第二話 まっそー
いよいよ主人公起動!
「くっ……」
振動する拳に戸惑いながらも、金属男は茫然する。
殴ったはずの覆面男の朝の起立が無傷で健在だからだ。
これまで砕けなかったものは無かったはずだ。
頑丈な城壁も、強力な結界魔法も、分厚い鎧も、そして大勢のヒトも……
「初めてだぜ……こいつを喰らって砕けなかったのは……」
それが朝の起立だったのは複雑であるが、金属男は体勢を立て直す。
「だが、この程度か!?俺の体はオリハルコン並だ!いい気になれると思っぐあああああああああああああああああ!!!!!!」
時間差で殴った右手がブシャっと砕け、黒い血しぶきが舞う。
「あ、あ、あ、ああああああああ、痛え……痛ぇよおおおおおおおおおおおお」
それは金属男が魔人になって以来長らく忘れていた感覚だ。
この男は魔人になる前から、ヒトを殴ることで快楽を得てきた身勝手な性格だった。
そこに魔石を埋め込み、全身が金属で覆われてからは拳を痛めなくなったことでより拍車が掛かる。
向かってくる戦士や逃げ惑う一般人、老若男女問わずこの男は手あたり次第に砕いてきた。
中でも若い女性の殴り、締まり具合は格別なエクスタシーを感じていた。
だが、感じるはずの無かった痛みが、脳裏にこれまでの行いを走馬燈のように巡らせ、得られてきた快楽全てを瞬時に吹き飛ばすほどの衝撃をもたらしたのだ。
右手首をつかみ必死に悶える側で、覆面男は暢気に獣のようなイビキをかいて寝ている。
それが癇に障ったのか、金属男は残った拳でその寝顔を殴りつけようとする。
「くたばれぇっ」
その瞬間、金属男の意識は永遠に途絶える。
「……あ~、逃しちまったよ~」
テルテル坊主のように顔を覆いながらも、しっかり浮かび上がるほどの立派なケツあごをいじりながら覆面男はノソっと起き上がる。
「何かに当たった感触はあったが、手ごたえはなかった……あの蚊トンボ、どこいきやがったんだ……なんだこれ!?」
周囲を見渡すと金属交じりの肉片が散らばっていた。
「新手のドッキリか?こっちは蚊を潰し損ねちまったのによ~、そりゃね~ぜ」
覆面男は肉片をゴリゴリと踏みつぶしながら外へ出る。
「ガトー、みんな~、どこ行った~?これは何かの当てつけか~?」
妙な覆面男が徘徊している所に生い茂るキャベツやネギのような草むらのなか、一人の魔人が必死に声を押し殺して震えていた。
「うそだろ……一番硬いアイツが……あんなバラバラに……」
覆面男が蚊を叩く要領で金属男を四散させる様子を目撃した彼は間違いなく恐怖していた。
「今、迂闊に出れば殺される……」
魔人は頑丈で死ににくいのが特徴だ。
さらに普通のヒトならば致命的となる重傷を負っても再生し、生きながらえることもできる。もちろん回復魔法も使える。
しかし、あそこまで損傷が激しいと流石に再生することはできない。
生き返る魔法だって存在しない。
そう、それは絶対的な強さを誇る自分たちの優位性が揺らいだことから来る、死への恐怖だ。
音を出さないように潜伏していると、清流のような音が聞こえてきた。
「?……この辺りに川や溝は無かったはずだが……」
恐る恐る辺りを見渡すと、先ほどの覆面男が草むらで一本の川が生まれる位の用を足していた。
全身を脱力させているのか、その顔はだらしなく緩んでいる。
「なんて量、そして馬鹿面だ……だが、殺るなら今しかない!」
意を決した魔人は両腕をカマキリのような鋭い鉈に変化させて、小柄な体を最大限に活用した俊敏な動きを出すために、覆面男の正面に構える。
向こうはまだ気づいていない。
意を決し、魔人は飛び掛かる。
「みんな~どこ行っちまったんだよ~海水浴か、ハイキングか~」
暢気に用を足していると突然正面の草むらから両腕鎌の男が飛び掛かってきた。
「まっそーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
流石の覆面男もこれには驚き、手元が狂い、地面に向けていた彼のそれは天へ向けられる。
その瞬間、チュンと鋭い摩擦音が響く。
覆面男は突然の出来事に驚き、膀胱と尿道を委縮させた。
それにより勢いよく噴出された尿がレーザーの如く鋭く飛び、目の前の鎌男を真っ二つに切り裂いたのだ。
「あれ?」
それが鎌男の最後の言葉だった。
多くの物を切り裂いてきた彼にとって、よりにもよってこんな物で切り裂かれたとは思いもよらなかっただろう。
せめてもの救いは、それが一瞬であったことだ。
裂かれた体はそのままの勢いで覆面男の両サイドに転げ落ちる。
「や……やべーよ、どうしよう?ドッキリがサスペンスになっちまった!」
事の重大さを中途半端に理解した覆面男は手を洗いもしないで真っ二つになった鎌男をペタペタと検分する。
「落ち着け、今ならまだ誰も見ていない……それにこれは初犯だ。バレた所で事故と押し通せばまだ無罪を勝ち取れる!こんなところで俺の三食昼寝生活を阻止されてたまるか!」
これが二犯目であることと死体遺棄と犯罪隠匿に気づかない覆面男は自分勝手な正当性を展開する。
切断面をまさぐっていると、真っ二つになった黒い石にあたる。
「ん?こいつ、もしかして……む!!」
何かに気づいた時、感じていた何者かの気配がこの場から消えた。
「錯覚か……いや、確かに居やがった……んで、逃げやがったな、コンチキショ~」
そう確信した覆面男は心を落ち着かせて耳を澄ませる。
すると、少し遠くから複数人の足音や会話、息遣い、心拍数が聞こえてきた。
状況から察するに少なくとも村の者ではない。この鎌男の仲間であると消去法で判断する。
「……そこかぁぁぁ」
腹の底からドスのきいた声を吐き出し、ギョロッと目を向ける。
そして視線を向けた方へゆっくり歩みだした。
証拠隠滅のために!
また近々投稿します。