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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

柘榴の夢を見る -Side L -

作者: Leonhard



戦乱の世で騎士団長という立場上、誰を娶るのかは世界中が注目しているのとはわかっていた。

子を残すことなく、このまま血を絶えさせることも一度考えていた。

立場上許されるのかは微妙なところだったが。


世界はジュパガの7騎士団が争いを続けていた。

ライヒエンバッハ家は嘗てから最も強く、領地も比較的安定していた。

各騎士団が疲弊していく中、

最も力を持つライヒエンバッハと手を結ぶのはどこか。

敵味方関係なく結婚の話が舞い込んでくる。

恋愛結婚ができる立場とは思っていないが、

ある程度選ぶことができる立場であったことは、幸いだった。



しかし結婚とはまぁ面倒なものだ。



戦を理由に結婚を先延ばしにした。

その間に弟の方が先に結婚し、周りには尚のこと結婚を迫られた。

長男の重責とか知るかと、戦場で散るのもありかなとも考え始めた。

それほど、戦争よりも結婚話に疲れてきたのだった。


そのタイミングで、奇妙な結婚話が入ってきた。

現在最弱であるポワティエの騎士団長の弟君、パブロ氏の御息女イザベラ。

ポワティエは特に女性に恵まれない家系であったことは聞き及んでいる。

しかし、だからと言って先月生まれた娘を、もうすぐ30になる男に嫁がせるだろうか。


ポワティエ家とは7騎士団の中でも特に親しくしている家だったから無下にはできない。

書面ではなく直接断る為に、ポワティエ城に向かった。




「獅子王卿・・・わざわざ御足労いただきまして・・・」

「歓迎感謝する。」

「いえっ、誠に恐縮にございます。」

頭を深く下げてあげようとしないこの男は、・・・幼馴染だ。


「・・・余所余所しいのはよしてくれ。」

「いや、・・・頼みごとをする立場なんだ。・・・お前にしか、頼めない。」

パブロの手を取ると、とても凍てついていた。

こんな寒い中、どれだけ待っていたのだろうか。

「・・・手が凍えてる。中に入ろう。」

手を取り、中に入る。

談話室に入り、炉の近くに座り、手をさすってやる。

「・・・パブロ、俺は今日、断りに来たんだ。」

「!!」

「俺はお前の友だ。・・・だからこそ、お前に獅子王と呼ばれたくないと言ったし、

・・・ましてや、親友の娘と結婚なんて、考えられない。」

「っ・・・わかっている・・・」

絞り出すように出た言葉は震えていた。

「・・・」

「そんなことはっ・・・わかっているんだ・・・!!!」


いつだって競い合っていた友の、初めて見た弱い姿に、心を痛めない程心は凍てついていない。

炎のパブロが、凍えて待つ姿に、

何もしないなんて選択肢はなかった。




「娘は今どこに?」

ようやく指先が温もりを取り戻し、騎士団の者が淹れた茶で体を温めたところで、話を切り出す。

「!!」

「まだ、お祝いをしていないからな。・・・それともなんだ?娘の顔を見せられないような仲だったか?」

そう言うと、パブロは慌てて廊下に顔を出し、連れてくるようにと声をかけていた。

「慌てずともいいんだぞ。今日はゆっくり滞在するつもりだと言っただろう。休みはゲットした。」

「あ、あぁ・・・いや、会ってくれないと、思っていた。」

「・・・お前がこんな寒い日に凍えて外で待っててくれたんだろ。これ、お祝いな。」

持ってきた荷物の中から箱を出してやると、パブロはしっかりと受け取った。


少し経つと、ドアを叩く音がして、女性が入ってくる。

「お待たせいたしました。」

パブロがその子を俺の前に連れてくる。

「この子が、イザベラだ。」


生まれたばかりで、何も覚束ない。

指に吸い付く子供は、母の腕の中で眠りについていた。


「お前といることが、決して幸福でないとは言わないが、

