5 チシャ
申し訳ありません、構成が少し変わりました。
5
チシャには父がいない。
貧しい山間の農村から街へ出稼ぎに行っていた母は、ただ一人で身重になった体で戻ってきた。
相手が誰なのかは、決してあかそうとしなかった。
金を稼いでくるはずが、食い扶持を増やして帰って来たと激怒したその父は、畑で摘んだちしゃを煮込んだだけの貧しい夕餉の椀を頭から母にあびせかけ、出ていけと怒鳴ったという。
せめて肉のかけらでも浮かんでいれば、あれほど怒らなかったかもね、と母は何度も繰り返す。
祖母がとりなしてくれたおかげで何とか家には迎えられたが、月満ちて赤子が生まれると祖父は、女では働き手にもならぬと、吐き捨てるように名付けたのはその『ちしゃ』という葉っぱの名。
その祖父母たちも数年後の流行り病で命を落とし、貧しい家に母とチシャだけが残された。
働き手のいない女子供は、他の農家の下働きとしてかり出される見返りに落ち穂を拾わせてもらい、近くの山で木の実を探し、粗朶を集めて糊口をしのぐ。
その山を自分の庭のようにして、チシャは育った。
年頃の近い子供たちの中でも、抜群の観察力と集中力を持つチシャは、かき傷だらけの細い手足で樹に登り、崖をつたって、役立つ物を集めて来るのが、どの子供よりも巧かった。
頭の良さは父親譲りだ、と母は思っても、決して口にはしなかったが。
教育を与えられる機会もなく、たんなる労働力として、十把ひとからげに育てられる山村の子供たちの中では、少々毛色の変わった子であった。
その日チシャは、一人でこっそりと山に登っていた。
秘密の場所に生えている岩苔が、そろそろ色づいてくる頃だ。
食べ物にも薬にもならないこんな苔を、たまにやって来る行商人は欲しがるのだった。
飴玉と交換を持ちかけられたが、ぐっとこらえて、チシャは頑固に硬貨を強請った。
そうして得た貴重な小鉄貨を、チシャは母にも内緒で貯め込んでいる。
きっと。
いつかきっと。
村人たちの情けに縋って生きていく、こんな生活から抜け出してやる、と思いながら。
しかし。
「ひゃああっ!」
崖のそばでとんでもないものを見つけて、チシャはなさけない悲鳴をあげてしまった。
「い、岩から手がはえてるぅっ!!」