人魚狩りは素敵な商売
私が家長を勤める一族は、交易商会を代々営んでいる。
航海技術の発展と共に、東洋の異国との海洋交易や、未開地の探索も盛んとなって来て、我が商会も時流に乗って勢力を拡大していった。
金銀、香辛料、宝石、象牙、医薬、奴隷、麻薬等々。東洋から仕入れて来る様々な商品を、王侯貴族や富豪達はあさる様に買い求める。
こちらから東洋へ輸出するのは、主に銃と火薬、弾丸だ。あちら側の飛び道具は、いまだに弓矢が主という。そういった地域では、銃に凄まじい値段がつくのである。いずれは模倣されるだろうが、その時にはより強力な武器を売りつければいい。
交易から得られる利益は莫大な物であり、我が商会はまさに、我が世の春を謳歌していた。
*
そんなある日、我が商会の本拠に、国王の使者が訪れた。
王家は権勢を示す為、常に珍品を求めている。要は、周りに見せびらかして自慢したいのだ。
厄介な事に、王家の注文というのは度しがたい物が多い。金さえ出せば、何でも探してくると思っている。可能な物ならいいが、無理難題であれば、機嫌を損ねずにどうかわすかが頭痛の種だ。
応接室に通した使者は、いつもの尊大な態度で椅子にふんぞり返る。
「本日はどの様なご用件でしょうか」
「陛下のご所望だ。不老長寿の薬を仕入れて欲しい」
「そんな物が、本当にあるとお思いで?」
無茶苦茶な注文は今に始まった事ではないが、不老長寿の薬とは極めつけだ。そんな物があれば、とっくに自分で使っている。
「宮廷に出入りする錬金術師共は、理論上は可能だと言っておってな。陛下はそれを信じ、多くの資金を投じておるが…… どうにも奴等は信用ならぬのだ」
錬金術師と称する学者崩れが、巷でうごめく様になって随分になる。彼等は石を金に変えるとか、人工の命を作り出すとか称して権力者に取り入り、多額の金銭をせしめるのだ。
「それについては同感ですね。我が商会にも、そういう輩が出資を求めに来るのですが、一切相手にしておりません」
「そうであろう。なればこそ、いかがわしい連中を頼らずに本物を手に入れ、陛下には目を覚まして頂かねば」
そもそも〝本物〟が他にあると思っている事自体がおかしいとは思わないのだろうか。顔には出さなかったが、私は内心であきれていた。
「我が商会を頼って頂けるのは嬉しいのですが、何か心あたりでも?」
「貴殿が交易相手としておる東洋に、その様な品があるのではないかと思えてな。東洋人というのは、歳よりも若々しく見える。例えば、ほれ。貴殿の子飼いに、東洋人の女剣士がおろう? あれは年月を経ても、いっこうに容貌が衰えておらんではないか」
一応、薄弱ながらも根拠はあるらしい。
使者が言っているのは、私が囲っている女の事だ。商会が東洋で奴隷として買い付けたのを、売らずに手元へ置いている。自称では、郷里で海賊だったそうだ。
小柄で華奢だが剣技に長け、夜の床の具合も、頭の回転もいい。今では自由身分を与えた上で、商会の本拠を警護する私兵を束ねさせている。
うちに来てから十年だが、言われてみれば彼女は若々しいままだ。しかし、それを不老長寿だというのは、話が飛躍しているのではないか。
「若作りなだけの年増ですよ、あれは。それに、東洋人にも年寄りは普通にいますしね」
「ふむ、何か秘訣があるのではないかと思ったのだが。まあ、不老長寿とまでは言わぬ。十年、二十年程は寿命が延びたり、若さを保てる様な物があれば、陛下にもご納得頂けよう」
随分と要望が下がった物だ。さすがに彼も、不老長寿の薬というのは荒唐無稽と考えていたのだろう。国王の妄言に従わざるを得なかっただけか。
「その程度でしたら、もしかすればあるかも知れませんが……」
「いつまでかかる? 幾ら出せば良いのか?」
「雲を掴む様な話です。期間も費用も、全くお見積もりは出来ませんよ。ですからお代も、物を見つけてお渡しする時で結構です」
「殊勝な心がけ、と言いたいところであるが……」
使者の心の内は、手に取る様に解る。こちらに支払う前金の上前をはねるつもりだったのだろう。代価が後払いでは、あてが外れてしまう。
「解っております。恐れ多くも陛下の代理としていらっしゃった方を、手ぶらで帰す訳には参りません」
私は、側に控えていた下僕に命じ、〝上客への土産〟として常備している、手のひら程の大きさの小箱を持ってこさせた。
箱自体も象牙細工でそれなりの値だが、中身にはもっと高価な嗜好品が入っている。
「極上の阿片です。どうぞお愉しみ下さい」
阿片とは、東洋で産出する麻薬だ。常習性が強く、度が過ぎれば廃人となる危険な代物だが、富裕層には、これをたしなむ者が多い。
