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観測員とそのバディの仕事 前編






 ――武家の血筋である竜胆家での、私の立ち位置はというと、身の置きどころがないというか、ばつが悪いというか、申し訳が立たないというか、ようするに居場所がなかった。





「視界よし、敵影なし」


 私の前方で、白露少尉は翼をひらひらはためかせ、望遠鏡を持ってあたりを飛んでいる。一箇所にとどまっているから、より正確に言うと空中を漂っているというべきかもしれないが。


「視界よし、敵影なし」

 彼に続き、私も望遠鏡で周囲を確認する。目の前にはいつもの白い平原が携わるのみだった。

 ざっと見た感じ、辺りに動く物体も人影も見えない。私は、白露少尉の動きに指差し確認の動作を繰り返す。

「竜胆少尉、少佐に報告を」

「わかりました」


 私はじっと目を閉じて、胸に手をあてる。これから通信魔法を使い、本部に現状報告するためだ。

 それが観測通信員としての私の仕事だ。魔物が出現すれば本部に報告し、可能であれば観測員兼私のボディガードでもある白露少尉が狙撃する。私たちの仕事は基本的にツーマンセルでお互いをバディと呼んでいる。魔物が現れなければ日勤八時間、四直三交代制。土日は本部から代わりのものが現れて休暇をとり、時間があれば町にだって遊びに行ける。勿論、喫急の自体が発生しなければの話だが。


「では、本部に報告します」


 一度、すぅと、息を吸って吐いた。

 魔法を使う時は、いつも緊張する。魔法を使うときはまるで背中を氷嚢で触れるような感じに似ていた。いつ失敗しやしないかという恐怖感で押しつぶされそうだ。貧血のように、血の気が引いていくのを感じる。貧血の方はたぶん本当に血が引いているので、緊張とは関係ない。魔法を使う代償みたいなものだ。


 瞼を閉じた光の無い世界の中でイメージする。

 真っ黒な暗闇の中で、一筋の白い線が生え、それがどこまでも、際限なく無限に伸びていく。その光はか細く、ゆらゆら揺れてすぐに途切れてしまうようなひ弱な薄命。

 けど、絶対そうはならない。


 ――繋がった。

 

(聞こえますか少佐。竜胆少尉であります)

(感度良好、聞こえるぞ)

 私の心の声に、返信が返ってきた。

 私が所属する横須賀支部の少佐。現場監督であり、彼女に観測所の現状を報告することになっている。それが私の仕事だ。


 ほっと息が出た。

 魔法で動く通信機の周波数は決まっているから、慣れれば簡単だと同僚は言っていたが、未だに慣れない。少し前まで通信機を使わず魔法で連絡は取っていたらしいのだが、凄まじく負担がかかるため、現在は無線機械と魔法とを混合で使用している状況だ。


(第四観測所一斑に交代しました。周辺に敵影はありません)

(わかった。引き続き警戒任務に当たれ)

(かしこまりました。通信終わり)

 

 通信を終え、念のため周囲を確認する。私が見ているこの白い平原の光景も、魔物が出てこなければ、平和な、いつもの光景で終わる。それが私にとっての日常であり、バディの白露少尉にとっての日常でもある。今のところは。


「報告終わりましたか、竜胆少尉」

「はい、引き続き警戒に任務に当たりましょう」





「いつか焼き鳥食べてみたいんですよね」

 望遠鏡を見ながら、ぼそっと白露少尉は呟いた。


「今度の新年会とかでやる新手のブラックジョークですか?」

 何を言っているんだこの人は。

 白露少尉は私の方をみて意外そうな顔をしてきた。その反応をしたいのは私の方である。


「何を勘違いしてるんですか竜胆少尉。白鷺家では鳥は食べれなかったんですよ。いつも使いのものと焼き鳥屋の前を通るとき、なんと芳醇な香ばしい香りなのだと思っていたのです」

 白露家で鳥を食べれないのは当り前だ。鳥人が鳥を食べる方が大問題だからだ。

「獣人族って、種族ごとの掟は様々ですけど、同種は絶対食べないって聞きましたけど」

「まぁ、そうなんですけどね。でも禁止されてるものほど食べたくなるのが人間でしょ?」


 確かに、一理あるかもしれない。

 しれっと得意げに言う彼に私はこくんと頷きそうになったが、慌てて制止する。

「…あまり羽目を外しすぎると、家の人に気付かれたとき大変ですよ」

 白露少尉は少し変わった所がある。

 これまで厳格に育てられてきた元公家の白露家から出てきた反動なのか、はしゃぎすぎているというか、少々ネジが一、二本の飛んだところがある。これでもだいぶマシになったほうだ。着任当初はもっと大変だった。具体的に言うと初対面時に道案内した私の事を使用人かなにかかと勘違いし、チップを払いそうになったこととか……他にもいろいろと出てくるのだが。


「問題ありませんよ。このことは竜胆少尉にしか話していませんし、その竜胆少尉は報告しませんから」

「私のこと下手に信用しすぎじゃないですかね」

「当たり前ですよ、バディですからね」


 彼は太鼓判を押すように、得意げに胸を手で叩いた。

 彼はどの口で言っているんだ?常日頃から感じることだが、彼は私に対し、軽薄すぎるきらいがある。

 たしかに、似た事情、似た境遇のため謎の親近感を私たちは持っていた。またお互い武家と元公家出身ということもあり、家の事情についてはある程度知っているから気軽に話せるのかもしれない。


「そうだ。今度の休暇の日、街に食べに行きましょうよ」

「どうしてそうなるんですか」

「仕事柄時間が合わなくて一緒に行く相手がいませんし、自然とバディを誘う流れになるでしょう?」

「…なるほど」

 確かに一理ある。お互い、休日を過ごす相手はほとんどいない。

 私の場合は家のせいだけじゃなく、この性格のせいもあるかもしれないけど。


「それに、私たちは――」

鴛鴦えんおうちぎりなんですよね」

「…ええ、まあ、そうですね」


 彼の誘いに満更でもないのが、私の悪い所だ。

 …お互い仲良くしたって本来意味のないことだというのは分かっている。恋人になれるわけではないし、結婚できるわけではない。


 なぜなら、私たちの運命は決まっているのだから。


 遠くない未来私達には別々の婚約者が出来る。それが華族に生まれたものの使命であり、血の宿命だ。例え、その家からないがしろにされていたとしてもだ。


 まぁ、それはそれ、これはこれで。


 私の気持ちは、彼と遊びに行くことに決まりつつあった。

 彼とのデートは本当はいけないことだが、ちょっとくらい羽目を外してもいいだろう、なんて考えていた。どうせ、いつ死ぬかなんて分からない身だ。魔物の大隊が門から召喚されたら、まぁ私達は全滅するだろうし。一時間後には死んだっておかしくはないのだから。


 生きる希望は必要だ。お互いに。


 戦場では貞淑な女であり続けるには、命の値段が軽すぎる。7.7ミリ弾薬2、3発より、人間の命は軽いのだから。


「いいですよ、行きましょうか」

「本当ですか!」

「ええ、竜胆の女に二言はありません」

「なかなか男らしいですね」

「…いや、女ですけど。そんなことより任務に戻りましょう」

「了解です、少尉」



 こうして今度の休暇に、私たちは街に焼き鳥屋に行く運びとなった。




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