4. 初恋
月日は流れ、コーディリアは12歳になった。
「ディリィ、手」
アルバートがコーディリアに手を差し出す。
コーディリアとアルバートは二人で街に出かけていた。
その帰り際に、アルバートが見せたい場所があると言って、コーディリアを小高い丘にそびえ立つ木のもとに連れてきたのだ。
「ありがと、アル」
コーディリアはアルバートの手をとり、木の上に登った。
ちなみにディリィというのは、アルバートが10歳の誕生日に、コーディリアに愛称で呼ばせてほしいと頼んだのだった。しかし、コーディリアはカルロスにしかリアと呼ばせなかったので、妥協案でディリィとなった。結果的に特別な愛称だということで、アルバートも満足していた。
木の上からは、夕焼けに染まった街の景色が一望できた。
「わぁ……! 綺麗だね」
「……ああ」
アルバートはコーディリアの横顔を見ながらつぶやいた。
「あ、馬車が豆粒みたいだよ、見て!」
「はいはい、見てるって」
「本当に? ねえ、素敵な場所だね」
「だろ? ディリィも気に入るような気がしたんだ」
「うん! ……アルがいなかったら、木登りなんてしたことないままだっただろうし、木の上から見える景色がこんなに特別なんて知らなかった。ありがとね」
コーディリアが笑いかけると、アルバートは照れたように目をそらした。
「ああ……そ、そういえば今度、剣術の大会があるんだ。み、見にこないか、よかったらだけど」
アルバートはやたら早口に言った。
「へえ、行きたい!」
「ほ、本当か!」
「あ、そうだ。おじさんも一緒に行っていい?」
「……兄さんもか」
「おじさんもアルの剣術見たいって言ってたから。だめ?」
「……いや、いいんだ、もちろん」
「やった!」
若干気落ちするアルバートに気づかず、コーディリアは喜んだ。
「おじさんが一緒なら何着て行こうかなあ」
「おい、俺の剣術大会だろ……」
「も、もちろんそうだよ? アルのかっこいいところ見せてね!」
「っ……! はぁ……俺と兄さんどっちが好きなんだよ?」
「え? おじさんに決まってるでしょ?」
きょとんとして言うコーディリアに、アルバートはがっくりと肩を落とした。
「そうか、そうだよな、はは……」
「でも、アルのことも好きだよ」
そう言ってコーディリアが微笑んだので、アルバートは危うく木から落ちかけた。
「!? な、な、何て……」
「第一印象は最悪だったけどね。でも今は、本当にいい友達になれたと思ってるよ」
「と、友達か……」
上げて落とされるアルバートだった。
* * * * *
そして、剣術大会の日。コーディリアはカルロスと一緒に会場に到着した。
「楽しみだね、リア」
「うん! えーっと、アルは向こうで試合するみたいだよ」
「じゃあ行こうか」
二人が観客席へと移動すると、アルバートが試合前の準備をしているのが見つかった。
「あ、アルだ!」
アルバートもコーディリアたちの姿を見つけ、手を振ってきた。
「アル、がんばっ……きゃああっ」
コーディリアは手を振り返しながら観客席の階段を降りていて、足を踏み外してしまった。
「リアっ!」
危機一髪、カルロスが階段から落ちかけたコーディリアを抱き寄せた。
「っはぁ、びっくりした」
「お、おじさん!?」
「リア、大丈夫?」
カルロスは至近距離のままコーディリアを見つめた。コーディリアは胸がバクバクするのを感じていた。
「私は大丈夫……ありがとう、おじさん」
コーディリアはドキドキしたまま、アルバートの試合を観戦したが、頭の中はカルロスに抱きとめられたことでいっぱいだった。
アルバートは見事、剣術大会で優勝をおさめた。
表彰式が終わり、コーディリアとカルロスはアルバートのもとへ駆け寄った。
「アルバート、すごかったね。おめでとう!」
「兄さん、ありがとう……ディリィ? どうかしたのか?」
コーディリアはどこかぼーっとしていた。
「……え? う、ううん、大丈夫。アル、一位なんてすごい」
「おう。見直したか?」
「あははっ、もちろん」
「そうか……!」
アルバートは嬉しさを隠しきれずににやけていた。
コーディリアはちらりとカルロスを見上げる。
「ん?」
カルロスがコーディリアの視線に気づいて目を合わせると、コーディリアは気恥ずかしくなって顔を背けた。
「な、何でもないっ!」
* * * * *
コーディリアはその夜、ベットの中で一人ジタバタしていた。
思い出していたのはカルロスに抱きとめられたときのことだった。
「うわあああああ」
思い出すだけでなんだか恥ずかしくて、コーディリアは悶えていた。
(なんだろう、この気持ち……)
カルロスのことを考えるだけで、胸がドキドキする。
コーディリアはなかなか寝付けなかった。
+ + + + +
『リア、好きだよ』
「え、おじさん!?」
カルロスがコーディリアを抱きしめていた。
「えっ、ちょっと、まっ」
『リアを愛してるんだ』
カルロスはコーディリアを愛おしそうに見つめ、顔を近づけてきた……
+ + + + +
「うわあああっ!」
コーディリアはベットから跳ね起きた。心臓がうるさく音を立てている。
「ゆ、夢……? おじさんがリアに、き、き……」
コーディリアは夢の内容を思い出して、真っ赤になった。
しかし、コーディリアはカルロスにキスされるのが嫌ではなかった。むしろ、夢の続きを見たいとさえ思ってしまった。
(私、おじさんのことが好きなのかも……)