デートの日 後編
市場での物見を終えた私達は、お目当ての焼き鳥屋に向かうため、繁華街にたどり着いた。
飲食店が立ち並び、オムレツ、ハヤシライスなど和洋折衷様々な料理屋がひしめいている。
目的であった焼き鳥屋もあったのだが……私達はその焼き鳥屋の目の前で八方塞がりとなっていた。
「しかし、お店に入れてもらえないとは思いもよりませんでしたね」
私の隣の白露少尉は、途方に暮れて空を見上げる。
冬の季節風が、観測所にいた時よりも一層強く肌を刺してきた。
「ええ、まさかでしたね」
「今日の一番の楽しみだったのですが、これは予想外でした」
「ええ、ええ。全くその通りです」
私は白露少尉の言葉に相槌を打つ。
私と白露少尉は、結局焼き鳥屋の暖簾をくぐることがきなかったのである。
予想外だと彼は言うが、よくよく考えれば、私と白露少尉が焼き鳥屋に入れないのは当然の帰結だった。問題は、鳥人族である白露少尉だった。彼が私の後について入店しようとしたおり、店員に真っ先に断られたのだ。その店員は申し訳そうに、低空姿勢で何度も頭を下げ、何か問題があれば責任をとれないという旨の言葉を告げられた。
獣人の同種食いはタブーであり、それは世間でも周知のことだ。しかも白露少尉は元公家の華族である。実家にばれたりしたら、どんな仕打ちが待っているか。結局舞い上がって、後先考えなかった私達に落ち度があった。
「……変装してくればよかったですね」
「いや、でもきっとバレてしまいますよ。私この姿で町に毎度遊びに来てますので」
観測所から来る前に変装してくればよかったと、白露少尉の心配が余計虚しさに追い討ちをかける。
この町と観測所では、やはり人と獣人との間の扱いには大きい隔たりがある。偏見だってまだあって、彼の隣に立つ私も、人と獣人が隣り合って歩くだけで嫌な視線を感じた。
寧ろこの町は新しく作られたため、これでも差別やらは少ないほうだ。それでも、いい感情を受けない人に配慮し、この待遇である。
戦場で生きていると私達は平等だと錯覚してしまう。戦場では、どんな命も平等に扱われる。それに私達バディは命を預ける相手であるため、必ず信頼しなければならない。観測所の仲間だってそうだ。そこにはほとんど差別発生しない。命の価値が軽いからだ。それはもちろん悪い意味でだが。
「さて、どうしたものでしょうか」
「どうしたもなにも――」
白露少尉の言葉を遮り、どちらともなく、ぐぅ、とおなかの虫がどちらからともなく鳴き出す。こんな必要ところまで似なくてもいいのに。私と白露少尉はお互いの顔を見合い、数度瞬きした。
「まずは、腹ごしらえですね」
「ええ、善は急げです。『膳』だけに」
「それ全く面白くないうえに意味が分からないです」
「あ、そうですか…」
くすりともしない彼のギャグを挟んで、お互い決意は固まった。
結論から言うと、私たちは先ほどの露店商たちが販売している市場に戻ることにした。要するに屋台料理に舌鼓を打つことにしたのだ。
この町にあるちゃんとした飲食店は限られているし、昼頃になると、食堂は家族連れで繁盛していて、焼き鳥屋で出遅れた私たちは、店に入ることすら適わなかった。出来ることといえば、行列に並ぶことくらいだったが、それも店の中に入れるかどうか。
彼は得意げに胸をこぶしで一度叩く。
どうも白露少尉には一計があるようだった。
「私に名案があります、任せてください」
◇
露天が立ち並ぶ市場に私達は戻り、気の向くままにあたりを散策していた。
大勢の人族や獣人でごった返し、私達の歩く速度は陸を進むペンギンみたいに鈍足だった。
ほとんどが軍関係者というか、その家族や彼ら向けの商人しかいないため比較的治安もいいので、スリの心配もなく市場の中を歩けたが。
