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人専賞金稼ぎのカッコつけ

 物事はクールに、そしてスマートに実行したいものだ。


 セルバは昼時薄暗い路地裏、足元に転がる男を見下ろしながらそう思った。


「人。魔物の違法取引をする賞金首、か」


 それが目を見開き、動くことのないこの男だった。


 伊達眼鏡をクイとあげ、タキシードの襟を正す。


 外傷は特になし。遺体は綺麗なままだ。

 まさにスマート。まさにクール。報酬額は少ないが。

 納得の出来に、セルバは満足げに鼻を鳴らす。


「ニア、いいぞ出てきても」

「ん……」


 セルバの声に反応して物陰からヒョコッと一人の少女が顔を出した。

 ニアと呼ばれた彼女は、トテトテと黒のショートヘアを揺らしながらセルバに近づく。


 見た目は十にも満たない幼い少女だ。死体と賞金稼ぎという場所には不釣り合いな彼女は、それを見ても表情を動かすことはなかった。


「おわ、った……?」

「ああ。どうだ? 今回の俺の仕事は」

「う、ん。すご、かった。セルバ、何もしてない、のに、倒れた」

「そりゃそうだ。そうなるように計算したからな」


 この男がいつも酒場に行くことはわかっていた。そしてこの時間にここを通って家に帰る。だからセルバはちょうどここで効くように毒を調節して盛ったのだ。


「どうだ、すごいだろ。かっこいいだろ」

「う、ん。う、ん」


 ふんふんとニアは無表情のまま、しかし仕切りに頷いた。それを受け、セルバはまた得意げな顔をする。


「でも、ニア、助手。なにも、して、ない」

「いいんだよ、かっこいい俺が全部やるから」


 セルバはニアの頭を少し乱暴に撫でる。


「よし、じゃあ仕事も済んだし」

「呼、ぶ……?」

「はぁ……そうだな……」

「ん、わか、った」


 ニアが肩掛けのバッグから取り出したのは、一枚の黒カードだった。それをセルバに渡すと、彼はため息を一つ漏らす。


 好きじゃねえんだよなあ、あいつ。


 だが呼ばないわけにはいかない。

 セルバがそのカードを壁に向かって投げつけると、それは煉瓦造りの壁に綺麗に刺さった。


 そこを中心に壁に浮かび上がったのは、淡く赤い光を放つ幾何学模様。


「まったく、転送魔法術式はデリケートですから、丁寧に扱ってくれないと困りますねぇ」


 壁から響く、しゃがれた声。それを追うようにして壁から出てきたのは、一人の男だった。


 ともすればニアと変わらないほど小柄。しかし顔に刻まれたシワや白髪混じりの髪、髭は老人のそれだ。顔は宿なしのようにやつれているくせに、ピシッとした上品なタキシードで身を包んでいる。


 その後ろに続いて出てきたのは、二人の屈強な男。ボディーガードのように老人の後ろにつく。


 全てにおいて歪な男に、セルバは隠す様子もなく舌打ちをする。ニアは隠れるようにその後ろに回った。


「お前がもう少しまともなやつだったらそうしたんだけどな、ジーラ。ニアも怯えてるだろうが」

「気持ち、悪い……」

「ヒヒヒ、私は賞金稼ぎをまとめるギルドの仲介人ですよ? あまりそういうことを言うものではないかと」


 一般的に賞金首を手配するのはジーラが所属するギルドだ。それをギルドに登録した賞金稼ぎが殺し、ギルドに報告。その賞金稼ぎに対してギルドが賞金を配布、という形式になっている。


 それに、と。ジーラはニヤニヤと笑みを浮かびながら続けた。


「私は結構あなた方のこと気に入っているんですけどねぇ」

「まったくうれしくねえな。さっさと話を済ませよう。ほら、これが今回のターゲットだ」


 遺体を蹴飛ばしてジーラの方へ転がす。彼はジロジロと遺体を眺めると、「はい、確認しました」と口にした。ジーラが命じるわけでもなく、彼の後ろにいた男の一人が死体を担ぐ。


「では、報酬はまた後日お渡しします」

「はいよ、さっさと帰れ」

「時に、セルバさん」


 まだあんのかよ。セルバはまた一つ舌打ち。


「人以外の賞金首を殺さないのですかねぇ」

「は?」

「人、以外……」


 キュッとニアがセルバの袖を掴んだ。

 

