけど」

「A組?」

 男子が目を丸くした。

「E組に、遠野くんって人、いるよね?」

「え……」

 かなり衝撃を受けている顔に変わった。そんなに恐ろしい姿をしているのか。

「遠野に会いに来た?」

「そう」

「マジで?」

「うん。だめ?」

「だめじゃないけど。やめておいた方がいいよ。絶対に後悔するよ」

「後悔なんてしないよ。大丈夫」

 楓の口調が本気だと届いたらしく、男子はぼそっと答えた。

「一番奥の席が、遠野だよ」

「わかった。どうもありがとう」

 にっこりと笑い、感謝を告げた。

 覚悟を決めて、ドアを開く。A組と一緒でE組も賑やかに騒いでいた。その陰に隠れるように、ぼんやりと頬杖をついて座っている男子がいた。窓の方を向いて、顔がわからない。

「遠野くんっ。こっちっ。こっち見てよっ」

 楓が声を出すと、あーみんが耳元で囁いた。

「もういいでしょ。帰るよ」

「ええ? まだちゃんと顔見てない……」

「休み時間も終わっちゃうし。とりあえず、いるっていうのは確認したんだから」

 そのままドアを閉めて、A組までずるずるとひきずられた。

「酷いよおっ。あともう少しで、こっち向きそうだったのに」

「石になるって話してたでしょ。もしかしたら殺されてたかもしれないよ」

「ただの噂だってば。また今度、E組に行こう。次は邪魔されないように一人で」

「それより、バイト探す方が先。遠野くんなんて、どうでもいいじゃない」

「どうでもよくないよ。あーみん、優先順位間違えてるよ」

「いつか餓死しても、知らないからね」

 呆れた口調で呟き、あーみんは歩いて行った。遠野龍介の姿を見なかったら、バイト探しなどできない。とにかく遠野について知りたい。話をしてみたい。

 暇さえあれば、E組の教室へ行った。あーみんには内緒にして、どきどきしながら一人で向かう。しかし、なぜか遠野は教室にいることが少なく、クラスメイトもわからないと答えるだけだ。死神なのだから、できる限り関わりたくないのだ。あーみんには、相変わらずバイトを探せと言われるし、残念な思いが募っていくばかりだ。どうすることもできないので、遠野に泣かされた子を探してみようと考えを変えてみた。噂をしていた集まりに、もう一度質問する。

「B組の、鈴木すずき絵梨えりって子。茶髪でおしゃれな感じ」

 さっそくB組に行く。鈴木絵梨は、クラスメイトと楽しそうにおしゃべりしていた。楓が近づくと、目を大きくした。

「少し聞きたいんだけど」

「え?」

「二人で話したいんだ。こっちに来て」

 絵梨の腕を掴み、廊下に出る。

「聞きたいことって?」

「遠野くんについて。泣かされたって本当?」

 さっと絵梨の顔が青ざめる。目をぎゅっとつぶり、首を横に振った。

「やめて。遠野くんの名前なんて……。あんな人と関わりたくない」

「詳しく教えてほしいの。どうして泣かされたの?」

「私は何もしてないのに、鬼みたいに睨みつけられて……。もう忘れたいの。あんな人、思い出したくないっ」

 叫び、彼女は走って行ってしまった。かなり恐ろしい目に遭ったとわかった。石にされるという噂は、もしかしたら当たっているかもしれない。

「……睨まれるだけで、あそこまで怖がるかな?」

 楓は、冷たくてとっつきにくい性格が好きなため、睨みつけられても泣いたりはしないだろう。生まれつき心が強く、すぐに挫けたりしない。

 がむしゃらに頑張っている楓に、あーみんは恋愛成就のお守りを買ってプレゼントしてくれた。何だかんだ言いながら、遠野と恋人同士になってほしいと願っているのだ。

「ありがとう……。あーみん、優しい……」

「ちゃんとバイトも探しなさいよ。これは、バイト成就の意味も入ってるよ」

「う、うん。わかってる」 

 深々と頭を下げ、お守りを鞄にしまった。

 また、中尾からプレゼントされたブレスレットも身に着けた。アクセサリーは学校では禁止なので休日のみだが、そばで中尾が笑っているような感じがしてさらに心強くなる。なぜ楓にくれたのかは意味がわからないが、とにかく嬉しい。柔らかな微笑み。優しい話し方。想像するだけで、頬が火照ってしまう。普通の女の子は、きっと中尾みたいな男子がタイプだろう。だが楓は冷たくてとっつきにくい男子が好みなので、やはり遠野が頭の中に残って消えない。



「楓、こっちにおいで」

 秋穂に手招きされ、走って近づく。

「どうかしたの?」

「これ、お母さんが作ったんだけど」

 差し出されたのは、白いアルバムだった。表紙をめくると、眠っている子犬の写真が貼ってあった。

「わあ。可愛い。ありがとう」

「お母さんも、喜んでもらえて嬉しい。これからもアルバム作ってあげるからね」

「本当? やったあっ」

 ぴょんぴょんと飛び跳ねる。その三日後、秋穂は野良猫を助けて命を落とした。もうアルバムは作ってもらえなくなった。このアルバムは楓の宝物で、秋穂と繋がれる唯一の思い出なのだ。

「ああ。夢か……」

 ベッドから起き、無意識に俯く。あまりにも現実が厳しすぎて、とても空しい。

「お母さん……」

 そっと呟いた。未だに秋穂がどこかで生きていると考えることがある。母親が死ぬなんて、普通はありえないからだ。

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