「ふふ、解っておるではないか。では、期待しておるぞ」
使者は上機嫌で引き上げていった。
*
その日の夜。
私は、使者との話題にのぼった、東洋人の女剣士 ……名をトワと言う…… を夕食の席に呼び、不老長寿の薬を国王から要望されている事を話した。
駄目で元々、効果がある物を何か知っていないかと思ったのだ。
「摩訶不思議な物がたくさんある東洋といえども、そんな便利な物はないと思うがね。何か、適当にご満足頂く為の物があるといいのだが」
「いや、心あたりはあるよ」
トワの返事は、実にあっさりとした物だった。言ってみる物である。
「何だい、それは?」
「人魚さ。あれの肉を食えば不老長寿になる」
人魚とは船乗りが恐れる、海に生息する魔物である。
上半身は人間の女に似て、下半身は魚の姿。一見すると無害そうなのだが、これが実に厄介なのだ。
月夜の晩、船の側に寄ってきて、この世の物とも思えない美しい鳴き声を上げる。それを聞いた船乗りは、引き寄せられる様に自ら海中へと身を投じてしまうのだ。
時折、もぬけの殻になって漂流している船が発見される事がある。それが人魚による被害の典型例だ。海賊ならば積荷がそのままで、人だけがいなくなる事はない。
それにしても、人魚の肉を食えば不老長寿になるというのは初耳だ。
「東洋にも人魚がいるのかい?」
「ああ。だけど滅多にいるもんじゃない。噂には聞いてたけど、あたしの国で見たのは一度だけでね」
「詳しく聞かせてくれ」
「あたしが海賊の村の出だって事は前に話したね? どこからか縄張りに入って来た人魚が、男共を唄でたぶらかして海に沈めるもんだからさ。あたし達、女衆が狩ったんだ」
「女には人魚の唄は効かないのかい?」
「その様だね。だから、人魚を狩れるのは、女だけと思うよ」
人魚の唄は、女には効果がないのか。意外な弱点である。
「で、狩った人魚は?」
「もちろん、村の皆で食った。もう、五十年は前かな」
五十年となると、トワは、私の母より歳上になる。
……そういう事か。
「お前、不老なのだね?」
私の指摘に、トワは黙って頷いた。歳を取らないとして、国王の使者が彼女に目を付けたのは、結果的に正しかった訳だ。
「ずっと歳を取らないから、村の外の連中から疎まれてね。領主の命令で村は焼き討ちされちまった。あたしを含めて、捕らえられた生き残りは、売り飛ばされて散り散りさ」
周囲から疎まれた村が焼かれるのは、洋の東西を問わずによくある話の様だ。まあ、今回は陛下が食すのだから、そういう事はないだろう。
「話は決まったな。お前に人魚狩りを頼みたい。この近隣で出没する海域は解っているからな。必要な物は何でも言ってくれ」
「そうかい。じゃあまず、あたし一人じゃ無理だね」
「どういう人材が要る?」
「腕が利く女の船乗りを、最低二十人は欲しいね」
「船乗りで女か。それは……」
女の船乗りは珍しい。しかも腕が利くとなると、どれだけ探せばいいのか。
「難しい注文を言ってくれるな」
「まあ、真っ当な船乗りじゃあ、いないだろうね」
「真っ当でないなら、あてがあるのかい?」
「西洋でも、海賊の女は結構いるっていうよ」
「女海賊か。なら、囚人を払い下げてもらうか」
「そいつは駄目だね」
囚人の払い下げを受けるという提案を、トワは一言で拒んだ。
「どうしてだい? 陛下の注文にお応えする為って言えば大丈夫だろう?」
「国から買ったんじゃ、宮廷の間者が混ざるかも知れないじゃないか」
「そっちの心配か……」
トワは商会の警護を担当している事もあり、商売仇や官権への警戒心が強い。
「それに、人魚の肉が不老長寿の薬で、女には唄が効かないって話が世間に広まったら、あっという間に乱獲されちまう。秘密にしとかなきゃ」
「なるほど、うちが不老長寿の薬を独占する為には、話が漏れない様にしなくてはならないな」
「そう言う事。王様にも、薬の正体は知られちゃいけない。不老長寿になりたい奴は幾らでもいるからさ。うちから買うしかない様にすれば、これまでとは比べ物にならない程に儲かるよ!」
トワは力強い声で私に断言する。彼女に後押しされて決断した事は、これまでも幾度かあったが、全て成功している。トワの商才は本物だ。
正妻にしようと以前から思っていたが、奴隷上がりの東洋人という事で、一族の中には彼女を疎む者も少なからずいる。だが、この件が順調に進めば……
「なら、人手はどうする?」
「そうだね、まずは奴隷市を見て廻る事にするよ。囚人は市場で売りに出る事があるからね。女海賊の出物もあるかも知れない」
私達は翌日、港に常設されている奴隷市へ出向く事にした。トワの目にかなう商品があるといいが。





