僕らのセブンデイズ・ミッション
平成の時代が終わりを告げてから、二十年の月日が経たった。
「なあ、聞いたか? 今年の『ドールマスター』候補生、うちの学校から二人も出たんだってよ」
「それマジ? すっげーじゃん! 候補生なんて年に三人も出れば多い方だって言われてんのに、そんなのが二人もこの学校に居たのかよ!」
クラスメイトの男子達の雑談に、その内容の当事者である津崎優馬は静かに耳を傾けていた。
優馬は多少の運動神経はある男子高校生だったが、十八歳を迎える今年──遂に『ドールマスター適性検査』を受ける日を既に迎えていた。
ドールマスターとは、令和元年の日本史上最悪の大災害を機に地下から発生した謎の侵略生物『アガル』への対抗手段……『ヴァルキリードール』を制御する存在である。
ヴァルキリードールは世界中の技術者たちの叡智の結晶であり、世界で最も高性能な戦闘用AIと機械の身体を兼ね備えた、麗しき科学の戦乙女だ。
その性能は、令和二十年を迎えた近年でも更に進化している。
しかしそれに伴って、彼女たちドールを制御する存在──ドールマスターの適性を持つ者が圧倒的に不足していた。
日本を中心として発生したアガルたちは、年月を経るごとに世界各地へとその勢力を拡大させている現状だ。
最初は異常成長した動物のような個体が数匹目撃される程度であったが、その凶悪さや数、種類も日々増加。
だがある時、日本のとある研究機関が開発した自立式戦闘兵器……ヴァルキリードール初号機の活躍によって、最低限の被害に留めることに成功する。
けれども初号機には稼働時間の問題があり、それを解決する為に考案されたのが『ドールマスター』という存在だったのだ。
ドールマスターが側に居ることで、ヴァルキリードールとの相性が良ければ良い程に稼働時間が向上するという。
それに加えて戦闘力も増すという研究報告も上がっている事から、政府はその研究機関への援助と、国民に対して適性検査を義務付けた。
その適性検査が義務化したのが、令和五年のこと。
当初は国内外からの批判も多く上がったが、侵略生物による被害が各地で激化していき……それから十五年の時を経た今、自分たちの命を守る最後の希望として、ヴァルキリードールとそのマスターたちに頼るほかなくなっていた。
(僕だって、まさか自分に適性があっただなんて思いもしなかったよ……)
一人で机に突っ伏していた優馬は、心の中でそう呟いた。
ドールマスターの条件として、健康な肉体と精神を持つ若者である事が挙げられる。そのことから、選挙権が与えられる十八歳の高校生には、春の身体計測と同時に適性検査も行われるようになっている。
その結果が出たのが、つい先日のことだったのだ。
すると、教室に優馬のクラスの担任教師がやって来た。
「おーい、お前たち! 早く席に着けー!」
若い男性教師が声を掛けると、教室に散らばっていた生徒たちがバタバタと着席していく。
それを見届けた教師は、ちらりと優馬に目を向けてから改めて口を開いた。
「えー……皆ももう聞いてるかもしれないが、うちの学校からドールマスターの候補生が出た」
男性教師の発言に、クラス全体がざわめき立つ。
「一人は五組の星堂流衣。そしてもう一人が……このクラスの津崎だそうだ」
「えっ、津崎くんが……!?」
「アイツがドールマスターになるのか……?」
クラスメイトたちの視線が突き刺さり、どうにも居心地が悪い。
こういう形で目立つのはあまり好きではないが、それも仕方がないことだと優馬は割り切っていた。
ガヤガヤと騒がしくなった生徒たちに向けて、教師は声を張り上げて言葉を続ける。
「津崎と五組の星堂は、マスター候補生として三峰附属高校への転校が決まった。……津崎は今日が最後の登校になる。皆、盛大に津崎を送り出してやろう!」
正確には、三峰科学研究所附属高等学校。
ヴァルキリードールを開発した研究者、三峰誠悟が政府からの支援金を元に開設した学校に、優馬たちは招かれたのだ。
たった一年だけの在学とはなるが、優馬は三峰附属高校を卒業すれば高校の卒業資格を取得し、自動的に研究所の職員として迎え入れられることが決定している。
これからの優馬の日々は、マスターとしての訓練と勉学に明け暮れる事になるだろう。それは決して普通の高校生らしい生活ではない。
(だけど……それで良いんだ。だってこれは、またとないチャンスでしかないんだから)
三峰の学生になれば、一般には解放されていない附属病院の利用も許可される。
(マスター候補生なら、入院患者への面会も許されてる。どれだけ厳しい訓練だって、莉緒ねえにまた会えるなら何だってやってやるさ……!)
