9 おっきなのを拾う 2
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藁の山を示された迷子の男は、そこで昏々と眠り続けた。
夢うつつで水は飲むが、眼も開けずにそのまま倒れ込むように、眠る。
「起きないねー」
「良く寝られるねー」
「まだ寝てるねー」
興味津々の近所の子供たちがのぞいても、つついても、眠ったまま。
「じゃましちゃだめだよ。
なんかひどい目にあったみたいだからさ」
山で拾って来た、と言っただけで、状況を説明するのを、チシャはあきらめた。
誰が信じる?岩の中に人がいたなんて。
水を飲んだら元気になって、素手で岩を砕いて出て来たなんて。
またチシャの大ボラが、夢物語が始まったって言われるだけ。
そして、でたらめ言うなって、頭をはたかれて終わるんだ。
この人が起きたら、自分で話すだろう、と思ったのだが。
十日も寝続けて、やっと起きだした男は、無表情、無言のまま。
「あんたの名前は?」
「どこから来たの?」
「どうしてあんな所に?」
何を聞いてもボーっとしているだけで。
「あたしはチシャだよ。わかる?」
と言うと、チシャを見てゆっくり頷いたので、言葉はわかっているらしいが。
「こりゃあ、記憶そーしつという奴ではないかのう」
「崖から落ちでもして、打ち所が悪く、うつけになりおったか」
「チシャの言う事は聞いとるようだ」
日がな一日ぼーっとしたままだが、動けるようになると、拾って来たチシャだけは認識できるのか、その言うなりに、荷物を持ってとか、薪を運べとか、単純な作業なら大きな体で難なくやってのけるようになった。
豊作の年の農閑期で、人々の心が穏やかになっていたのも幸いした。
小さな女の子の言うがままに、大きな背中を丸めて、子供たちの鬼ごっこやままごとに付き合う姿は、あまりにアンバランスでかえって微笑ましい。
「でかぶつ」「でくのぼう」「うすのろ」
そんな呼ばれ方をしながら、男は村に受け入れられていく。
素性はわからないが、無害でおとなしい労働力として。
肉体も、頭脳も、すべての能力から切り離されたままで。
長い責め苦に衰弱した体に、ゴブリンたちとの死闘。命に係わる損傷を受けた肉体。
初めて妖魔として人の命を吸収し、その命に執着し続けた力。
その人の血の中の、太古の神の覚醒とその失望。
男の中に宿るかと思われた神の気配は、また深く沈み込んでしまった。
しかしそれは、彼の全存在を再構成しなければならないほどの衝撃。
並みの妖魔であれば、数年から数十年の間眠り続け、肉体の全機能を調整しただろう。
だが彼は半妖。そんなことをすれば、半身の人の部分が持たない。
だから彼の本能は最低の維持機能を残し、頭脳と肉体を休息させる。
この混乱が収まり、再構成された肉体と頭脳を、彼が十分に使いこなせる日まで。