05話:服従と復讐
「……どうして、お前がいるんだよォォ……!!!」
僕は吠えるように低い声をあげ、殺し屋の目を凝視した。
殺し屋はニヤニヤとした笑顔に張り付けているだけで、何を仕掛けてくるでもない。
お母さんは不気味な彼の存在を知ってか知らずか、不安げな様子でうろたえた。
「ちょっと、吾郎! あなた、様子が変よ!」
まさか、お母さんは気がついていないのかっ……!?
殺し屋とお母さんは数歩分の距離がある。母さんが気がつく前に後ろから忍び寄ってきたに違いない!
「母さん、逃げて!!」
心配そうに手を差し出すお母さんの横を通り抜け、僕は殺し屋に向かってタックルを仕掛けた。
「おっと」
殺し屋は鮮やかな身のこなしでタックルをすり抜けた。
僕は勢いを殺すことができずに食卓の角に体をぶつけて転倒し、キッチンに激突した。
「ずいぶん勇ましいね、君は」
殺し屋は笑みを浮かべてそっと呟くと、静かだが素早い足取りでお母さんの背後に回り込んだ。
驚くべきことに、お母さんはまだ事態を飲み込めずに混乱している。殺し屋が死角にいるため、その存在にまだ気がついていないのか。
お母さんがキョロキョロする動きに合わせて、殺し屋は細身の体を揺らめくように身を翻して視線をかわした。
「ふ、ふ、ふざけるなよッ……!」
「ほぉ……」
僕がキッチンから包丁を持ちだすと、さすがの殺し屋も眉をひそめた。
思案げに見つめる殺し屋とは反対に、驚愕の表情を浮かべたのはお母さんだった。
「吾郎……?! あなた、何をしてるのっ! 早く包丁を下ろしなさ……」
「すると、君はこういった趣向をご所望なのかな?」
僕をなだめようとするお母さんの口を塞ぎ、男は腰から何やら鋭利な刃物らしきものを手にとった。
果物ナイフほどの小さな小刀だ。僕が持っている包丁に比べれば刃渡りは劣るが、彼はそれをもがくお母さんの首元に当てた。
「お母ぁさん、動かない方がいいよ」
首筋を撫でると、それは赤い血をかすかに滴らせた。
湿らせた切っ先を僕とお母さんの両方に見せるようにかざした。
「殺し屋の商売道具は拳銃だけじゃないの、言い忘れてたね。銃器、手榴弾、ナイフでも毒物でも何でも使うよ」
「……っ!」
「いやぁ、ドキドキしてきた! このシチュエーションも悪くないね!」
殺し屋は瞬きをしない目をギョロギョロと動かし、ナイフを再び喉元に突きつけた。なぞるようにナイフを這わせ、すんでのところで切れないように器用に切っ先を遊ばせる。笑みを浮かべた殺し屋はナイフをピタリと止め、視点を泳がせていたふたつの眼の焦点を僕に合わせた。
「さぁ、始めようよ。君はここからどう切り抜ける?」
「……んだよ……」
「ん、今、なんて?」
「……降参だよ。僕は降参する……」
僕は包丁を脇へ投げ落とした。
殺し屋はギザギザの大きな目をさらに見開いたように大きくして、床に落ちる包丁の行方を見守る。
ここまできて、僕はようやく何者と相対していたのかに気がついた。
人の生き死にを生業としている生粋の死の商人。何を因果に僕とお母さんの部屋に侵入したのかは知らないが、殺しのエキスパートにただの学生が敵うはずなど始めからなかったのだ。本物の銃を持っている彼が他の凶器を携行していることは今にしても当然のことと思えた。包丁を手にした大学生なんて、その職業がら赤子の手をひねるようなものだったのだ。
僕はせめて彼の意志を尊重することにした。
僕が包丁を手放したのは、その理解に至ったに他ならない。
殺し屋は笑みを浮かべたまま、大きな目を僕に向けた。
「……次はどうする? 今のは、いいフェイントだったよ」
殺し屋は口が裂けるのではないかと思うような笑みを浮かべた。
「完全に包丁に視線を釘付けにされた。次の一手として、背後に次なる凶器を隠し持っているんだろう?」
「そんなもの、僕は持ってないよ」
僕は両手を差し出して開いて見せた。
殺し屋はそれでも信用しないようで、僕の右手、左手、腰、そして背面、顔、足を舐めるように見回した。
