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壊れたセカイのエンジニア -てのひらの硝子板-

「ガウェイン! 後ろから機喰獣(エレキシュガル)のやつらが!」

「そんなの分かってんだよ! いいから走りやがれ!」


 手に持った灯りで道を照らしながら、ドタドタと音を鳴らし四人の男が駆けていく。

 灯りを持って先導するガウェインの後ろには、二人がかりで白く大きな箱を抱えた男達が汗と涙を流しながら走っていた。


「おら、走れ走れ! もうすぐだ!」


 手に持っていた灯り以外の光源を見付け、先導する彼が笑みと共に、続く男達を煽り立てる。

 その言葉に希望を見出したのか、箱を持った男達、そして最後尾にいた細身の男も最後の力を振り絞るように速度を上げた。


◇◇◇


「聞いたかよ! ガウェインのやつ、また大型LTを見つけてきたらしいぜ!」

「このまま一級エクスプローラーになるんじゃねえかって噂だぜ!」

「チクショウ! なんだってあいつばっかり成功しやがるんだ」

「アイツんとこのページウォーカーが凄えって噂もあるぜ?」

「そういや、こないだ新しくメンバー増やしてたな!」


 酒と油の臭いをさせながら、屈強な男達が机へグラスを叩きつける。

 そんな彼らの間をすり抜けるように、僕はフードを目深に被ったまま、その建物を飛び出した。


 周りが静かになったことに安堵して、息を吐きながらフードを外し、ハネた金の髪を手で抑えつつ振り返る。

 そこにはSES――“スーパーエンジニアステーション”を表す看板が扉の上に大きく掲げられ、その存在を強く主張していた。


 ――この世界は一度滅んだらしい。

 その原因は不明だが、それを証明するモノはそこかしこで目にすることができた。

 遺跡と呼ばれるかつての街が、そこから掘り出される技術の塊が、知識の海が……僕ら人類に嫌と言うほど突きつけてくるからだ。


 今を生きる僕らは、彼ら旧時代の祖先が遺したロストテクノロジー、つまり“LT”を再現して暮らしていた。

 遺跡調査員(エクスプローラー)が探しだし、僕ら機械修復者(エンジニア)神秘探求者(アルケミスト)書物複製者(ページウォーカー)が手を付けることで。


「おかえりネブラ。どうだった?」

「トーマスおじさん、ただいま。いつも通りだよ。やっぱり拡声器(メガホン)じゃ、ポイントもジルも稼げないや」

「まぁ、コレばっかりはな。等級が上がればもっと大型のLTも回されるんだが、七級じゃな。運が良ければ街灯(ゲートランプ)なんかがある時もあるが……あれは六級のやつらも狙ってるモンだからなぁ」


 SESはエンジニアのための組合で、LTの買い取りや販売に修理の斡旋なんかを行っている。

 登録エンジニアには、実績を考慮して等級が与えられ、その等級ごとに斡旋されるLTが決められていた。

 もちろん上の等級になればなるほど難しいLTを扱うことになるけれど、その分の見返りも大きくなる。

 だからみんな実績を積み上げることを優先していて……大型のLTはとにかく人気があった。


「ま、時間はかかるが諦めずに続けてれば上がるからな。アイツの形見、直すんだろ?」

「うん。父さんが直せなかった唯一のLTだから」


 父さんの遺した唯一のLT。

 手のひらの上に取り出して見てみても、やっぱり構造はよくわからなかった。


「初めてみた時にも思ったが、何なんだろうな? 表面の硝子は割れてるみたいだが」

「多分、前後に開く機構だとは思うんだけど、違った場合、直せなくなるから……」

「ま、だから等級上げるんだろ? 上がれば上がるほど、難易度の高いLTの機構を知れるって特権のために」

「そうなんだけど、今のままじゃいつになるか……」


 登録してから三ヶ月は経っているのに、僕は未だに七級のままで、このLTを本当に僕が直せるんだろうか。

 なんて、そんな沈んだ気持ちになりかけていた雰囲気を、バァンという轟音と「話は聞かせてもらったぜ!」なんて声がぶち壊してくれた。


「ちょ、ちょっとルーク!?」

「ネブラ! 俺達と一緒に冒険に行こうぜ!」


 居候させてもらっているおじさんの家へ飛び込んできた茶髪の少年は、あろうことかそんなことを言い出した。

 そんな彼を追いかけて、同じ髪の色の女の子もおさげを揺らしながら飛び込んできた。


「いきなりでごめんなさい。えっと、私はベティで彼は幼なじみのルーク。外を歩いていたら貴方達の声が聞こえてきて」

「そう! ネブラは等級を上げたい! 俺もエクスプローラーとして成長したい! 目的は同じだ!」

「ルーク、少し黙って。えっと、私達ではLTを見分けることも難しくて、知識を持った仲間を探していたところなの」

「なるほど。でも聞いてたなら分かると思うけど、僕の等級は七級だよ? 君達の求める働きは……」

「そんなのは分かってる!」

「知識や技術も必要ですが、それが一番ではありません」

「共に夢を追える熱意、それが一番探してる力だ! お前にそれは無えのか、ネブラ!」


 黙ってと言われても勢いで圧してくるルークに、ベティは自らの額を押さえつつ、足りない彼の言葉を補足してくれた。

 幼なじみだからこそ、彼の勢い任せなところも慣れているんだろう。

 しかし――


「いきなり来て無茶を言ってるって分かってるのかな」


 僕はそんな彼の性格なんて知らない。

 だからこそ僕は彼に冷や水をかける……つもりだった。


「――でも、夢を追う熱意? そんなもの、あるに決まってる!」


 だって、こんなにも心を煽られたら、言い返したくもなるでしょ?