 エルフ、ドワーフのように知恵を持ち人と交流のある種族もいるが、その中にも悪人はいる。そして大抵、そういった賞金首は人よりも強い代わりに報酬金が高い。


 しかし。


「やらねえよ」


 セルバははっきりとそう言い切った。


「何故です? あなたなら殺せるでしょう」

「殺せねえよ」

「そうですか――なら、やってみましょうか」

「ッ!?」


 その瞬間、動き出したのはジーラの後ろの一人だった。


 膨張する肉体。はち切れた衣服の下にあるのは灰色の毛並みだ。頭は狼のそれに変異している。


 人狼ワーウルフ。凶暴な魔物の一種だ。


「グラァァアア!」


 ナイフのような爪。セルバを喰らわんとする牙。雄叫びをあげながら飛びかかる。


「はぁ……ニア、下がってろ」

「う、ん……」


 上からの引っ掻き。短調、単純だが鉄をも切り裂くそれは食らえばひとたまりもない。


 横に躱し、ナイフを取り出す。前のめりになった側頭部に思い切り突き立てた。

 ワーウルフの頭蓋骨は硬い。ナイフが折れた感触。だが確かに刺さった。


「ギッ……! グ、ラァ!」

「まあそりゃ死なないよな」


 なら。

 刺さったままのナイフを取手のように思い切り倒す。バランスを崩した人狼は倒れ込み、その頭を――


「フンッ!」


 ――思い切り踏みつぶした。


 頭がなくなったのだから即死だ。またひとつため息を溢す。

 訪れた静寂の中で、パチパチとニアの拍手だけがこだましていた。


 それをみて、ジーラはニヤリと笑う。


「ヒヒヒ、殺せるじゃないですか」

「ダメだ、これじゃダメなんだよ」

「おや、殺せたのになにがダメなのですかねぇ?」

「全然クールじゃない!! 全然スマートじゃない!!」

「は?」


 呆気にとられた顔をしたのはジーラだった。


「なんだ今の力押しバカみたいじゃないか! それに見ろ今の俺の格好! 血塗れ! きたねえ!!」


 頭を潰したのだからもちろん血は吹き出す。近くにいたセルバはそれをもろに受けていた。


「なあニア! さっきの俺も、今の俺も! かっこ悪いだろ!?」


 セルバは振り返りニアに問いかけた。

 だが彼女は無表情のまま首を傾げ、返り血を気にすることなくその裾を掴む。そしてフルフルと小さく首を振り。



「うう、ん。セルバ、は……いつも、かっこいい、よ……?」



 わずかに笑みを浮かべながら、そういった。


 セルバはキョトンと目を丸くする。奥でジーラがヒヒヒと笑っていた。


「だ、そうですよ?」

「…………んんっ! とにかく!」

「顔が赤いのは触れないほうがいいんですかねぇ」

「とにかくだ!」


 セルバはわざとらしく咳払い。そして眼鏡をクイと持ち上げる。


「俺は人の殺ししかやらない」

「残念ですねえ……あなた指名の依頼があったんですけどねぇ……」

「知るか。依頼主には残念でしたって送り返しとけ。報酬忘れるなよ」


 依頼を受けるか、誰を殺すかは賞金稼ぎの自由だ。

 話は終わり。セルバはジーラに背を向け、歩き出す。ニアもそれに続いた。


「残念ですねぇ。その依頼対象――」


 しかしニヤニヤと歪んだ笑みを浮かべたまま、ジーラは告げる。


「――悪魔、だったんですけどねぇ」

「……なんだと?」


 その言葉を聞き、セルバは足を止めた。足に当たった空ビンがカランと鳴る。


 振り返り、睨め付けるような鋭い視線をジーラにぶつけた。


「本当に、悪魔か?」

「ええ、ええ、本当ですとも」


 しかしジーラはにやけ面を崩さない。


 悪魔は最上ランクの魔物だ。性質的に悪であることが多く、個体数は少ないがそのほとんどに賞金がかけられている。


「魂の契約です。他人の生気を使い、とある少女の願いを叶えているらしいです。こういう正規では殺しにくいものがよく回ってくるのですよ」

「…………」


 セルバの視線はじっとジーラを捉えていた。ジーラもそれを真正面から受け止める。


「……わかった、やる」


 沈黙が続くこと少し。セルバはそう口にした。


「おや、本当ですか」

「セル、バ……」

「大丈夫だ、ニア」

「……ん」


 セルバが心配そうなニアの頭を撫でれば、少し綻んだ吐息を漏らす。


「用はそれだけだな、もう行く」

「ええ。依頼内容はまた後日」

「早めに頼む。よしニア、行くぞ」


 今度こそセルバはジーラに背を向け歩き出した。


 しかし、ニアは続かず、ジーラの前でじっと彼をみていた。


「おや、ニアさん、どうしたのです?」

「…………」


 ニアはなにも話さない。それを不審がったのは、ジーラの後ろにいたもう一人の男だった。一歩前に出て、ニアに手を伸ばす。


「おい、おま――」



 バクン!



 瞬間――男が消えた。


 それは一瞬の出来事。普通なら、突然消えたようにしか見えない。


「ヒ、ヒ……」


 だが、ジーラは見た。


 消える瞬間、ニアの頭がぶれたのだ。そこにあったのは、大きな、黒い顎。それが男を担いだ死体ごと喰らったのだ。だがすぐニアに戻ってしまった。


「ねえ、ジーラ」


 唇についた赤い液体をペロリと舐めながら、流暢に(・・・)言葉を並べる。


「次セルバに何かしたら――殺すから」


 そこにいたのは先ほどまでのニアではない。似た別の何かだ。


「おいニア! どうした!」

「今、行く……」


 ニアから離れたところでセルバが呼ぶ。ニアは小走りでそちらに向かっていった。


「……普通に話せたんですねぇ」


 薄暗い路地裏で、ジーラは一人ヒヒヒと笑みを浮かべていた。

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[良い点] キャラが立っていて、なかなか面白くて続きが気になります!
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