その視線が動くにつれて、殺し屋の笑みの口角が下がった。僕の非武装を理解してくれたのかもしれない。
「どういうつもりだい?」
念を押すように、殺し屋がつぶやく。
「僕は完全に無抵抗だ。僕は君の邪魔をしないし、抗うつもりもない。手足を縛られても、目を塞がれても、君が逃げ切るまで大人しくしているよ。だから……」
僕は震える唇を結んで、続けた。
「だから、君の目的を果たしたらここから出ていってほしい」
これは完全服従の提案だった。殺し屋の感情を逆なでしてむざむざ殺される必要はないのだ。
彼にとって満足のいく落とし所を見つければ、人質となっているお母さんを解放してもらうことも、見逃してもらうことも悪い話ではないはずだ。海外旅行に行くときの心構えにもあるように、もし悪人から金品やパスポートを要求されたときは無闇に逆らわずに差し出して命は見逃してもらうのがいい。
「僕の家族は誰かに恨みを買うようなことはしない」
……そうだよね、お父さん? アメリカで変なことしてないよね? とふと思ったが、首を振った。
「僕の家族がどれだけお金を持ってるのか、何のトラブルに関わっているのかは知らない。でも、最低限でも僕とお母さんは無関係だ。もし君の関心のあるものを持っているのだとしたら、僕たちはそれを差し出す。だから、そのためにもお母さんを解放してほしい」
はっきりと、そして敵意を感じさせないように僕は何とか言い終えた。
人は誰しも目的のために動いて、成果を達成するためにリスクを回避する。
殺し屋の目的が何なのかはわからないが、きっと筋が通っている。これはきっと彼にとっても同じことのはずだ。
話をしおえてからも、殺し屋は沈黙を守りながら僕の様子を凝視していた。
大きく見開いていた目は落ち着きを取り戻し、少し小さくなっているように思える。
……静けさが息苦しい。お母さんは口を抑えられながらも何とか落ち着いているが、早くこの状況を打開したい。
「君の目的を教えてほ……」
「君は勘違いをしているようだね。このゲームの主人公は、殺し屋を追い詰めないといけないのさ」
待ちきれずに沈黙を破った僕を遮って、殺し屋は首を傾げた。
彼の丸い目と無表情は、ネズミを狙うフクロウの動作を思い起こさせる。
「僕はただの学生だ。殺し屋に対抗できるものなんて」
「いいや、君は主人公だ。物語に選ばれたときから主人公であり続ける。そして、主人公は運命に抗わなければならない」
僕の言葉を再び切り捨てるように殺し屋が言い放つ。顔は無表情だがその声に苛立ちが募っているのがわかった。
「動機付けが足りなかったかな?」
その一声で、僕は間違えた選択をしてしまったことに気がついた。
見誤ってしまった。この男の目的を。
「待て、僕は……」
「僕が主人公に望むは、直線的、圧倒的、絶対的な意思、決断、行動力。それに相対するふさわしい敵役になるため、僕は喜んで手を汚そう。妹でダメなら母を。母でダメなら父を。それでもダメなら恋人、子供、兄弟、姉妹、ペット、親友、恩師、教え子、社長、上司、部下、同僚、関係者、叔父、叔母、従兄弟、従姉妹、孫、曽孫、爺様、婆様、親戚一同……」
呪詛を繋ぐように呟き、次第に声が小さくなるにつれて殺し屋の手が動いた。
その行為はあまりに手馴れていて、僕が踏み出す間も無く一瞬で終わった。
「お母さんッッ!!!!」
呪詛を呟き続けながら、殺し屋は母さんを無気力に手放した。
僕はふらりと倒れかかるお母さんを支えるが、もう手遅れだった。
抱きかかえた腕の中で首から血を流すお母さんが何かを口にするが、血を吐いて苦しそうに悶えた。
「お隣さん、そのまたお隣さん、そのそのまたお隣さん上階のご近所、下階のご近所、そのまたご近所、管理人、集荷人、配達員、ごみ収集、水道修理、地主、大統領、副大統領、王様、王女様、王子様、姫様、内閣総理大臣、官房長官、防衛長官、」
「お母さん……っ……お母さん……?!」
まずは血を止めるべきか!?
タオルか、何かで、早く喉の出血をを抑えて、それから、それから……ッ!