そうして優馬は決意を新たにし、普通の高校生として過ごせる最後の日を終えるのだった。
────────────
三峰科学研究所附属高等学校は、令和八年に開校された。
その校舎の前に、一台の黒塗りの車が停車する。
「ここが、三峰附属高校……」
付近に研究所と病院が併設されているからか、校舎でありながらもどこか違和感のある外観に、優馬は小さな戸惑いを覚えた。
政府が手配した車から降りると、優馬は着替えや私物を詰め込んだバッグを持って寮へと向かう。
事前に敷地内の地図を頭に入れておいたので、それほど迷うこともなく自身の部屋を見付けることが出来た。
一人用の部屋には風呂とトイレ、それから最低限の家具が備え付けられており、今日からここで生活するのに不便は感じない。
優馬は荷ほどきをしてから、置かれていた三峰附属の制服に袖を通す。
紺のブレザーにネクタイというスタイルで、どこか洗練されたデザインのそれは、優馬にも違和感なく着こなせるものだった。
「ええと……確か、着替えたらまず校長室に顔を出すんだっけ」
優馬は学校側から前もって連絡されていた通り、すぐに校舎に行き校長室を目指した。
やはり校舎の中もどこか近代的で、この雰囲気に慣れるにはしばらくかかりそうな気がした。
校長室と札が出された部屋のドアは、電子ロック式の扉だった。
すぐ側のインターホンを押すと、「津崎優馬くんですね? どうぞお入り下さい」と声が。
ピッという電子音がしたかと思うと、そのまま全自動でドアが開いた。よく見れば、ドアの横のランプが赤から緑に切り替わっている。
「失礼します」
一礼して入室すると、既にそこにはもう一人の少年……優馬と同じ学校から三峰にやって来た、星堂流衣の姿もあった。
クールな一匹狼という印象受ける、高校生にしてはかなり大人びた雰囲気だ。
同学年ながら一度も同じクラスにならなかった彼だが、この先上手くやっていけるだろうか。
そんな不安を感じながら、優馬は流衣の隣に並ぶ。
すると、高級そうな机越しに革張りの椅子に腰を下ろした男性が、二人を見て小さく微笑んだ。年齢は四十代といったところか、穏やかそうな外見をしている。
「津崎くん、星堂くん。ようこそ、三峰科学研究所附属高等学校へ。私はここの校長と研究所の所長を兼任している、三峰誠悟です。さあ、立ち話も何ですから……」
と言って、二人に来客用のソファに座るよう促す三峰校長。
彼の話によれば、今年の適性検査でマスター候補生として招かれたのは優馬と流衣の二人だけだったらしい。
その分、人類の新たな希望の星となり得る二人への支援は全力で行うと約束してくれた。
「では次に、君たちに託すドールを紹介しましょうか」
「えっ……僕たちのヴァルキリードールですか?」
「まだ俺たちは候補生なのに、こんなに早く専用機を用意されるだなんて……」
「ええ、今年からの新たな試みでしてね。さあドールたち、おいでなさい」
三峰校長の声を合図に、ドアのロックが解除される。
廊下で待機していたらしい二つの人影は、静かに三人の前へ姿を現した。
白銀の鎧を身に纏った二人の美少女──その片方のヴァルキリードールが、優馬に丁寧に頭を下げて言う。
「初めまして、マスター・ユウマ。私はヴァルキリーナンバー02です。以後、お見知り置きを」
そうして顔を上げた金髪ポニーテールの機械少女は、まるで人間のように穏やかな表情で笑ってみせたのだった。
────────────
滑らかな金髪に、緑色の瞳。
凛としたその立ち姿は、正しく戦乙女と呼ぶに相応しい。
そんな美少女と寮に戻る途中だった優馬は、歩きながら彼女から質問を受けていた。
「……つまりマスターは、その『リオ』という方にお会いする為に、このお役目を引き受けたのですか?」
「うん、昔からよく世話を焼いてくれた近所のお姉さんでね。去年から『魔血病』の治療で三峰の病院に入院してるんだ」
莉緒が罹った魔血病とは、侵略生物アガルに襲われた者が稀に発症する病気のことだ。
それは、半年以内に高確率で死に至る病。
優馬は自分を庇って感染した莉緒の為に、その治療費を肩代わりすると誓っている。現に優馬は、莉緒を救う事を条件にここへ入学することで合意しているのだから。
そんな話をしながら、二人が廊下の角を曲がろうとしていたその時。
ほんの少し先から聞こえる、二人の男の話し声だ。
優馬はその内容に、思わずその場で立ち止まる。
「それで、例の件は……」
「今日から七日後、例の入院患者──仲原莉緒の処分が決まった」