6. 傷心
「アル、どっちが似合うと思う?」
コーディリアは色違いの髪飾りを手にして、アルバートに尋ねた。
アルバートを楽しませようと決心したコーディリアだったが、気がつけば完全にショッピングを楽しんでしまっていた。
「……水色の方がいい」
「じゃあこっちにするね!」
それからもたくさんの店を見て回り、日が暮れてきたころ。
花屋を通りがかったコーディリアは、綺麗な花々に目を奪われた。
「わぁ、とっても綺麗!」
「ああ……これとか、ディリィに似合いそうだ」
そう言ってアルバートはピンク色のバラを手に取った。
「え〜、私ってこんなかわいいイメージなの?」
「っは、あ!? いや、そういう、いや」
「あはは、冗談だってば」
コーディリアはアルバートをからかうのを完全に楽しんでいた。
そんな二人に、店員の女性が話しかけてきた。
「このバラ、すごくかわいいでしょう。よかったらこれで花束をお作りしますよ」
赤毛にそばかすいっぱいの笑顔が愛嬌のある、優しそうな人だ。
「ぜひお願いします」
アルバートが頼むと、店員は手際よく、かつ丁寧にピンクのバラとかすみ草のかわいらしい花束を作ってくれた。
「はい、どうぞ」
「素敵! ありがとうございます。アルもありがとう!」
「ふふ、とてもよくお似合いです」
店員が二人を見てにっこり笑った。
「もしかして、デートですか?」
「違います。友達です!」
いい笑顔で否定するコーディリアと、赤くなって言葉も出ないアルバートを見て、またしても店員は笑うのだった。
「楽しかったね!」
「ああ」
そろそろ帰ろうとしていたとき、コーディリアは見慣れた顔を見つけた。
「おじさんだ!」
コーディリアがカルロスに声をかけようとする寸前で、二人に気づかなかったカルロスは先程の花屋に入っていった。そして、赤毛の店員と楽しそうに話しはじめた。
カルロスのことが好きだからこそ、コーディリアにはわかってしまった。
(私に向ける笑顔とは違う。まるで、恋してるみたいな……ああ、そうなんだ。おじさんが好きなのは、あの人なんだ。)
「あれ、兄さんあの人と知り合いなのか……って、ディリィ!? どこ行くんだ!?」
それ以上楽しそうな二人を見ていられなくて、コーディリアはその場から逃げ出した。
走り続けて、いつかアルバートに連れられた丘の上にたどり着く。そして、木のそばでうずくまった。
「ディリィ! 急にいなくなったら危ないだろ!! どうしたんだ……って、泣いてるのか?」
「っご、ごめ、アル、っう、ほっといて」
涙が堪えきれなかった。カルロスに好きな人がいるのは覚悟していたものの、実際にその姿を見ると、どうしようもないほどショックだった。
「ほっとけるわけないだろ……」
アルバートは急に走り去ったコーディリアを訳もわからず追いかけてきたのだ。泣いているコーディリアを初めて見て、どうしたらいいのかわからず戸惑っていたが、隣に座って不器用にコーディリアの背中をさすった。
「……一人にさせたら危ないからいるだけだ、俺のことは気にするなよ。別に、無理しなくていいから」
「ううっ、うわああああん」
コーディリアは涙を枯らすほどに泣きじゃくった。
「どうして、好きになっちゃったんだろう」
しばらくして、少し落ち着いたコーディリアはつぶやいた。
「ディリィ?」
「……ねえ、アル、聞いてくれる?」
「ああ」
「私、私ね、おじさんのことが好きなんだ」
アルバートは一瞬顔をこわばらせたが、すぐに何でもない風を装った。
「……そうか」
「でもね、別にどうなりたいとは思ってなかったんだ。ほら、政略結婚なんて当たり前だし。一緒にいられるだけでいいって……ううん、そんなの嘘だ。おじさんは多分さっきの花屋の店員さんが好きなんだと思う。それがもう、耐えられなかったの」
コーディリアは、またこぼれそうになる涙を抑えるようにぎゅっと目を閉じた。
「おじさんはね、私にとって特別な人なんだ。誰にも愛されなかった私を好きだって言ってくれた唯一の人。私に幸せをくれた人。だから、おじさんには幸せになってほしいのに、なのに」
抑えきれなかった涙が頬を伝う。
「おじさんが誰かに取られるなんて絶対に嫌なの……ひどいよね。いつから私、こんな嫌な子になっちゃったんだろう」
「当たり前じゃないか、そんなの」
「え?」
「好きな人が自分じゃない人を好きなのに、喜べるやつなんていないだろ」
アルバートの言葉に、コーディリアは顔を上げた。
「だから、ディリィはそうやって悩んでる時点で嫌な子じゃない」
「ふふ、アルは優しいね。でも、そんなことないよ。私なんて、嫉妬とか独占欲でいっぱいで……そんな自分が嫌で、辛くてたまらなくて、いっそ好きにならなかったらよかったのにって最近思うんだ」
「……それは、違うと思う」
アルバートはコーディリアから目を逸らして続ける。
「辛いときもあるけど、そいつが笑いかけてくれるだけで何でもできる気がする。振り向いてもらえなくても、それ以上に誰かを大切に想う気持ちをくれた。好きになる以外ありえなかったんだ……そんな人に出会えてよかったと思う」
「アル……」
「っていう感じのことを誰か言ってた気がする! だから、ディリィの気持ちまで否定するな!」
我に返ったアルバートは赤くなったり青くなったりしながらそう言った。
「……そうだね。今は苦しくてどうしようもないけど……好きになってよかったこともたくさんあったんだよね、多分。いつかそう思えたらいいな」
泣き腫らした目をして、コーディリアは少しだけ笑った。
「ありがとう……それから、ごめんね、アル。今日は私のわがままに付き合わせたし、いきなり逃げ出したし、愚痴まで聞かせちゃって」
「別に気にするなって……ただ、もう危険な真似はするなよ」
「うん、本当にごめんなさい。でも、アルがいてくれて、よかったなあ」
そう言ったコーディリアは気づかなかった。アルバートが一瞬だけ、泣きそうな表情をしたことに。