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1. 大好きな人



 「ごめんなさい……私、アル様を愛してしまったのです!」


 ピンク色の髪の美少女が、目に涙を浮かべて、傍らの男に縋り付く。

 その向かい側には、険しい顔をした黒髪の少女。


 卒業パーティーの真っ最中の出来事だった。

 ピンク髪の少女__ティナは続けて言った。


 「だから、コーディ様……婚約破棄を受け入れてください……ごめんなさいっ、ごめんなさいっ」


  ティナは泣きじゃくりながら、謝罪を繰り返す。

  ティナが縋り付いている男、アルバートと……黒髪の少女、コーディリアの目が合う。二人は婚約者だった。


 どうしてこんなことになってしまったのだろうか……

 


 

 * * * * *




コーディリア・ルイスは侯爵家の娘だ。

 コーディリアの両親の好きなものは権力と名誉だった。両親の間に愛はなく、娘のコーディリアに与えたものは、淑女教育と彼女が望むドレスや宝石すべて__ただしコーディリアが本当に欲しかった愛情だけは与えなかった。


 愛に飢えたコーディリアは、我儘に振る舞った。しかしそれで関心を得られることはなく、周囲から向けられるのは失望の目だけだった。

 コーディリアは一人ぼっちだった……大好きな人に出会うまで。


 


 * * * * *




 それはコーディリアが6歳の時だった。

 父親の弟、つまり叔父のカルロスが彼女を訪ねてきたのだ。

 カルロスは五男であり、まだ二十代前半だった。黒髪に紫色の瞳というルイス侯爵家の遺伝子を受け継ぎ、整った顔立ちをしているが、独身だった。密かに作家として活動したり、ふらっと旅に出たりと、一族の中では変わり者として知られていた。


 「こんにちは、コーディリア」

 「誰?」


 笑顔で話しかけるカルロスに、コーディリアは不機嫌な顔を返した。


 「これは失礼、僕は君の叔父のカルロスだよ」

 「ふーん……何しに来たの?」

 「コーディリアと仲良くなりたいんだ」

 「リアは、おじさん嫌い」

 「そっか、僕はコーディリアが好きだよ」


 コーディリアは驚いて固まった。誰かに好きだと言われたのは生まれて初めてのことだった。

 

 「……リアはおじさん嫌いって言ってるでしょ。なんでそんなこと言うの!」

 「かわいい姪っ子のことが好きなのは当たり前じゃない?」

 「おじさん、変だよ」


 コーディリアはぶすっとしたが、庭でピクニックがしたいと言うカルロスに付き合ってあげることにした。


 

 「あーっ! おじさん、カップの持ち方違うよ」

 「まいったなあ、コーディリア、教えてくれる?」

 「こうやるの! 先生に教えてもらったんだから」

 「すごいな、コーディリアは。もう立派なレディーじゃないか」

 「ふん、当たり前でしょ。もう読み書きも習ったし、計算もできるの。ダンスも踊れるんだよ」


 コーディリアは胸を張った。本当のところ、先生には怒られてばかりだったが。


 「へえ! 頑張ってるんだね」

 「えへへ」


 カルロスがコーディリアの頭を撫でる。コーディリアも悪い気分はしなかった。


 

 楽しい時間はあっという間で、カルロスが帰る時間になり、コーディリアは不機嫌になった。


 「おじさん、まだいるでしょ?」

 「ごめんね、もう帰る時間だ」

 「……やだ。やだやだやだ!」


 コーディリアはうつむいて駄々をこねた。その目からは涙がこぼれそうになっていた。

 そんなコーディリアの目線に合わせて、カルロスは跪いた。


 「また来るよ、かわいいコーディリア。そのときは僕とまた遊んでくれるかな?」

 「……絶対だよ。約束して」

 「もちろん。誓うよ、レディー」

 

 カルロスがコーディリアの手をとって誓いのキスをした。

 