・・・自分たちの不始末にこの子を差し出さないといけないなんて、

とても不甲斐無い父親だと思う。

・・・もっと、自分のことを、自分で決められる、そんな子になって欲しかったんだ。」


子を撫でる友は、父親の顔になっていた。

そうか、これが父親の考えることなんだな。


「・・・パブロ。・・・お前・・・ポワティエには具体的に何が必要だと考える?」

「・・・ライヒエンバッハと違って、育成がうまく行っていないのは原因だと兄とも話している。」

「そのほかには?」

「あとは、武具の職人が少なく、ポワティエ全体的に新しい技術やらを嫌う傾向にあるように見える。

吸収速度が少なくともライヒエンバッハの2倍程度かかっている。」

「で、何が必要だ?」

「・・・技術を持つ人と、教育者と、・・・金だ。」

声を申し訳なさそうに、彼は絞り出した。

娘の頭を撫でてやると、無意識なのか顔をすり寄せた。

「お前の兄貴の方に子供は?」

「あぁ、男の子が3人いる。」

「そうか。・・・それが得られたら、この子を失っても構わないか?」

「っ!!!それはっ、」

「パブロ。・・・先ほどの話だが、やはり気が変わった。」



この娘を、我が妻に。






迎えるにあたって、条件をつけた。

この娘には、選択する権利を与える。

どのような選択をしても、ライヒエンバッハは支援をする。

これは同盟の締結でもある。



そして時は流れた。

イザベラはある程度言葉を理解するようになっていた。

久方振りに友人宅に行く。長い戦いの話や、身内の話、様々に話していると扉が開いた。

「イザベラ、来なさい。」

イザベラと呼ばれた少女は円錐のエナンに、

恐らく彼女の持つ最も格式高いであろうドレスを着ていた。


その身に似合わぬ豪奢さであった。


少女は父親の足元に駆け寄る。腰を降り、目線を合わせる。

「初めまして幼き公女。お名前をお伺いしても?」

弟が子供と話す時はこうすると良いと言った。残念ながら弟と違って威圧感が強いようなので、

せめて婚約者殿には怖がられないようにと、ゆっくり、丁寧に話す。

「い、ぃ・・・イザ、・・・イザベラと・・・申します、」

俯いて、どもりながら言う姿に緊張が見える。

しかし、ふと顔をあげたときに、

海と空が混じるような色の瞳と目が合う。

「イザベラ嬢、私はレオンハルト・ライヒエンバッハと言います。」

「レオンハルト・・・」

言い慣れない名なのかと思ったら、乳母が口添えをした。

「”あの”レオンハルト様ですよ。イザベラ様お会いしたいと申していらっしゃったでしょう?」

乳母の言葉で、ようやく理解する。



こいつらは、洗脳をしたのだなと



親父には一言言ってやる必要があるが、

この子に罪はない。

そう思って見つめると、ボロボロと涙をこぼした。




大変だ。婚約者をなかせた。







涙がおさまると、なぜ、どうしてとうまく言葉を紡げない様子でいたが、

聞きたいことはわかった。

それをパブロも察していた。

「獅子王卿よ、幼いばかりであるが、この子をと考えております。」

この話をする時、よせと言うのに彼は獅子王卿と呼び、敬語で話してきた。

「私以上に、イザベラ嬢の意見をお伺いしたい。」

もし結婚するのであれば相手は義理の父だ。

敬語が嫌ならそっちがやめろと威圧を込めて敬語で話す。

そして、イザベラの前に膝をつき、手を取った。

「!!」


「私は、あなたの父とそう年が変わらない。


戦さ場を行き来し、


長く家を空けることだろう。


・・・それでも、


・・・欲を言ってしまえば、

「はい」と返事をいただきたい。



・・・イザベラ・ポワティエ嬢。




私の妻になっていただきたい。」



目を見開いて、息を飲む。

それもそうだ。出会ったばかりの男だ。

”普通であれば”戸惑うほかないだろう。



「はい、心よりお慕い申しております」



震える、とても小さな声で、それでも彼女は手を取ったのだった。








