【良い子は真似をしないように】
────俺が、連続殺人の?
そう言うクロージさんの声が部屋に落ちる。自分のデスクで電話をしながら難しい顔をしているから、ややこしい調査の依頼なのだろう。難事件の香りだ。こうしちゃいられない。
「……キララン」
「なんでしょーか! クロージさん!」
電話を切ったクロージさんは、すぐに私のことを呼んでくれた。きっと電話中、彼のデスクに張り付いてじっと視線を送り続けていた私の熱意を感じ取ってくれたのだ。
「首突っ込む気だな?」
「当たり前でしょう! 私は、クロージさんの右腕なんですから!」
眉間を揉み解しながら問うクロージさんに、私は胸を張って答えた。
「あのなぁ、お前はまだ……」
「小学生ですよ? 有能すぎて信じられないでしょうけど!」
「……ああ、今お前が本当に小学生なのかと疑い始めたところだ」
いつも渋るんだよね、この人は。肩まで伸びた髪をハーフアップにしたスタイルさえ似合う渋いオジサマではあるけれど。はぁ、私の能力は便利なんだからもっとホイホイ使っていいのに。
「ったく、言い出したら聞かねぇからなぁ。もうすぐ葵が来る。新人連れてな」
「葵刑事ですか? では、お茶は三人分ですね!」
ここから警察署は近いから、本当にすぐ来るだろう。そう思ってさっそく給湯室に向かおうとする私を、クロージさんは呼び止める。
「そうだけどそうじゃねぇ。そこで事件について話を聞くから、その話次第では……」
「調査に連れて行ってくれる、ってことですね!」
「ポジティブすぎだろ!? 考えるって言ってんだ!」
「はぁい、わかってますよぅ、もう」
ルンルン気分で今度こそ給湯室に向かう私。背後からは本当にわかってんのかよ、というため息交じりの声。わかってますよ、もう十二才なんですからね!
「邪魔するよー」
「お、お邪魔いたします、黒氏さん」
数十分後、予想していた通り事務所に二人の刑事がやって来た。ヘラっと笑うどこか頼りなさげな葵刑事と、長身ながらもスーツに着られている感じのする若い男の人。たぶんこの人が新人さんだね。クロージさんの指示でソファに座った二人の前に、私は慣れた手つきでお茶を置く。
「ありがとー、キラランちゃん」
「どーいたしまして。いつもご苦労様です、葵刑事」
「き、キララン……?」
ヘラッと笑ってお礼を言う葵刑事に私が返事をしていると、新人さんが私の呼び名に戸惑うような声を出した。
「はじめまして。私、雲母蘭って言います。ここでお手伝いをしてるんです。よろしくお願いします」
「えっ、あ、ああ、だからキラランなんだ……」
「納得してる場合かよー。お前、小学生の方がきちんと挨拶出来てるぞー」
私の挨拶を聞いて、新人さんは目を丸くしている。そこに拳骨を入れた葵刑事。もー、貴方も最初に聞いた時は驚いていたでしょうに。
「ご、ごめん。僕は百合と言います。ちゃんと苗字だからね。今度から葵先輩の下に就くことになったんだ。こちらこそよろしくね、キラランちゃん」
「百合刑事……可愛い名前ですね」
「よく言われるよ。君もでしょ?」
変なところで意気投合してしまった。苦笑を浮かべてそう言う百合刑事に私も苦笑を返す。その分、苦労も多いんだよね。わかるよ、わかる。
「さっさと事件について話せ」
「えっ、でも、その……」
おっと、無駄話はここまでのようだ。仕事モードに切り替えたクロージさんは厳しいからね。お口にチャックだ。私? もちろん一緒に聞くよ。当たり前でしょう。でも事情を知らない新人、百合刑事は私がその場を動かないことに戸惑っているみたいだ。それもそうか。何も知らなきゃ私はただの小学生だもんね。
「あー、百合。この子はいいんだ。ちょっと事情があってなー」
「え? でも」
「今は黒氏の機嫌を損ねないのが大事ー。ほれ、さっさと説明するー」
「は、はいっ」
クロージさんはせっかちさんだからね。時間が惜しいんだから早くしろ、って眉間のシワに書いてある。それを察した百合刑事は、未だに私のことを気にしながらも説明を開始した。クロージさんの強面に屈したことは恥ずべきことではないよ、と心の中で励ましておく。
「ほい、これが現場の写真だ」
「ちょっ、葵さんっ!? 一応容疑者の一人にそんなの見せていいんですか!?」
「ダメに決まってんだろー。黙ってろよ? 百合ぃ」
ポイッとテーブルに写真をばら撒く葵刑事に焦る百合刑事。容疑者の一人って言葉がちょっと気になったけど、今は写真に集中する。
「しかもキラランちゃんまで見てますよ!? さすがにやばいですって!」
慌てる百合刑事の声をBGMに、私はさらに意識を集中させた。
