Sレアキャラの旦那様!? ~アプリの世界から大好きな子が嫁ぎに来たんですが~
『アプリ「妖精郷のファンタジア」は20XX年9月30日15時00分をもちましてサービスを終了しました。サービス開始より、ご愛顧いただき誠にありがとうございました』
虚無。
気付いたら10分くらい同じ画面を眺めてた。
そんなことしてたって意味ないのはわかってる。
だけど胸にぽっかり穴が空いた感じがして、まるで画面を閉じられなかった。
「ホントに終わっちゃったんだなぁ……」
そう。
アプリ「妖精郷のファンタジア」はついさっきサービス終了を迎えた。
リリースから約三年続いた、「豊富な可能性、無限の絆」がコンセプトのRPG。
昨今の流行に沿ってストーリー重視、見つけて楽しい小ネタも満載、ゲーム自体もストレスフリー。更に運営の対応も好印象とケチのつかない理想設計。
そしてガチャ排出のキャラと、ストーリークリア報酬のサポート妖精の掛け合いを中心に、大量のボイスとイベント。
いろんなアプリのいいトコ取りみたいな化け物っぷりでユーザーを集めてきたアプリだ。
ただ、新キャラ・新妖精が実装されるにつれ、ボイス関連の費用が増加。
おまけにメインストーリーも引き延ばせないトコまで来てしまった。
ということで赤字になる前のグランドフィナーレ。
大人気のうちにサービスを終了し、俺こと月原 幸人は、見事なロス状態に陥ったわけだ。
でも仕方ないじゃないか。
楽しかったゲームが二度とできなくなる、ってのは結構胸に来る。
それにもう一個、大きな原因があった。
「彼女との冒険も終わりかぁ……」
アプリ終了のお知らせをやっと閉じ、画像フォルダを開く。
フォルダをタップした途端、画面にでかでかと女性キャラが映し出された。
ワインレッドのストレートボブ。
ぱっちり釣り目はサファイアの輝き。
胸は控えめ手のひらサイズ(多分)。
青ベースのひらひらドレスと、装備はリアルじゃ絶対持てないようなデカい剣。
彼女は「妖精郷のファンタジア」のヒロイン、ではない。
リリースと同時に実装されたキャラの一人、ルーナ・フェリナーデ。
万年SR、人気投票では最高20位とネタにもしにくい位置。
レア度をひっくり返す強みもないので常に「つなぎ」扱いのサブキャラ。
でもかわいい。
それはもうとてもかわいい。
俺の好みドンピシャでひたすらかわいい。
「かわいいなぁ……」
何から何まで俺好み。ぶっちゃけサブキャラでよかった気もしてる。
俺の「妖精郷のファンタジア」は彼女あってのものだと言っても過言ではない。
それだけにサービス終了はイコール彼女との別れなわけで。
「せめてSSR化、してほしかったなぁ……」
何を言った所でサービス終了は事実だ。それが俺の気分を沈ませる。
SSR化を夢見ても。
季節限定衣装を欲しがっても。
スキル強化みたいなテコ入れを望んでも。
最早全部叶わぬ夢。
アプリが終わった以上、万に一つも叶わない。
せめてもの慰めは、終了前に音声データや表情差分をひと通り保存できたことだ。
スクロールする度にくるくる変わる表情。
惰性で眺めた後はボイスフォルダを開き、録音音声を順繰りに再生する。
『私はルーナ・フェリナーデ。旦那様探しのついでだわ、あなた達のこと、手伝ってあげる!』
『ふふん、甘く見ないで! これでも料理はできるクチなんだから!』
『どんな旦那様がいいかって? そりゃあ、一目見てびびっと来る人! 後は付き合ってから! ほら、最初の印象って大事じゃない?』
『えぇーっと、その……ここまで強くしてくれるなんて、思ってもみなかったわ。ありがとう。感謝してる』
演じてたのは新人の声優さんだけど、これがまた立ち絵の印象通り。
ちょっと当たりが強そうで、そのくせトゲを感じさせない雰囲気がいい。
他のキャラもイメージ通りなのはあったけど、彼女以上にベストマッチなキャスティングはいない。
これこそルーナ、って感じの声だった。
「でも追加ボイスももうないんだよなぁ……」
あぁ、新しいボイスが聞きたい。
もっと言えばキャラストーリーの追加が欲しい。
ってかもっと彼女を知りたかった。
旦那様探しのために家を飛び出す良家のお嬢様、とか面白いキャラ背景だったし。
料理スキルはどこで身に着けたんだろう。
パートナー妖精とはどういう経緯で出会ったか。
他にもいろいろ。
でも、終わっちゃったからそれもない。
アプリ終了って、そういう話だ。
