7. 告白
カルロスは花屋の店員が好きなんだ、そう気づいてもコーディリアは知らないふりをした。それから、たびたびカルロスがコーディリアに花をくれたときも。やがて、恥ずかしそうに好きな人がいることを打ち明けられたときも。どんなデートがいいか、どんなプレゼントが嬉しいか相談されたときも。
コーディリアは初めて知ったかのように驚き、心から応援しているかのように笑顔をつくった。
__でも、やはりだめになってしまった。
「告白しようと思うんだ」
カルロスがそう言った瞬間、コーディリアの頭は真っ白になり、それからだんだんと血の気が引く心地がした。
「……っ」
何を言っても泣いてしまいそうで、コーディリアは応接室を飛び出して自室に駆け込んだ。
(きっとうまくいくんだろうな。今まで応援するふりをしてたけど、どこかでだめになっちゃえばいいのにって思ってた。でも、もうおじさんは本当に他の人のものになっちゃう……)
コーディリアは声を押し殺して泣いた。
しばらくすると扉がノックされて、カルロスの心配したような声がした。
「リア、大丈夫?」
「……大丈夫! 急に気分が悪くなっただけだから! 今日は悪いけど、ちょっと、話せないかも……」
無理矢理コーディリアは返事をした。カルロスもコーディリアの様子がおかしいことには気がついただろうが、ゆっくり休むようにとだけ言って帰っていった。
* * * * *
それから数ヶ月が過ぎた。カルロスは何回か連絡をとってきたけれど、コーディリアは気持ちの整理がつかず、何かと理由をつけて会うのを断っていた。
そして、今日はコーディリアの15歳の誕生日パーティーの日だ。
「はぁ……」
カルロスの姿を見つけて、コーディリアはため息をついた。久しぶりに姿が見られて嬉しいし、正装したカルロスはかっこいいなあと思うし、自分のドレス姿が変じゃないか気になるし、やっぱり話したいと思うコーディリアだが、ずっと避けてきて今更どうすればいいのかわからない。
そうこうしているうちに音楽が流れ始める。初めは婚約者のアルバートとダンスを踊らなければならない。
「ディリィ、誕生日おめでとう」
「ありがとう、アル」
アルバートと踊りながらも、コーディリアはちらりとカルロスの方を気にしてしまう。そして、カルロスと目があい、動揺してステップを踏み間違えた。
「あっ」
「大丈夫だ」
バランスを崩したコーディリアをアルバートが支え、まるでそれが本来の振り付けであったかのようにカバーする。
「ご、ごめん、アル」
「……今だけは俺を見てろ」
「あ、うん」
それから二人のダンスは息ぴったりで、他の客たちが思わず本心からの拍手を送る出来だった。
その後も、コーディリアは招待客との挨拶にかこつけて、カルロスと話すのを避け続けていた。カルロスも無理に話しかけてこようとはしなかったが……
「なあ、兄さんと何かあったのか?」
その様子を見かねてか、アルバートが尋ねてきた。
「え……なんで?」
「明らかに兄さんのことを気にしてるのに避けてるだろ」
「う……」
「兄さんもディリィのことずっと見てるし」
「えっ! 本当!?」
コーディリアはぱっと頬を染めた。
「ま、まさか……兄さんに告白したとか」
アルバートが焦って盛大な勘違いをし始めた。
「いや、全然違うよ! むしろ逆っていうかね……おじさんが花屋さんに告白するって聞いて、それもどうなったかわからないんだけど、ずっと逃げちゃってるんだ」
「……そうか」
「ずっと応援するふりしてたんだけどね、やっぱりまだ辛いや」
「……そうだよな……っだけど、兄さんも……ディリィに避けられたら辛いと思う」
「そうかなぁ」
「そうだろ! 今日だってディリィのために来たに決まってる」
なぜかアルバートが熱弁しはじめたのでコーディリアはぽかんとした。
「兄さんは社交界に出ることの方が珍しいだろ、でもディリィの誕生日パーティーは必ず来てくれるよな。それはディリィのためだ」
(私のために……?)
コーディリアはアルバートの言葉を反芻して、決心した。
「私、おじさんと話してくる」
「……ああ」
「アル、一個だけ聞いてもいい?」
「何だ?」
「今日の私、変じゃないかな?」
アルバートは一瞬言葉に詰まったが、ゆっくりとコーディリアの目を見て言った。
「……一番、綺麗だ」
「……ふふ、アルの言葉なら信用できるね。行ってきます」
そして遠ざかっていくコーディリアの背中をアルバートは見送った。
(なんで背中押してんだ、俺は……)
アルバートは一人ため息をつく。しかし、アルバートにとってもカルロスは大事な存在だったし、何よりコーディリアがこのまま後悔し続けるのだけは嫌だった。
* * * * *
「おじさん!」
「リア……」
コーディリアはバルコニーで佇んでいたカルロスに声をかけた。
「えっと……」
「なんだか、こうしてリアと話すのも久しぶりだね」
そう言ってカルロスはいつものように笑った。
「うん……避けちゃってごめんなさい」
「や、やっぱり避けられてたのか……」
目に見えてショックを受けているカルロス。
「いや、おじさんのせいじゃなくて、私の問題なの!」
「え?」
「でも、もう逃げないから」
「……うん、ずっとリアと話したかった」
「もう、そういうところなの!」
「何が?」
カルロスも自分に向けられる好意に対しては、コーディリアに負けないくらい鈍感だった。
「私がおじさんを好きな理由!」
「僕を?」
「そうだよ。一人ぼっちだった私のもとに突然現れて、ストレートに好きって言ってきた。私を愛してくれたのはあなたが初めてだったの。それからずっと、会いにきてくれて、褒めてくれて、励ましてくれて、守ってくれた。だから、私の、私だけのおじさんが大好きだった」
「……僕もだよ。君は頑張り屋で、優しくて、会うだけで僕を元気にさせてくれる。どんどん成長するリアから目が離せないし、できるならずっと見守っていたい。リアが大好きだよ」
「うん、知ってたよ」
知っていた。好意の種類は違っても、本当に愛されていることを。それはきっと、他に大事な人ができても変わらないことを。
「だけど……寂しかったの。おじさんが他の人に取られちゃう気がして」
コーディリアは少しだけ嘘をついた。本当は寂しいだけじゃない、コーディリアの気持ちは確かに恋だった。カルロスに恋をしていた。
「そうだったのか……」
「ねえ、おじさん。恋人ができても、結婚しても、子どもができて、孫ができたとしても。死ぬまでずっとリアのおじさんでいてくれる?」
「ああ、誓うよ」
カルロスはコーディリアの手の甲にキスを落とした。そして、そのまま跪く。
「レディー、一曲踊っていただけませんか?」
「喜んで」
それから二人はバルコニーで踊った。
「いつかリアと踊れるように練習してきたんだ」
「……覚えててくれたんだ」
何年も前に、二人で一緒に踊ってカルロスがダメ出しをくらったことがあった。しかし、今でもカルロスのダンスはかなり下手で、コーディリアもアルバートが相手のときほどのびのびとは踊れない。
それでもコーディリアはこの不器用なダンスの時間がとても幸せだと思うのだ。
ふわりと微笑んだコーディリアは、カルロスが一瞬見惚れてしまうほど美しかった。