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観測員とそのバディの仕事 後編


「着弾、確認しました」

「こちらでも確認。お疲れ様です」



 狙撃銃のスコープから視線を逸らさず、白露少尉は涼しい顔でいまだ敵を警戒していた。

 後続が現れないか心配なのだろう。私も一旦離した望遠鏡で再度確認する。

 地平には敵影はない、少なくとも今は。


 冬の昼下がりの、うららかな午後のことだ。

 私が白露少尉と町の焼き鳥屋に行く約束を結んで数時間後、職務をほぼ終え昼から夜中までの警戒任務を担当する二班に引継ぎをしようとしていた。


 その時、5体の魔物が観測された。距離は観測所から600~700メートルほど離れた位置で、望遠鏡でなんとか確認できた。

 どれも小柄で弱いタイプの魔物(私達は彼らは子鬼と呼んでいる。見た目も似ているので)だった。

 ほかの観測所からの取りこぼしなのだろう。ところどころ動きが鈍く、足を引きずるものもいた。あの程度の戦力なら白露少尉だけで対応出来る。


(聞こえますか少佐。竜胆少尉であります)

 私は通信機を通し、少佐に判断を仰ぐ。だが、通信に出てきたのは少佐の補佐官の彼だった。

(感度良好。俺は銀狼大尉だ。少佐は今席をはずしている。連絡は補佐官である俺が承る)

 銀浪大尉だ。

 人狼族で、あごひげを蓄え、尻尾がふさふさしていて、なかなかワイルドなおじさま。それが私の銀狼大尉への印象である。これまでも何度か、少佐の替わりに任務の確認をした間柄だ。噂好きの同僚からは、少佐と銀浪大尉が出来てるという話を聞いたことがあるが、真実かどうかは定かではない。娯楽の少ない観測所ではそういう恋話が必然的によく耳にするようになった。


(魔物を5匹観測。他部隊との交戦で負傷しており、無力化出来ると思われます。後続は今のところ確認できません。指示を仰ぎます)

(何級だ?)

(全て子鬼級です)

(数分前、他の観測所からも子鬼級を取りこぼしたとの報告を受けた。対処可能範囲だな。そちらで殲滅してくれ)

(かしこまりました)


 私は通信を切り、再度魔物たちを観測し始めた。距離はどんどん近づいている。やはりこの位置からしとめなければならない。

 傷ついた魔物を殺すのは可哀想だが、見逃す手はない。彼らを逃したら、町で平和に暮らす人々に被害が出る。私達の仕事は人々の安心を守ることなのだから。


「白露少尉、任務です。この位置から小型の魔物郡は無力化可能ですか」

「問題ありません。まかせてください」


 言うが早いか、白露少尉は淡々と引き金を引いていった。

 狙撃銃から放たれた弾丸は魔物に綺麗につぎつぎと着弾する。その様子を望遠鏡で私は視認する。どんどん数が減っていき、気付いたら最後の一匹も倒れた。危なげなく無事倒せたみたいだ。


 まるで機械が行う流れ作業のような様子を、私はただ黙ってみていた。




 着替えを終えた私達は、作戦室という名の休息室で一息ついていた。緊急の任務がなければ、待機室のような使い方をしていいというのは、司令からの御達しだ。ここは辺境地だからと、許可が下りた。


 鉄製の長テーブルを隔てて、白露少尉は器用に鉛筆をクルクル回しながら、作業報告書に記載しようと考えあぐねている。

 報告書をすでにまとめた私は、望遠鏡を手巾で手入れしていた。


 私達の仕事は、なかなかに待機時間が長い。というか、実務より待機時間のほうが長いといってもいいだろう。 たとえるなら町の警察隊みたいなものだ。観測の仕事を終えても、休日以外は施設で準待機命令が出ている。いつ魔物が現れるかなんて分からないから、非常召集の為に休日を除き、この観測所で待機している。


「竜胆少尉、板チョコ食べます?」


 白露少尉は、目の前の私に向け、ポケットから銀包みのチョコレイトを出してきた。

 白露少尉は観測室仲間の間では食いしん坊の称号がついている。

 焼き鳥の件からも分かるように、どうも白露少尉は一般人の食事に関わりがない生活を送ってきたせいで、食い意地が張っているというか、こういうものに目がないみたいで、常に何か食料を携帯している。


