妖狐の里
この日も私は里の警備にあたっていた、とはいえ人族が住む所とはそれなりの距離があるし、周りは岩が壁の様に里を隠し守ってくれる。道もあまり近くを通っていない為、道を見張ってる者たち以外は、空の魔物たちを警戒していれば良い、毎日やっている簡単な仕事だ。
警備隊は3班に別れていて昼の警備、夜の里入り口の警備、そして休息と鍛練でローテーションしている。
私は族長の一族の生まれで、次期族長候補として厳しい鍛練を重ねて来たと自負している。だが魔法の技は従姉妹のエレオノーラに及ばず、次期族長はまずまず彼女で決まりだろう。
何しろ彼女は、妖狐の3大魔法を全て習得し、妖狐の得意な光、火、召喚、回復、支援の全てを使いこなす里きっての才媛だ!その才はすでに、現族長である大ババ様を超えていると噂される程の、自慢の従姉妹だ!
それもあって、剣の技に自信のある私は警備隊に志願した。
戦闘能力なら警備隊の中でもトップクラスだと思っているが、3人いる隊長の1人としては未熟もいいところだ。それでも隊は気の良い連中ばかりなので、なんとか教わりながらもやっている、というところだ。
今は、里の中3箇所に配置した部下たちを周り、様子を見て聞いているところだ。
陽気も良く気を抜くと欠伸の1つも出てしまいそうだ、そういった部下たちを軽く注意しながら警備を続けていた。
「ミュン隊長、陽気がポカポカ暖かく眠いです!お昼寝したいです、隊長抱き枕になってくれません?」
「ばか者、お前に昼寝の時間をやるくらいなら、私が寝るわ!」
部隊のお調子者と会話を交わしつつ、調子や、何かの予兆が無いか聞いてまわる。
「あれ?ここは真っ赤になって怒る所ですよ?何なら斬りかかって来ても良いですよ?」
「私ももう22だ、隊の貴重な独身男性を一々斬っていたら、嫁ぎ先もままならんからな。後、仕事時間内くらいは愛称で呼ばずミュンファと呼べ、こんなんでも隊長だからな。」
皆笑い、適当に返事を返しながらも警戒は続けている、見事な物だ、安心して任せられる。
空の魔物の様子を聞くと、天気も良く暖かい、奴らの動きは活発で要警戒だが、何故か天気の良い日に里に近づく事はまずない。その事は皆が承知している、その為、活発に動いてる事を報告しながらも、眠いなどと言っていられるのだ。
「それよりも、道を見張らせている連中の方が心配ですね。新人が近くを通る人やモンスターにビビって、ヘマをしないか。」
「モンスター?ああ、魔物の事か、外ではそう呼んでるんだったな。新人の心配か?それは私も分かるが、これは誰もが通る道だろう、その為に通常3人のところを4人にしたのだ。よほどの事がない限り、彼らなら大過なくこなしてくれるだろう。」
「ミュンファ隊長も、やっぱりそっちの方が心配ですか。」
「まあな、何年も勤務してるお前らとは違うからな。そこまで頭が周るなら、実力をつけて次の隊長を目指してみるか?」
「次の隊長って?ミュンファ隊長が引退する前に俺が引退ですよ、俺の方が年なんですから。」
「ばか者、私は寿退職希望だ。それとも、お前は私にババアになるまで警備隊に勤めろと言うのか?」
「おっと!こりゃ失礼、鋭意努力します。」
部下と他愛のない話をしていたら、笛の音が鳴った!緊急を報せる鋭い笛だ!音からして、道を見張らせている連中だろう!
笛の音が鳴ったら、当直以外は里の入り口を固めることになっている。入り口でそいつらを吸収すれば、人数はそろう。むしろ、今の警備体勢を崩す方が危険だ!前もって隊長同士で話合った通りにやれば良い。
私は部下を2人連れて、現場に急行する!途中里の入り口で夜組や非番の連中にも協力を仰ぎ、10人を超える人数で里の外の道まで走った!
族長に報せる事も頼んでおいた、抜かりはない!
道まで着くと、道を見張らせていた私の部下が、4人とも捕まって縛られている!
パッとみ相手は3人!2人は後ろで馬車を背に立っているが武器などは持っていない。
だが、前にいる人物が最悪だ!
私の部下を盾にして、首にナイフを押し当てている。しかも、自分は仮面とローブで姿を覆い隠している!私は手を振り部下に指示を出し、この人物を半円状に包囲した。
「これがお前たちの礼儀か!!」
仮面の人物が発した言葉が、直ぐには理解出来なかった。
背も低く声も高い女性だろう。
だがどうやら怒っている様だ、一体何があった?
そして、我々が包囲の仕草を見せても、動揺の欠片も感じられない。そしてこの威圧感だ!おそらく魔力だろう、強大な魔物はその魔力を持って他者を威圧し、無駄な争いを行う前に回避するという!
周りの者たちも、少しは感じられている様だが。妖狐3大魔法の1つ、魔眼パープルアイの素養があると言われ、習得出来なかったとはいえ、鍛練した効果が今出ている。
正直、こんなことなら魔眼の素養など欲しく無かった!!恐くてしょうがない!魔力の波動をビリビリと感じる!?
「我々相手では、言の葉を持って応じることも出来ぬというのか?」
ひい!しまった!身体の震えを抑えるのに必死で、応えるのを忘れていた!?
「どうやら、何かお互いに齟齬があった様だ、武器を収められよ。」
振るえてないよね!?私の声、裏返ったりしてないよね!しまってよ〜!お願いだから、早く武器をしまって!