「ルーナのこと、もっと知りたかったなぁ」
いくら言った所で叶わない願いを、若干涙声でげろった。
―――認識ポイントを確認、座標軸セット
全くもって唐突に、強いエコーのかかった声が響く。
「うっさいなぁ……」
無視。
どうせ家電か何かが誤作動でも起こしたんだろう。空気読まない奴め。
こっちはお気に入りキャラとの冒険強制終了に傷ついてるんだ。
―――現界を開始します
めっちゃ部屋が光った。
「おぁああああ!?」
慌てて目を押さえる。
握ったままだったスマホが眉間にダイレクトアタック。痛いけどそれどころじゃない。
何が起こったのか確認しないと。でも眩しくて目が開けられない。
パニックに陥った状態でなんとか起き上がろうとした瞬間。
「きゃぁあああああっ!?」
「おぅふっ!」
やけに聴き覚えのある声と共に何かが激突。
情けない声を上げて俺は思いっきり後ろに倒れた。
が、ラッキーなことにベッドの方向だったらしい。
勢いの割に小さい衝撃で、ほっと一安心。
そこで光が収まっていることに気付いた。
これはチャンス、と頑張って目を開けた直後、俺は思わず息を呑んだ。
視界いっぱいに広がる、女の子の顔。
「あ……」
目を大きく真ん丸に開いてガン見状態。
サファイアみたいで綺麗な瞳に、間抜けな俺の顔が映ってる。
見つめ合うしかできずに数秒、何とか声を絞り出す。
「え、えっと……」
「あ……ご、ごめん、なさい……」
はっきり声を聞いた時、体中を電流が走った。
あまりにも聞き覚えのありすぎるナチュラルボイス。
思わず彼女の肩を掴んで起き上がる。
「ひゃっ」
驚く様子に申し訳なく思いつつも、上から下まで目視確認。
ワインレッドのストレートボブ。
ぱっちり釣り目はサファイアの輝き。
胸は控えめ手のひらサイズ(パッと見た感じ)。
青ベースのドレスに身を包んだ出で立ちは、どこからどう見ても彼女そのもの。
まさか。
そんな。
信じられない気持ちと確信にも似た何かがせめぎ合う中、俺は意を決して問いかける。
「ルーナ・フェリナーデ……?」
途端、彼女は更に目を丸くして、俺の肩を掴み返した。
「私の名前、知ってるの……?」
知ってるも何も。
俺の「妖精郷のファンタジア」を支えたキャラで。
現在進行形で別れを惜しんでたはずの一番好きな子で。
でも、そう聞き返すってことは、つまり、彼女は。
「ほんとに、ルーナ・フェリナーデ……?」
もう一度名前を口にすると、さらさらな髪がこくり、と揺れた。
「わ、私は、確かにルーナよ。あ、あなたは……?」
「えっ、あっ、お、俺、俺はっ」
質問返しに慌てる。それがきっかけで思考がぐるぐる回り出し、答えを見失う。
が、そこへひゅんと風の鳴る音と、体に衝撃。
「あわわわわ―――はぶしっ!」
「ぉぐぁっ!?」
本日二回目の情けない声を上げ、再びベッドに倒れこむ。
今度は何が、と痛むおでこをさすりながら状況把握を試みた俺は、ルーナの周りでキラキラ光る何かが漂っているのを見つけた。
「あたたたた……思いっきりぶつけたぁ……」
ちょうちょみたいな羽根が生えた女の子。
どう見ても妖精です本当にありがとうござ、って、え?
妖精?
ぎょっとした瞬間、ルーナと名乗った彼女が手を伸ばし、ミニマム少女をがしっと掴む。
「ちょっとリリィ! アンタ、一体何したの!」
「痛い痛いルーナ痛いってば! 説明するから離してよぉ!」
「あぁもうわかったから騒がない!」
いや、君が思いっきり掴んだのが原因なんじゃ、とは流石に言えない。
とりあえず様子を見守る。
二人(?)はやいのやいのと騒いでたけど、しばらく経つと落ち着いたのか、揃ってため息をついた。
「……で。何がどうなってるの。ここにいるちょっと好みな男は誰」
え、マジ。俺、ルーナ好みの人?
いやいや、そうじゃなくて。
いきなり明後日の方向へぶっ飛びかけた意識を引き戻してると、リリィと呼ばれた妖精少女は「えぇと」と口を開く。
「ほら、ルーナのお願い、あったじゃない。アタシが聞いたヤツ」
「うん。『理想の旦那様と出逢える運命が欲しい』って言った。それが何?」
「多分それ」
「は?」
「その運命が、この転移じゃないかなって」
「……はい?」
じっ、とルーナの瞳がこっちに向き直る。
どぎまぎしながら彼女の視線を受け止めてると。
「つまり」
ぽふ、と頬が赤みを帯びた。
「私の、旦那様……!?」
どうしよう。
推しキャラが出てきたと思ったら、旦那様認定された。