「お昼ごはん、何にしましょうかね」
私の隣をよちよち歩く白露少尉は、何の気なしにたずねてくる。
「うーん、色々ありますからね……て、どうやって食事するか名案があるんじゃないんですか?」
「まぁ、それは追々。とりあえず、手当たり次第売店のご飯を買いあさりましょう」
彼の発言は酷く私を心配させた。何も考えてはいない、なんてことはないだろうが、こういう時の白露少尉は大抵ろくなことをしなかった。
「おじさん、このじゃがバター二つ」
「毎度……ってそんなに手にもてるのかい、たくさん食べ物買いこんで」
「大丈夫です。私達鍛えてるんで」
「食べてきってくれるなら、こっちも文句言う筋合いはないけどよ」
私達は小銭を店主に渡して、カップに入ったじゃがバターを二つ受け取った。発泡容器越しでも分かるほど、熱々で、ジャガイモの上に乗った白黄色のバターはすぐに溶けて消えていった。
「はい、白露少尉。熱々ですよ」
「いますぐにでも、かぶりつきたいですね」
「そんなことしたらすぐやけどしますけど」
「それが祭りの醍醐味ですよ」
「いや、今は市場にお昼を買いに来てるだけですけど」
「でも、今買ったじゃがバター、焼きとうもろこし、焼きそばにラムネ。これを祭りと言うずなんというのです」
私の言葉に彼は無邪気に笑って見せた。
「似てはいますよね。活気があって。見てるだけで楽しくなりますし」
私たちは香ばしいにおいにつられ、手当たり次第に露天の食べ物を購入し始めた。
手当たり次第といっても、露天で売っている食べ物はだれでも帰るように獣人に配慮され、そこまで種類があるわけじゃない。穀物や野菜類、お菓子が主で確かに白露少尉の言う祭りで売っている商品ばかりだったかもしれない。もちろん人通りが少ない怪しい道に入ると、何の肉が入っているのか分からない肉料理なども売っている。
「でも、どこで食べましょうか。正直どこも席が空いていませんよ」
「……ふふ、よくぞ聞いてくれました」
怪しげに彼は、わざとらしくにやけていた。
その表情はこれからいたずらをしようとする子供に似ていた。
「はぁ」
「荷物を持っていてください!」と彼は、問答無用で料理が入った手荷物を色々手渡してくる。私の両手は荷物でいっぱいだった、もはや両手に1ミリの隙間すらない。
「何をする気ですか」
私の言葉に答える代わりに彼は人ごみから少し離れて、たたまれていた羽を横に伸ばす。
縦幅だけで1メートルはありそうなほど白く美しい翼をはためかせた。普段どれだけ小さくたたまれているのか、疑問になるほど大きい。
あたりの人や獣人が流石に驚いて、皆いっせいに渦中の私と白露少尉を見てきた。
「竜胆少尉、失礼しますね」
だが、白露少尉は周辺の人間を気にもかけず、彼は私に近寄って背中に手をあててくる。
「な、な、ななんですか!突然!事前に言ってください!驚いちゃいますよ」
私は彼の唐突な奇行に驚いて体が固まってしまっていた、普段こういうことをする人じゃないのに。
「まぁまぁ、しっかり捕まっていてください」
「え、な、なに」
そして、突然の浮遊感。
背中に手をあててない反対の手で、彼は私の足を抱きかかえてくる。
私の全体重が彼の両手に乗っている。私は背中を丸めて、彼に体を預けている状態だった。
これは…俗に言う、お姫様抱っこと言う奴だった。意味がわからない。彼は何がしたいのか、理解できない。あるいは理解するのを拒んでいるのかも知れない。こんな人に説明しがたい状況なら、誰だってそうかもしれないが。
「あの――」
「つかまっててください」
私が何かを言う前に、彼は私を抱えて空に飛び出した。