13. 憧れ
そして、学園祭の季節が訪れた。
学園祭当日、演劇に興味があったコーディリアとティナは、一緒に演劇部の公演を観に行った。
内容は、いじめられっ子の少女が王子様に見そめられるというシンデレラストーリーだった。結婚相手を決められることが多い貴族令嬢の間では意外にもこのような純愛ものが流行っているのだった。
「すごく素敵でした!」
「そうね、演技もとても上手だったわ」
「ですよね! それに、最後のダンスシーンなんて……」
ティナはその光景を思い出し、うっとりと目を閉じた。
「あたし、昔からお姫様の絵本に憧れていたんです。舞踏会の様子を想像してこっそり一人で踊ったりして……なんて、あたしには似合わないですよね」
ティナが照れ隠しのように苦笑すると、コーディリアは首を振った。
「そんなことないわよ。ティナさんがドレスを着たら、とっても素敵だと思うわ」
「ありがとうございます……お世辞でも嬉しいです」
「何言ってるの、本心よ」
「コーディリアさんは優しいですね……あたし、コーディリアさんが憧れなんです」
ティナはコーディリアから少し目を背けて、つぶやくように言った。
「私が?」
「はい……コーディリアさんは優しくて、上品で、まるで絵本のお姫様みたいなんです。それに、素敵な王子様に愛されていて……あたし、コーディリアさんみたいになりたかった」
ティナの目が一瞬コーディリアを捉えてきらりと光った。
「あはは、それは違うわよ」
ティナの真剣な表情に気づかないまま、コーディリアは思わず笑ってしまった。
「私はティナさんが思っているようなお姫様じゃないわ。私は私、ティナさんはティナさんなんだから……ティナさん自身がやりたいようにやればいいのよ」
「あたしのやりたいように……?」
「ええ。世界は広いんだ、選択肢は一つじゃないって、私も昔教えてもらったの」
コーディリアはずっと大切にしているカルロスの言葉を思い出して微笑んだ。
「でも、あたしがあたしのままじゃ、何もできない。ダンスだって一人じゃうまく踊れませんでした」
「そんなことないわ、これからだってできるはずよ」
コーディリアは軽く膝を折って、ティナに手を差し伸べる。
「私と踊っていただけますか?」
「え!? でも、あたし踊り方なんて知らなくて」
「大丈夫、私に任せて」
コーディリアのダンスの腕前はかなりのものであり、男役だって軽くなら踊ることができる。
ティナはそっとコーディリアの手をとって、おっかなびっくりステップを踏み始めた。
「そう、上手よ。ティナさんには素質があるわね、きっとすぐに上達するわ」
「本当ですか? でも、楽しい……やっぱり、コーディリアさんはあたしの憧れです。だけど……あたしはあたしのやりたいことをやろうと思います!」
そう言ってティナは満面の笑みを浮かべた。
* * * * *
それから2年が過ぎた。コーディリアたちが卒業する年になったのだ。
乙女ゲームのアルバートルートであれば、卒業パーティーでコーディリアは婚約破棄されるのだった。
そして、その卒業パーティーでは……
+ + + + +
「ごめんなさい……私、アル様を愛してしまったのです!」
ピンク色の髪の美少女が、目に涙を浮かべて、傍らの男に縋り付く。
その向かい側には、険しい顔をした黒髪の少女。
卒業パーティーの真っ最中の出来事だった。
ピンク髪の少女__ティナは続けて言った。
「だから、コーディ様……婚約破棄を受け入れてください……ごめんなさいっ、ごめんなさいっ」
ティナは泣きじゃくりながら、謝罪を繰り返す。
ティナが縋り付いている男、アルバートと……黒髪の少女、コーディリアの目が合う。二人は婚約者だった。
どうしてこんなことになってしまったのだろうか……