プロローグ 前編
大変なことになる数か月前。
「ひひぃ……大収穫だ。これで研究は最終段階に入る」
「ようやくですね、イジクール博士」
イジクールと呼ばれた白髭を蓄えた蝙蝠顔の男はしわを更に深め、護衛の若い猛禽類の顔の男と空を滑空する。
「獣の体内で何かしらの要因で魔素が凝固化することで生成される魔石。獣はそれを内包することで魔物となり、強力な力と魔法を手にする……これを我々が応用できれば、地上に侵出してから長く続いた膠着状態も、一気に動くぞ」
「この現象は獣だけにしか起こらず、未解明な部分は多いですね。しかし、結果次第では魔法をうまく使えない者が使えるようになり、優秀な者であれば更なる強化に繋がります。うまくいけば、あの勇者と言えど……」
若い護衛は拳に力が入る。
「そのための鍵がこいつらだ……ああ、どんな素晴らしい作品になってくれるのだろうか……あっ」
その時、感極まり力が入ったのか、イジクールは華奢な腕で両脇に抱えていたモノの片方を勢い余って落としてしまった。
「しまった……ここは魔族もヒトも、生けるもの全てを拒絶する場所……あれでは……」
そこは至る所で火山からマグマが流れ、毒の空気と大地が広がる地帯。
生き物はおろか、魔法の使用に欠かせない力の源である魔素すら死滅する場所だ。
追撃を恐れて、あえてここを通った二人も飛べるギリギリの高度を維持しなければならなかった。
「如何しますか?急ぎ装備を調達して、探索隊を編成されては?」
「……ここはあらゆるモノから見放された場所……その奥に何があるのやら……」
「では……」
その時、どこかから不気味な音が響く。
まるで調整されていない弦楽器を無理やり奏でたような音だ。
余韻が二人の血を冷やす。
「いや、下手に探しに行って戦力が減るようなことがあってはならん……それに一つあれば十分だ」
老いながらも好奇心旺盛なイジクールとて、装備があっても絶対に近づかない所だ。
魔素は魔界の住人、魔族にとっては空気同様の存在で、これが無くては生きられない。
その魔素が原因不明の減少に見舞われ、それを求めて豊富にある地上世界へ侵攻してきたのだ。
それなのに、わざわざ魔素の無い危険な場所に赴く真似など、本末転倒だ。
若い護衛もそれ以上進言しなかった。
二人は黙って、その場を後にした。
それから数か月後、世界は大きく動くこととなる。
このコメントまでたどり着いた各界の皆様に感謝の一言、ありがとうございます。また次回で。