「そう答えてくれると信じてたぜ! ネブラ、俺達と一緒に――」

「ちょーっと待ったァ!」


 勢いのまま手を取ろうとしていた僕らの間に、ひとつの影が飛び込んできた。 


「ネブラ、分かってるのか!? 冒険に出るってことは、危険に身を置くってことなんだぞ」

「……分かってます。でも、僕は少しでも早くこのLTを直したいんです!」

「いや、それは分かってるんだが……」


 僕らの結束を身をもって止めたトーマスおじさんが、僕の気持ちを聞いて困ったように顔を歪める。


「君達も分かってるのか? 戦えない素人と共に冒険に出ることの難しさを」

「そんなの承知の上だぜ!」

「もう、ルーク! 少しは考えて!」

「彼女の言う通りだ。見たところ君達もまだ、七級だろう?」

「ぐ、それはそうだけどよ。……俺には絶対に叶えたい夢や目標がある。もちろん、仲間は絶対に守ってみせる。ベティもネブラも!」

「ルーク……」


 ガシッとベティの手を取ってルークは真っ向からおじさんへと言い返す。

 標的を変えたおじさんだったが、強い決意を見せられて、またしても顔を歪めた。

 あと、ベティの顔が少し紅いのは……そういうことなんだろうか?


「私の方からもお願いします。彼の夢、ううん、私達の夢を目指させてください」


 そんな彼の姿におじさんは一歩後ろへと後ずさり……紅い顔をしたままのベティの気持ちを叩きつけられた。


「……はぁ、言っても無駄か」


 肩を落とし、おじさんは大きく溜息を吐く。

 そんなおじさんに僕はなんだか申し訳ないことをしてしまった気がして、「ごめんなさい」と頭を下げた。


「いや、良いんだ。あいつの息子だ。いつか飛び出していくと思っていたからな」

「父さんの?」

「あいつも好奇心が抑えられないやつでな。エクスプローラーをやっていた俺を捕まえて、勢いのまま街を飛び出したんだ。正直最初は不安しかなくてな、さっさと帰らせようと思ってたんだが」


 おじさんは疲れたような顔を見せつつ僕の頭へと手を乗せて、


「あいつとの冒険は、俺にとっても最高の日々だった。滅茶苦茶に無茶苦茶を繰り返すあいつの奇行に振り回されてばっかりだったが」


 なんて、僕にニッと歯を見せて笑った。


「行きたいというなら止めはしない。ただし、実力の無い者がどれほど熱意のある言葉を吐いても、無力であることには変わりがない」

「ぐっ……」

「私達は七級の駆け出しですから……」


 場の空気が少し冷めたこともあって、おじさんの正論は彼らの心に突き刺さった。

 自覚はしてたんだろうけど。


「だから、最初のうちは俺と一緒に行ってもらう。なあに、最近はあまり出なくなったが、これでも元三級だ。七級三人程度、まとめて面倒くらい見てやれる。どうだ?」

「もちろん受けて立つ。そして認めて貰うぜ!」

「もう、ルーク! だから少しは考えて!」

「僕の方からもお願いします。おじさん」

「おう! そうと決まれば日時と場所だな」

「まだ不慣れなこともありますし、最初は近場の遺跡に潜ろうかと」

「良い選択だな。身の程を知らない奴ほど、最初から背伸びしたがるもんだ」

「そ、そうだろ! へへっ」


 表情がコロコロ変わるルークに笑いつつ、僕らは場所や日程を決めていく。

 話が進んでいく度に、僕の心臓は早鐘を打つようにドキドキを増していった。


「それじゃあ、三日後に行くぞ! 朽ちた古都“キョウ”に!」

「「「おお!」」」


◆◆◆


「これも違う。こっちも……」


 三日後、ネブラが初めての探索へと赴く日に……彼らの目的地である、“キョウ”にひとつの姿があった。

 灯りを受けて輝く銀の髪を払い、手に持った分厚い本へと目線を落とす少女の姿が。


「どれもこの目録に載ってるモノばかり。近場はどれも掘り尽くされてる、か」


 音を立てながらナニカを探す少女は溜息を吐き、直後に折れそうになっていた自分へ怒りを見せた。


「違う! 完成を諦めて富に走った父とは! 見つけてみせる。目録に無い、新たなるLTを!」


 ――彼女とネブラが出会うまで、あと数時間。

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