あとはお二人でと言われ、ポワティエの庭を歩く。

幼き妻の歩みに合わせて、小さな幅で、ゆっくりと歩く。

少し歩いてたどり着いた庭の中央のガゼボで腰をかけて庭を眺める。

彼女は緊張した面持ちだった。

「・・・俺の話を、乳母や父から聞いたのか?」

なるべく優しく問いかける。

幼い彼女には尋問だと気づかれない。

「は、はい!おとぎ話の中の人だと思っておりました!」

「おとぎ話・・・?」

「あるときは東の蛮族を、あるときは西の夷狄を、一族を守るために東奔西走。

そして勇敢に戦う。振るう剣は敵を薙ぎ、森羅万象が、彼にひれ伏す・・・。

ずっと、どの星になった騎士様なのか、どの本に書かれているのか、探しても見つからず、

・・・みんなに聞いても、くすくすと笑うだけでした。」


なんとなく、どう言う風に言われていたのかわかった。

友として送る手紙や、騎士団が公開している情報を寝る前に彼女におとぎ話のように話したんだろう。


「なので、っ・・・幼い頃から、私にとっての憧れでございました・・・!」


彼女はまだ半分空想の世界に生きている。

こちらとしてはポワティエの支援はともかく、この子にはもっと自由に相手を選んで欲しいと思った。

だから、恋心なんてものが芽生える前にNOと言って欲しかったのだ。



「・・・お前は、勘違いをしているよ。」


「君が私に抱く感情はあなたが私に抱く感情は


生まれる前からそう育つようにと仕組まれたものなのだから、


あなたは他を知りたいと思えば、断ることができる。

そして私はそれを咎めたりしない。


・・・だから、よく考えて選びなさい。」



ちょっと難しかったのではなかろうかと思うが、

これは個人同士のやりとりであり、大人と子供でのやり取りではない。

この子には選ぶ権利がある。

個人として。


「・・・君は今後、立場上政略結婚をさせられるだろう。

・・・まぁ、これもそのうちの一つだろうがな。

・・・政略結婚ってわかるか?」


「・・・?」


「家の為に、好きとかそう言うことではなく、子供を残すためだけに結婚することだ。

家と家のつながりのためのものだ。」


「っ・・・」


「・・・君は、この時代では物事を選ぶ権利がないに等しい。

結婚相手も選べない、嫌でも大人扱いされる。

場合によっては、戦場に無理やり連れていかれることもあり、先導させられることもある。


・・・だから、選びなさい。


・・・俺がお前に唯一してやれることだから。」


手を出す。

彼女の目が手と、目を行き来する。

春の麗らかな日差しの中、

幼き彼女にこんなことを問うのは酷なものだと嘲笑が漏れそうだ。

そんなことを考えていたら、行儀よく手に手が乗せられた。

「!!」

「尚のこと私は、貴方を選びます。」

「・・・先ほども言ったが、私は君の父と歳が変わらない。それでも?」

「はい。・・・お優しい人だから。

・・・きっと私が断ってもポワティエへの支援はされると思います。

・・・でも、それを抜きにして、私はっ・・・優しくて、その・・・

目が合うと心臓を射抜かれたように苦しくて、ドキドキして、っ・・・

死んでしまうのではないかと思ったけれど、とても嬉しく思う自分がいて・・・」

「・・・」

「多分、これが・・・ドナたちのいう恋なのではないかなと思いました。」




なんて愚かな娘なんだ。






しばらく経った時、式の日取りを決めに、ポワティエを訪れていた。

「獅子王卿、状況はいかがか、」

「カニャール、ドプレ、マレーの3家が同盟を結びました。

・・・そして、あちらにはこの件も漏れています。」

「・・・獅子王卿、どう考えますか。」

「・・・結婚式は、ポワティエのためにも執り行うべきだ。・・・たとえ、誰かが命を失っても。」

「っ、・・・それは、あの子を」

「・・・それが、俺だとしても、ライヒエンバッハ家とポワティエ家との盟約は永遠のものになる。

それを周りに知らしめる。そのためにも必要だ。」

「・・・なにもないことを、祈るほかないな。」