「じゃあ、お言葉に甘えていただきます。これどうしたんですか?」

「先週の休日に、町の闇市で買いました」

 また白露少尉からトンでも発言が飛び出してきた。闇市なんて法外なものに手を出すなんて。

「はぁ、そういうのヤバイと思うんですけど」

 彼は端正な顔つきで大まじめに答えるものだから、呆れてため息が出てしまった。彼と出会ったときは「闇市」なんて言葉も知らない、もっと純粋無垢な青年だったのに、彼は徐々に世間のいろんなものに染まってしまってきた気がする。もちろん、悪い意味でだ。


「いらないんですか?美味しいですよ」

「ありがたくいただきましょう」

 彼が世間の習慣に染まってきたのは別の話ということで、私はすかさず、彼から板チョコをひったくってポケットにしまった。

「竜胆少尉のそういう無駄に正直なところ好きですよ」

「どうも」 


 まぁ、食い意地が張っているのは私もだけど。白露少尉同様、私だってここに配属されるまで、一般人の食事に関わりがない生活を送ってきたのだ。陸軍に所属するまではチョコレイトなんて洋菓子食べたこともなかった。

 お互い家の事情というやつである。


「お疲れ様です白露少尉、竜胆少尉。一班に替わり、二班観測はいります」

「はい、よろしく願います。伍長、一等兵」


 私達が作戦室で休息をしていると、二班が、薄暗い下の階段から登ってきた。

 二班は、二人とも女性で構成される班だ。ちなみに銀浪大尉と少佐の噂を知ったのは彼女達からである。私達は年がそんなに離れていないこともあり比較的仲がよく、任務の交代時間の合間に世間話をする間柄だった。


「そういえば、白露少尉。ご実家からお手紙が届いておりましたよ。いつものダンボール箱の中です」

「え、私にかい?ありがとうすぐ下に取りに行くよ。すみません、竜胆少尉少し席をはずします」

「了解です」


 彼は伍長達と入れ替わりで、すぐに席を立つ。

 私はその様子を流し目で見ている。


 彼らの言っているのは入り口に設置された郵便受けのダンボール箱のことだろう。観測所に手紙が届いたら、検閲官が確認して全て同じダンボール箱に入れられる。そういう決まりなのだ。家族や恋人からの手紙でもスパイや反戦意識のある手紙だった場合もあるから…そういえば、私はこの観測所に勤めてから、家族から一度も手紙を受け取っていない。まぁ、あの実家から届く手紙なんてどうせろくなことなんてないだろうし、問題ないのだけれど。


「そういえば、竜胆少尉おめでとうございます。今度、白露少尉とデートに行かれると聞きました」


 彼女達二人は、それはもう楽しそうに笑顔で顔を見合わせていた。なんだか「ねー」という効果音が聞こえてきそうなほどだった。しかし何故、その情報を彼女達はすでに知っているのだろうか。


「ええ、まぁ…どこでその情報を伍長?」

「ご本人が触れ回っておりますよ」


 …あの短期間にどうやって。白露少尉は下の更衣室かどこかですれ違いざまに二人に伝えたのだろうか。それにしても口が軽すぎやしないか?観測所なんて、娯楽が少ないから噂はすぐに広まってしまうだろうに。家に知られたりしたら、彼はどうするつもりなんだ。


「なるほど。情報提供ありがとう。これはお礼です」

「「チョコレイト感謝いたします。早速、任務中にいただきます!」」


 私は伍長達に先程の白露少尉から受け取った板チョコを半ぶんこにして渡す。すかさず彼女は目を輝かせて、同時に敬礼してくる。チョコレイトみたいな嗜好品は貴重だから、老若男女問わず誰だって嬉しい。まぁ、この観測所には軍人しかいないが。


 とはいえ彼には困ったものだ。後で彼はしめておくか、鳥だけに…まぁ、彼の気持ちを考えると怒れないところではある。実際には注意だけにしておこう。彼がここに来た経緯を考えれば、鳥族である彼が人間と遊びに行くことに、ついはしゃいでしまうのは当然だ。


 彼には、彼なりの事情があるのだから。





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