9. 始まり
ついに、学園の入学式の日がやってきた。
……だが、アルバートに告白されてから、コーディリアはアルバートとなんとなく気まずくなってしまっていた。
「アル、えーと、クラス離れちゃったね」
「そ、そうだな」
「……」
「……じゃあ、また」
「うん、また……」
ぎこちない会話をして別れてしまう。コーディリアは正直なところ、アルバートのことを恋愛対象として意識したこともなかった。そんな態度では、アルバートのことをまた傷つけてしまうのではないかと思うと、何を言えばいいのかわからなくなるのだった。
なんだかそのまま帰る気にもなれず、コーディリアがため息をついていると。
「きゃああああ!」
空から女の子が落ちてきた。
正確には、コーディリアのそばの木から転落したようだ。
「大丈夫!?」
驚いてコーディリアが駆け寄ると、ピンク色の髪をした女の子は照れ笑いを浮かべる。
「大丈夫です。木登りは慣れてるんですけど、うっかりしちゃいました。猫が降りられなくなってたから、助けようと思ったんですけど……」
そう言う女の子の腕の中には無傷の猫の姿があった。
「無事に助けられたみたいね。痛いところはない? 先生を呼んできましょうか?」
コーディリアが尋ねると、女の子は慌てて首を振る。
「うまく受け身をとれたので、全然平気です!」
「そう……? でも、制服が汚れちゃったわね。よかったらこれを使って」
そう言ってコーディリアがハンカチを差し出す。
「わあ、ありがとうございます……実はあたし、男爵家の養女になったばかりで、貴族の学園でやっていけるのかすごく心配だったんですけど、こんなに親切な方がいるんですね。ちょっと安心しました」
「まあ、それは大変なことも多いでしょう。もし困ったことがあったら手伝うから、これから同級生としてよろしくね」
コーディリアが微笑むと、女の子は嬉しそうに笑った。
「はい、こちらこそ! あ、あたし、ティナ・フローレスって言います」
「私はコーディリア・ルイスよ。ふふ、ティナさんは木登りが得意なの?」
「はい! 昔は木登りのティナとして名が通っていたんですよ」
少し自慢気に言うティナに、コーディリアは笑ってしまう。
「それはすごいわ」
「あ、でも貴族の方々は木登りなんてしないですよね……」
「そうね、あまり人に見られるところではしない方がいいかもね。でも、私も木登りは好きだったわ。街の丘の上にある木は知ってる?」
「もちろん知ってます! あの木の上から見える景色はとっても綺麗ですよね」
「そうなのよ!」
「へへ、共通点があって嬉しいけど、コーディリアさんも木登りするなんてびっくりです」
「私も昔は外で遊ぶより本を読む方が好きだったけどね、ともだ……婚約者に教えてもらって」
「うわぁ、そうなんですか! もしかしてその婚約者さんも学園にいるんですか?」
「そうよ」
「いいですね! あたしはそういう人いないから憧れます。どんな人なんですか?」
そう尋ねられ、コーディリアは一瞬言葉に詰まった。
「……うーん、私と全然違うし、最初は合わないって思ってたけど、違うからこそ知らなかった世界をたくさん教えてくれた。なんだかんだ優しいし、反応が面白くてついからかっちゃう……ってなんだか話しすぎたわね」
コーディリアが我に返ると、ティナは目を輝かせていた。
「いえ! そんな婚約者がいるなんていいなぁ……とても大切な人なんですね!」
「そうね……大切な人」
コーディリアにとってアルバートは友達だったが、とても大切な人であることに変わりはなかった。
「ティナさん、私行かなきゃ。少しの間だけど話していてとても楽しかったわ、ありがとう」
「こちらこそ!」
「またね」
「はい、また!」
ティナと別れて、コーディリアはアルバートを探しに行く。
……ところでティナは乙女ゲームの主人公である。しかし、コーディリアにはそれを知る由もなかった。
* * * * *
ちょうど馬車に乗ろうとしていたアルバートを見つけ、コーディリアはその手を掴む。
「アル!」
「うわっ! ど、どうした?」
「アルと話したくて!」
「わ、わかった……から、とりあえず手を離せ」
手を握られただけで、アルバートは手汗が止まらなくなっていた。
「ごめん。えっと、アルが私を好きって言ってくれたことなんだけど」
「あ、ああ」
「私、ずっと考えてたの。この一ヶ月間、学園に入学することよりも頭を占めてた。それでも、まだわからなくて。アルのことは好きだけど、恋愛対象として好きになれるかわからない……私は、またアルと普通に話したいけど、このままの状態だと失礼な気がして、どうしたらいいかわからなくて」
「うん」
「でも、わがままだと思うけど、もう少し考えさせてほしい……大切な人だから、中途半端な気持ちでつき合いたくないの」
コーディリアは今の正直な気持ちをアルバートに伝えた。
「そうか、わかった」
「……ごめんね」
「いや、いいんだ。俺もずっと言わなきゃよかったって後悔してた……でも、困らせたくなかったはずなのに、ディリィがずっと考えてくれたって聞いて、嬉しくなってる卑怯なやつだ」
「そんなことない」
「いや、そうだ……今だってもっと俺のこと考えてくれればいいのにって思ってる」
「考えるよ」
コーディリアがそう言って見つめると、アルバートは赤くなってため息をついた。
「お前なぁ……そういうの気をつけろよ」
「何が?」
「無意識なのが問題なんだよ……悪い虫が寄ってくるだろ」
「えぇ?」
「くそ、なんでクラス別なんだ……」
「あ、やっぱりアルも寂しかったの? 私もアルとクラスが離れちゃって寂しかった」
「……ああ、すげえショックだった」
「ふふ、でも帰りは一緒に帰ろうよ」
「ああ」
嬉しそうにうなずくアルバートを見てコーディリアは笑った。