第209話 決着
ヘパイストスの加護を得て、ワシは3代目アイシャに再度対峙するため、床を蹴って走り出した。マリアと玲ちゃんは息を整えていた。
容赦なく伸びてくる爪と、狙いを定めずメクラ撃ちしてくる攻撃魔法を躱しながら、相手に近付いていった。なんとか踏み込めば切り込める間合いまで詰め寄り、刀を中段に構えた時、
「…エクランドの…。お前だけは許さない…。大人しくしていればこんなことにはならなかったものを…」
既にヒトの、女の声ではなくなっていた。酒やタバコで喉を潰したかの、しゃがれた声…。ハスキーとかのレベルではない。色気もクソもない。
ワシは何も言わず、答えず剣戟を見舞う。しかし、どうしても決め手になりそうな一太刀が入らない。もどかしく思いながら斬りつけていった。相手が引いて、こちらが斬り込む。それでも決めきれない…。こちらが引くと、向こうは息を整えるため、動かない…。そんなことが幾度となく繰り返された。
やり合って小一時間ほど経っただろうか。双方に疲労感が見えているが、互いに決め手を欠き、お互い手の内は出し切った感がある。ガムシャラに刀を振ったところで無駄なだけ…。さて、どうしたものか…?
と、いつの間にか、3代目アイシャの背後に玲ちゃんがいた。全く気付かなかった。どうやら相手も気付いていない。そんな状況で、玲ちゃんがアイシャの背後から、心臓の位置を目掛けて刀を刺した。力任せに行ったため、鍔元まで刺し込まれた。
「ガ、ハ…。…これは、何だ…?」
前屈みになり、背後から貫通した刀を見て、何が起きたか理解できていなかった。一瞬、ワシもだったが…。
刀を構え直して、アイシャの首を目掛けて上段から振り下ろした。すっぱりと切れて、振り抜けた…はずだが、首が落ちない…。だが、確かに手応えはあった。
「…あ?今度は何…?」
これも分かっていないようだ。手応えから勝負あったと思い、刀の血糊を振り払い、そのまま鞘に納めた。と、同時に3代目アイシャの首が、前方に滑って落ちた。それを見届けて、玲ちゃんも自分の刀を抜いた。
「……あぁ、私は負けたのね…。あの噂は本当だったんだ…」
口調が元のアイシャに戻っていた。
「…噂…?」
一言だけ、アイシャの言葉に応えた。
「…エクランドに入った『魔族』が、1人の男に殺された…。それをヤッタのは領主だと聞いた…。だから、確かめるためにあなたに会いに行った…。でも、何も分からなかった…。あなたが言う通り、私が下等だからだったのかも知れない…。
母には、噂は嘘だったと伝えたわ…。母は取るに足らないと言った顔をしてたけどね…。彼女も自分を過信してるわ…。だから、あなたたちにも勝機はあるかも知れないわね…。『王』が復活したら、どうかは分からないけど…」
「…何故そんなことを…?」
「…自分でも、よく分からないわ…。ただね、今思うのは、ヒトとして生まれて、普通に生きて、普通に恋をしてみたかっ…た…」
と言い残して、灰になっていった…。なんか後味悪い終わり方だな…。『魔族』が恋…?意味が分からん…。
「灰になる直前、彼女、穏やかな顔つきをしてた…。マモルさん、『魔族』の女に惚れられたみたいね…」
玲ちゃんが染み染み言った。呆れているようにも聞こえるが…。
「…玲ちゃん、ありがとう…。刺してくれたから、最後の一太刀を入れられた…」
「歳なんだから、無理しないでよ…」
歳ねぇ…。悔しいけど否定できない…。
多少の擦り傷、切り傷はあるものの、どっと込み上げて来た疲労感の方が強かった。壁に寄りかかりながら、立っているのがやっと…。玲ちゃんの肩を借りてみんなのところに戻った。
「ご苦労だったな。少し休め。アスクレピオス、傷の手当てを…。他の者も此度はご苦労だった。一度、街に戻るぞ」
「ライアン、この件の後片付けと街の平定、頼むな…」
「いや、我々も国王陛下救出に馳せ参じ…」
「それはワシらだけで充分だ。ここがこんなことにはなったんだ。ワシのせいだけど…。少なからず街や領民の間に混乱が起きる。それを抑える役目は必要だ。その役目は王都の者たちであるべきだ」
「……分かりました。お引き受けします…」
「全てが片付いたら、一緒に飲もうや…」
とライアンの肩を軽く叩いた。全てが片付いたら…。片付くかどうかも分からない。何が待ち構えているのかも分からない…。無責任な物言いだな。ここで、こんなに時間がかかり、体力も削られた。それを考えるとどうしても不安が勝る。