キッチンに向かうためにお母さんから手を離そうとすると、お母さんが手を伸ばして僕の腕を引き止められた。
生気を失いながら、目を合わせてその唇をわずかに動かして、お母さんが何かを伝えようとしている。
「話さないで」と伝えてもそれに構わず流血に溺れながら、何か声を発したいようだ。
喘ぐばかりで何も聞き取れないが、お母さんの顔を見ればこれだけはわかった。
お母さんの優しい眼差しと表情。
吾郎、逃げて、生きて。
びくびくと体に痙攣が始まると思うと、まもなくその手が滑り落ちた。
「同級生、元同級生、先輩、後輩、クラブ、サークル、コーチ、監督、マネージャー、対戦校、大会出席者、幹事、協賛先、校長、教頭、教務、職員、担任、副担任、初恋の人、」
瞳から光を失ったお母さんの体を静かに下ろす。
殺し屋は相も変わらず、僕の背後で呪詛を呟き続けていた。
僕は、包丁を手にとって、殺し屋に切り掛かった。
「お、お? おぉ、お?」
「くそ、くそぉ、くそォォ!!」
怒りに任せて包丁を縦横に振り回して追いかけ、殺し屋はステップを踏んでそれを避け切る。
僕の振るう包丁は食卓にのった花瓶やロウソク台、袖机の写真だてや壁掛けのポスター、壁紙やカーテンを裂いて割って砕くのにも関わらず、肝心の標的にはピタリとも当たらない。
「はぁ、はぁ、はぁ……ッ!」
「いい、いいぃ!! いぃいね、主人公はやっぱりそうでなきゃぁ!」
息をあげる僕に対して、殺し屋は一糸も乱れない呼吸で悪意の言葉を紡いでいく。
「僕が欲しかったのはね、服従じゃなくてその復讐心だったのさぁ」
「この、くそ野郎ぉ……ッ!」
割れた花瓶をぶん投げて、殺し屋の避けた先をめがけて包丁を振り下ろす。
殺し屋は手刀で包丁を弾くと、素早く僕の足を蹴り上げ、そのまま僕の背中に腕を振り下ろして床に這いつくばらせた。肺を押し潰された僕は、目の前が急に暗くなる。
「小さい頃から殺し屋という稼業を続けているとね、何も考えなくても体が動くものなんだよ。とりわけ刃物の扱い方に関しては、君の母親と包丁との付き合いよりも長いかな」
殺し屋は「あっ……」と言い直した。
「失言だったね。今は君に、お母さんと包丁の話題はご法度かな?」
「……このやろう……っ!」
「チャンバラ合戦では歯ごたえがないね、せっかく君には本物の武器があるのに。……そうだ、君にこれをあげよう」
うつぶせに倒れた僕の付近に、何か小さなものが金属音を立てて落とされた。
起き上がって包丁に手を伸ばそうとすると、殺し屋は僕の背中を踏み降ろした。目の前が遠くなりそうだ。
気力がもたない……。ここで、僕は死ぬのか……。
「次に会うときはもっと面白い戦いを期待してるよ。包丁なんて安っぽいものじゃなくて、ね」
背中が軽くなった。間髪を入れないように、大きく息を吸い込んで手を伸ばす。
包丁を手に持ってなんとか体を起き上がらせて、すぐさま殺し屋を目で追おうとする。
はたから見たら緩慢とした動きに見えたはずだろう。
亀がゆっくり頭をもたげるように部屋を見渡すと、殺し屋の気配はどこにも残っていなかった。
バルコニーから逃げたのか、廊下から玄関を抜けて逃げていったのか。
今となっては追いかける気力はないし、それより優先させるべきことがたくさんあった。
「お母さん……」
僕の体は血まみれで汚れきっていた。
包丁も、床も、カーテンも何もかも、赤い世界。
「……これは……?」
血で汚れた床に、黄色く光る小さな金属が落ちていた。
ふらふらと引き寄せられるように拾い上げてみると、それは三発分の銃弾だった。
銃弾……。
本物を見たことはないが、それらしく見える。しかし、それは後回しだ。
急いで119番に電話をかけるんだ。……お母さんの処置が間に合う可能性があると、信じて。
僕は自室に戻るとスマホを手にとった。
血で汚れたせいで液晶が誤作動を起こしてしまう。
早く電話をかけるんだ。まずは119番に、そして110番に。
……このとき、たぶん僕はまだどこかでこれが夢の中の出来事であってほしいという欲求があったのかもしれない。
スマホ画面を開くと、これが現実だと確信させる画面が現れた。
--------------------------------------------
◆スレ63【ゲーム全般】なんでも攻略掲示板【みんな仲良く】
275:名無しさん@ハードゲイマーHG 2017/3/25 18:46 ID:3Qf
おまえら手のひらクルー早すぎかよ。
もういいよ、めんどくさいし一人でやってるわ。
ゲームの主人公やってくるわ。
276:名無しさん@ハードゲイマーHG 2017/3/25 18:59 ID:0oj2
>>275
嘘勇者さんいってらっしゃい
277:名無しさん@ハードゲイマーHG 2017/3/25 19:03 ID:fj9ht
>>275
無駄にワクワクした。もう来んなカス
278:名無しさん@ハードゲイマーHG 2017/3/25 19:11 ID:m49fg
みんな仲良くやろーぜ。
しかし>>275、てめーはダメだ
279:名無しさん@ハードゲイマーHG 2017/3/25 19:14 ID:3Qf
みんなひでえ
--------------------------------------------
「うぅ、うう……うぅううぅ……」
涙があふれるようにこぼれた。
ついに、実感してしまった。これは現実なんだ。