「万が一の場合は、お願いいたします。」


そう言って部屋を出ようとする。

わずかに開いていたドアを押すと、イザベラがいた。


「っ・・・!!」

目があうと、動揺を隠しきれないようでいた。

「・・・イザベラ、」

眠いだろうにとしゃがんで目を合わせ、様子を見る。

「夜分遅くにすまないな。眠れなかったか?」

「その、っ・・・レオンハルト様がいらっしゃると聞いたから・・・」

「ごめんな、声をかけてやらなくて。寝ていると聞いていたものだから。

・・・よろしければ、お部屋までエスコートさせていただいても?」

「は、はいっ・・・」

「では、私は彼女を送っていきます。これにて。」

そうパブロに伝えて、燭台を一個持ち、彼女の手を引き暗い屋敷の廊下を歩く。



「っ・・・あの、」

彼女が足を止めたから、足が止まる。

「・・・?」

「・・・私は、」





私は、死ぬのですか。




風の音も聞こえない、

屋敷も静か。

耳に届くのは唯一、彼女の言葉。

ドクンと鳴ったのはなんだろうか。緊張?バレてしまったかという焦り?

いや、おそらく恐怖だ。


誰がこんな残酷なことを彼女に言わせてしまったのか。




他の誰でもない、俺ではないか。




「・・・レオンハルト様。・・・私は、貴方様のっ・・・妻に、なるのです。」

恐怖に唇が震えるのか、途切れながらそういう。

「っ・・・幼子のままでは、いられません。」

顔を上げてこちらを見る。その表情は、先ほどまでの幼き公女ではなかった。

それに安心して、つい表情が緩む。

「?」


彼女の覚悟に、愚かにも、

彼女を娶ることを嬉しいとすら思ってしまった。

友人の娘をまさかと思ったし、自分の死後は再婚してもらえばいいとすら思っていたのに、

今、彼女の心が自分に向いていることが、この上なく嬉しく思ってしまったのだ。



「・・・我が妻は、とても聡明であったな。・・・とても喜ばしいことだ。」

再び歩き始めて、部屋の前に着いた。

「・・・日取りは、2ヶ月後の満月の日。・・・楽しみにしているよ。」

ドアを開けてやり、中に入れる。



「っ・・・レオンハルト様、」


妻がぎゅっと、服の裾を握りしめた。

「どうした?」

「・・・乳母も、もう眠ってしまいました。

・・・夜は、その・・・レオンハルト様、もしっ・・・

もし、その・・・っ、ご都合がよろしければ、その、っ・・・子供のようで、お恥ずかしいのですが、」


言いたいことはよくわかった。彼女の我儘はなんて愛らしいんだ。そう思いながら中に入る。


「レイディのお部屋にこんな真夜中に入ってしまうなんて、不躾な輩で申し訳ない。」

「つ・・・、妻の部屋であれば、当然のことかと・・・。」

彼女がベッドに入るのを確認し、ベッドの端に腰掛け、布団をかけてやる。

「良い夢を。」

額に唇を落としてやれば、彼女はすぐに眠りについた。

どんな夢を見ているのか、


戦乱に生まれた君の夢が、

少しでも穏やかであるように

願うことしかできない。



式は近隣諸国の貴族・騎士、そしてそれぞれの地元の市民も集まった。

場所は聖ガシャリア大聖宮。

全ての騎士の始祖とされるガシャリア女騎士を祀る騎士の聖地とされる場所。

ポワティエ、ライヒエンバッハの領地の中間地点にあり、

両家の結婚にはうってつけの場所だった。



二つの黄金の盃には柘榴水。

それを飲めば、式は終わる。

「盃を」

彼女には少し大きな盃を両手で持つ。

ふと、彼女はこちらの方に視線を向けた。

不安そうな表情で。

「・・・とても、綺麗だよ。」


今の俺にできることなんて、安心させてやることだけだから。

彼女にだけ聞こえる声でそう言った。



「悔いなぞございません。」

同時に盃に口をつけ、傾ける。




今日はなんて幸せな日なんだろう。







今度こそ幸せに生きるのだよ。

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