第七話 臭
円陣を組んだ魔人たちが中央の標的に向かって激しい電撃を放出し、無力化する結界。
例え、動けても電撃の壁で行く手を阻まれる。
それが結界魔法ブリッツ・ゲフェングニスだ。
「どうだ!?こいつはヒュドラにカイザードラゴンすら一瞬で黒焦げにした代物だ!!」
「無事ではすまんぞ!」
「命乞いでもしな!手遅れだがな!!ははははははは」
10分経過。
「あれ?おかしいな……」
「メリアル様の話だと、勇者と魔王だって5分が限界だったのに……」
「アイツ……なんで立ってんだ?」
ゲインは発動時から微動だにせず、立ち続けている。
かと言って、仁王立ちのような力強い物ではない。
「なんだ……あのバカ面は!?」
弱弱しい物でもない。
それどころかリラックスしているように見えた。
「ふざけやがって、これならどうだ!!」
魔人たちは出力を上げる。
20分経過。
変わらずに立ち続けているゲイン。
「くそっ!魔力だってタダじゃねーんだぞ!」
「いつまでやってりゃいいんだ!?」
「待て!!奴が……何か言っている!!」
不満と焦りを一度飲み込み、耳を立てる。
「全身が……ほぐれて……気ん持ちいいぃぃぃぃぃ~」
魔人たちは呆れた。
今必死にやっていることが、ゲインにとってはマッサージ以外の何でもないという事に。
それと同時にボルテージが急上昇する。
「この馬鹿面があああああああああああああああ!!出力最大!!一気に決める!!」
副隊長の号令で全員がトドメと言わんばかりに力む。
その瞬間。
ブッ!
気を緩ます鈍い音と同時に、魔人たちは激しい閃光に襲われる。
彼らは痛みも、熱さも、苦しみも、自らの体が消し炭になる実感も、そして腸の緩みにより解き放たれたゲインの屁に引火したことで起こった爆発であることも知ることなく、臭い光に包まれていった。
妖精の島の沖。
一隻の巨大な氷山船が航行していた。
甲板のように平らに削られた広い表面に、防寒対策が施されたワイバーンを何十羽も並べている。
「ヴァープ様!どうなさいましたか?確か妖精族の島へ調査に向かわれていたはずですが……」
「説明は後です!魔導通信はどこですか!?」
船長と思しき魔人に問い詰めるヴァープ。
交信手段を探して飛んでいる内に、別任務に向かっている途中であった仲間の氷山船を見つけて乗船したのだ。
船長の案内で船内に入った瞬間、遠くから激しい炸裂音とともに海面に激しい振動が走り、巨大な船を揺らした。
「なんだ……あれは……」
甲板の魔人たちが各々不安を口にしながら見やるのは、妖精の島がある方角だ。
ヴァープもつられてハッチからのぞくと、雷雲のごとく幾万もの稲妻を帯びた巨大なキノコ雲が天高くそびえ立っていた。
「あれは……ブリッツ・ゲフェングニス?だが、あれにこんな力は……あの男、まさか!?」
察したヴァープは急ぐ。
「は……早く通信を」
通信設備へ向かおうとした瞬間、再び衝撃が襲う。
それはこの場にいた全員が倒れ、あるいは膝をつく程のものだ。
「今のは……まるで何かがぶつかった様な……これ程の船が揺れるなんて……!?」
壁を見るとヒビが入っている。
嫌な予感が過るヴァープの耳に、甲板上からの不穏な叫びが響く。
「おい、焦げた白い塊が落ちてきたぞ!!」
「あそこからヒビが……おい、周りの氷、溶けてないか!?」
「は、早くどけろ……うあ!熱い!!」
「耐熱魔法が効かないぞ、近づけない!!」
「しかも何か臭い!!」
「う……動いた?こっちに来るぞ!」
「なめるな……な、なんだコイツ!?放せ……ギャアアア」
そうしている間にヒビが広がり、振動が大きくなる。
「崩壊する?……この氷山船が……総員退避!」
船長が号令を出す。
その直後、金属が擦れるような音を立てながら、鋭い氷が所々でせせり立つ。
氷山船が撃沈されることを想定していなかった魔人たちは右往左往するも、各自脱出していく。
しかしキノコ雲はやがて天を覆い、たちまち空・海は荒れて、嵐のごとく激しい乱気流と潮流を起こす。
空を飛べる魔人、ワイバーンで飛び立った者は乱気流に飲まれて失速し、ことごとく海上に落下。
海もおびただしい渦が発生し、飛び込んだ者、落下した者を余すことなく飲み込んでいく。
元々、日常的に泳ぐ習慣を持たない者が多く、魔人となっても解消されなかったため、ほとんどが成すすべなく溺死した。
「……地獄だ」
まさに阿鼻叫喚の光景を他所に、圧壊した氷塊、それに挟まって圧死した魔人をかき分けて、ヴァープはようやく目的の通信施設に辿り着く。
「こ……これでメリアル様にい!!!!」
手にかけようとした魔導通信が大爆発を起こす。
気が付くとヴァープは漂流する氷の欠片まで飛ばされ、体半分が海水に漬かっている状態で仰向きになっていた。
そこら中に藻掻く魔人たちの声が響く。
「ヴァープ様!!」
さすが泳げるのか、船長は渦に逆らって助けに来ようと近づく。
が、一瞬で消える。
見間違いでなければ溺れたのではなく、引きずり込まれた様だった。
何が起こったのか、思考を走らせている間に一つ、また一つ藻掻き声が消えていく。
気が付くと渦と雷雲は収まり、先程の喧騒が嘘のように、不気味な晴天の静寂が広がる。
「みんな……どうしたんですか……!」
海面が黒く染まっているのに気づく。
これは魔石の影響で変色した、魔人の血の色と同じであった。
「ひっ!!」
不気味に思ったヴァープは氷に乗り上げようとする。
「あ……あああああああああああ」
そこで引き上げるべき手足が肘、膝の先から無くなっているのに気づき、悶絶する。
「お前らの血は黒色だったなぁ、ヴァープ」
動悸の激しい心臓が一瞬止まったような感覚に陥る。
ヴァープが声のする方を恐る恐る見ると、白い覆面をプスプスと焦がし、異臭を放つゲインが腕を組んで海面に立っている。
「しばらく、ブリッ」
絶望的な臭さが辺りを覆う。
皆さん、ガス漏れにはご注意を。