大量に血が流れているから死因がなんだとか、ここに違和感がとか、そんなことは当然さっぱりわからないよ? じゃあ何を見ているのかというと……。
「んーと、この殺された人たちはみんな、最近恋人と別れたみたいですね」
百合刑事がヒュッと喉を鳴らす音が聞こえた。あ、しまった。
「え、僕、そんなこと一言も……」
「蘭。他人の前で話すなっつったろ」
「……ごめんなさい」
最近は、この能力を知ってる人としか関わってなかったから、油断してた。クロージさんが蘭って呼ぶ時は、本気で怒っている時だ。しょんぼりと項垂れたから、いつの間にか肩下まで伸びていた髪もサラリと顔の前に垂れる。
「あー、百合は俺と組むことになったから、どのみち事情は話さなきゃいけなかったんだよー。今日は時間がなかったから説明出来なかっただけでー。その件について確認とらなきゃだったしー? 手間が省けたっていうかー?」
「はぁ……わかったから話を戻せ」
葵刑事の軽いノリはこう言う時に助けられるなぁ。後でお礼を言わなくちゃ。でもチラッと目が合った時にウインクはしてこなくていい。
「この子はそういう特殊な能力があるだけだから大丈夫ー。あと、当然ながら誰にも言うなよー?」
「え、そ、そんなの」
「別に今信じなくてもいいからー。ひとまずそういうものだと思ってさー。見ろ、黒氏の目。視線だけで殺されそうだぞー」
「ひっ……」
クロージさんのイライラがマックスだ。百合刑事は震える手で写真を指差しながら説明をし始めた。
「え、えっと、こ、これが、今までの殺人現場で……これらの現場には、共通点が、あ、あって……」
「……ちょっとその鋭すぎる眼光どうにか出来ない? 椿ちゃーん」
「葵、名前で呼ぶのはやめろ」
あまりにも百合刑事が怯えるものだから、葵刑事がクロージさんに声をかける。実はこの二人、気心知れた仲っぽいんだよね。たまにこうして葵刑事がクロージさんを名前で呼ぶのだ。椿って名前が好きじゃないみたいだから私はクロージさんって呼んでるんだけど、あの様子を見るとそれが本当なんだなぁってわかる。
鋭い視線が全て葵刑事に向かったことで、百合刑事がホッと息を吐いている。落ち着きをやや取り戻したようだ。葵刑事の目論見通りかな?
「こ、この写真を見てください。犯人は現場に必ずこのカードを残していくんです。まるで、この犯行は自分がしたのだとアピールしているかのように」
〈良い子は真似をしないように。〉
カードに書かれたその文字を見た瞬間、なんともいえない腹立たしさを感じた。
「……だから俺も容疑者の一人ってことか」
「お前の悪名も世に広まってきたからなー。頭おかしい奴に好かれたんだろ」
クロージさんを犯人にしようとしたのだとしても、ただの愉快犯だとしても、絶対に許せない。でもここで顔色を変えたらダメ。クロージさんが調査に連れて行ってくれなくなっちゃう。冷静になれ、私。
「被害者の共通点は?」
「一人目は工場勤務の四十代男性、二人目は女子大生、そして今回は二十代のフリーター。住んでる場所も都内ってとこだけは一緒ですがその程度です。二人目の女子大生は上京してきたばかりですし」
「だが一つだけ」
葵刑事が人差し指を立ててそこで言葉を切り、私を見る。
「三人とも、キラランちゃんの言うように、最近恋人と別れたばかりってとこだけ共通してるんだー」
んー……でも、その共通点に意味なんてないよね。年齢、性別もバラバラだし、元恋人の犯行っていうのは考えにくいし。
「それ以外だと……快楽殺人者か」
「その可能性もあるねー」
暫く沈黙が流れた後、顔を上げたクロージさんと目が合う。これは、と思ったので先手必勝だ。
「私も行く」
「ダメだ。今回は危険だ」
それはわかる。でも、行かなきゃ私の存在意義がなくなるから。私はずっとここにいたいんだ。
「ダメって言われたら、私一人で調べに行くもん」
「……写真、見せるんじゃなかった」
さっき見た時に能力を使ったからね。場所はすでにわかっている。私は、期待を込めた眼差しでクロージさんを見つめた。
「はぁ、わかった。だが、俺のすること……」
「はい! クロージさんのすること、良い子は真似をしません!」
ニヒッと笑ってクロージさんの決め台詞を横取りしちゃう。そう、この台詞はクロージさんのもの。私以外が横取りしちゃダメなんだもん。眉間のシワを深めたって、私は怖くないもんねー! 百合刑事のすご……という呟きが私の鼻を高くさせる。
「ま、危険な目には遭わせやしないがな」
わずかに口角と片眉を上げた悪そうな笑顔。
「だが犯人には、痛い目にあってもらおうか」
次いでパキッと首を鳴らすクロージさん。今回はどんな制裁を下すのかな。うーっ、ワクワクしてきたっ!