 「……おじさん、特別にリアって呼ばせてあげる!」

 「光栄だなあ。じゃあリアも僕のことカルロスって呼んでいいよ」

 「おじさんはおじさんでしょ」

 「ま、まだ二十代なのに……」


 大げさに泣くふりをするカルロスにコーディリアは思わず笑ってしまった。




 * * * * *




 「おじさん、ごきげんよう」


 コーディリアが綺麗なカーテシーを披露してみせた。


 「やあレディー、また綺麗になったね」


 カルロスが微笑んで言う。


 コーディリアがカルロスに出会ってから二年が過ぎた。コーディリアは8歳になり、淑女教育を完璧にこなすようになっていた。以前の我儘な少女はもういない。コーディリアがこんなに頑張っている理由は……


 「リアね、ダンスの難しいステップもできるようになったの。ほら見て!」


 そう言って、コーディリアはくるくる舞ってみせる。

 

 「リア、すごいよ。よく頑張ったね」


 カルロスがにっこりしてコーディリアの頭を撫でると、コーディリアの頬も緩む。


 「おじさんと踊ってあげてもいいよ!」

 「僕はダンスが下手だからなあ……」


 しぶるカルロスの手をコーディリアが引く。しかし、二人には身長差がかなりあるため、随分と不格好な踊りになってしまった。


 「おじさん、もっとダンス練習してね」

 「ははは……」

 「リアが大きくなったら、エスコートしてくれるでしょ?」

 「僕よりもっとかっこいい、リアの王子様がしてくれるよ」

 「別に、リアはおじさんでいいよ」

 「……じゃあ僕もダンス頑張らないとね」


 カルロスが苦笑いする。


 「そういえば、おじさんの新しい本読んだよ」

 「おお、どうだった?」

 「すっごくおもしろかった! リアも魔法の世界に行ってみたいな。『スマホ』とか、本当にあったらいいのに。遠くにいる人と話したり、風景を絵みたいに残したり、辞書を引かなくても調べものができるんでしょ? それがあったら、リアもおじさんと『電話』したい。手紙もいいけど、おじさんと話せないとつまんないよ」


 __実は、カルロスには前世の記憶がある。カルロスは前世、日本の大学生だったが、川で溺れていた子どもを助けて死んでしまったのだ。

 この世界に転生したカルロスは、せっかくだから二度目の人生を楽しもうと、自由気ままに過ごしていた。しかし、長兄の困った娘、コーディリアの話を耳にしたとき、何かが引っかかった。コーディリア・ルイス……悪役令嬢のコーディリア?

 

 コーディリアは、カルロスの前世の妹がハマっていた乙女ゲームの悪役令嬢だった。コーディリアはゲームの中で、誰にも愛されなかったために婚約者に依存し、ヒロインを虐めて婚約破棄され、家族には縁を切られ、失意のうちに自殺する。前世の妹に熱弁されて、カルロスはコーディリアの生い立ちにかなり同情していた。


 カルロスが初めてコーディリアに会ったとき、ゲームそっくりの黒髪に紫色の目をしたコーディリアの姿に、カルロスはここが本当に乙女ゲームの世界なのだと確信した。コーディリアはまだ小さな子どもだった。悪役令嬢でも何でもない、愛されるべき子どもだ。そしてカルロスは決意した。コーディリアを一人ぼっちにはさせない、と。




 「おじさん、もう帰っちゃうの?」

 「残念だけどね。また来るよ」

 「すぐ来てくれるでしょ? リア、待ってるからね」


 カルロスが帰るとき、もうコーディリアは泣かなくなったが、やはり寂しそうだ。


 「もちろんだよ、レディー」


 カルロスは恭しく屈んで言ってみせた。

 

 「大好き、おじさん」


 カルロスの頬にコーディリアがキスする。カルロスは頬をかいて笑い、言った。


 「僕もリアが大好きだよ」


 カルロスにとってもコーディリアは、愛しくて、心から幸せになってほしいと思う存在になっていた。


 

 __コーディリアが婚約するのは8歳のとき。その日はもう近づいていた。



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