「齟齬だと?矢を射かけられて、齟齬などと誰が納得するものか!それ以上近づくな、近寄ればこいつを斬る。」
矢を射かけたって、どういう事よーー!?私は部下にそんな指示出してないし!状況がさっぱり分からないわ!?そこに転がってる部下に、事情聞いても良いかな?だめだろうか?
「分かった、これ以上近づかぬ。そこに転がってる部下に、事情を聞いても構わぬか?」
仮面の人物は大きく頷いてみせた。
許可が出たので、私は道を見張らせていた者たちに話を聞いた。
道を見張らせていた連中は、いつも通り〝幻影〟の魔法を行使して姿を消し、木陰に隠れて道を見張っていたそうだ。
そこに馬車が通った、目の前の者たちの物だ。
そして御者台から、この仮面の人物が挨拶して来たそうだ。手を振り、元気に挨拶してくる仮面の人物に、部下たちが〝幻影〟の魔法を見破られた事に気づき、慌てて弓矢を放ってしまったそうだ。
挨拶したら矢を射かけられた?
それは怒るでしょう!?客観的に見ても賊のごとき蛮行だ!斬られても文句は言えまい!?そう考えれば、全員を生かして捕らえた対応は、穏便だともいえる程だ。
私は頭を抱えたくなったが、何とか自制する。
交渉は私には荷が重いので、上に掛け合うので早まらないで欲しいと伝えた。こちらが詫びを入れる所だと私は判断した。
仮面の人物もそれで納得してくれた様だ、先程までの威圧感が嘘の様に溶けて消えていく。
私はこれを感じ取り、周りの者に武器をしまう様に指示を出した。
これに、不服を唱える馬鹿が居る!?
冗談じゃ無いぞ!他の班の連中を連れて来たのがあだになったか!うちの班にはいないが、どうしょうもない跳ねっ返りが中には居る!
「下がれ!戯けが!?」
私はこやつを制しようと声を上げるが、ニヤニヤ笑って奴は一歩近づいた。部下が悲鳴をあげた!見ると左腕が肩から離れている!
首からも血は出ているが、死んではいない様だ!
「やめてくれ!手は出さない!おい!お前たち、そこの馬鹿を押さえつけろ!」
反射的に武器を抜いてしまった者もいるが、その者たちも抑える!
新任隊長として、扱い易い部下を任されていたのは分かっていたが。これ程の馬鹿をお2人は抑えていたのか!段々と私の口調も荒くなっているが、それどころじゃない!!
「殺しても構わん!そいつを押さえ付けておけ!!」
他の連中は動きが鈍いが、私の部下は素早く私の指示に従ってくれた!2人がかりで馬鹿を地面に組み伏せ、肩に一撃ぶっ刺した!
それで良い!
これで馬鹿も静かになるだろう。そのまま片膝を背に乗せ、肩に刺した刀を握って押さえ付けている、騒げば刀で傷口をえぐる事も出来る!見事な制圧だ!
むしろ、私がえぐってやりたい!!
「部下の手当てがしたい!回復の魔法を使える者を呼んでも良いだろうか?そのままでは死んでしまう!?」
再び、首にナイフを押し当てた姿勢に戻っていた仮面の人物は、少し悩んでいる様だった。
この場合、私の部下は捕虜だろうか?捕虜への回復魔法は外では許されないのだろうか?分からない事が多過ぎる!
仮面の人物が何か言ったが聞き取れなかったので、即座に聞き返す!
「すまない!聞き取れなかった、もう一度頼む!」
「里の回復魔法の使い手は、この腕をくっ付けられるの?もっと言えば、古傷を治す技とか使えるの?」
「いや、部位欠損については治せない!古傷も無理だ!だが出血を抑え、傷口を治す事は出来る!だから頼む!」
答えは否だった、仮面の人物は首を横に振りそれを示した。
クッソ!!あの馬鹿の所為で私の部下が傷つくなんて!後で覚えてろよ!里中にある事無い事お前の悪い噂を広めてやるからからな!!絶対にだ!
・・・今、何がおきた?
目の前で起きた事が理解出来ない。
仮面の人物が、腕を落とされた部下の腕を肩にくっ付けたら、一瞬で傷がなくなったではないか!
斬られて治されたその部下自身も、信じられない様子だ、目を見開いて声も出ない様子だ。
「ゆ、指が!指が動くぞ!?」
「こら、動かないの、ナイフ刺さっちゃうから。」
前言撤回、声は出る様だ。ナイフが刺さる前に落ち着いて欲しい、おもにお前の為に。
既に、事情を聞いた者も族長の元に走らせた、後は応えが返って来るのを待つだけだ。再び武器をしまう様に部下に命じて、一言こちらの不手際と、先の非礼を詫びておいた。
直ぐに頷き、部下の首元からナイフを外した所を見ると、予想以上に相手は理知的なのかもしれない。
族長の判断は、里に招き非礼を詫びて、金子でもって4人の身柄を返して貰う事。そのままの内容を相手に伝えると、簡単に了承を得る事が出来た!
馬は里に連れて行き、馬車は隠して見張りを付ける事で納得して貰う。この辺りもいたってスムーズだ。
何だ、人族といえど、ちゃんと話せば理解を得られるではないか。
先ほどの見事な術、なんとかご指南頂けないだろうか?
未だに4人は縛られたままだが、私たちが連れて行く事にも不満も言って来ない。そのまま森の中を進み里の入り口に到着する。
なんと、族長自らお出ましだ!傍には我が従姉妹殿も居るではないか!しかも2人とも魔眼を発動している!!?




