私達は世間の厄介者だった
「鴛鴦の契りを知っていますか」
「確かおしどり夫婦の語源になった話ですよね」
「さすが、竜胆少尉は博識でらっしゃる」
私の回答は、なんとか彼のお気に召すものだったらしい。
白鷺族の白露少尉は、美しい純白の髪と同じ色をした翼を一度はためかせた。どうも、鳥人族は感情表現がよく翼に出るらしい。というのが、バディである彼と生活を共にして数ヶ月で判明したことだ。
「中国の宋の時代、王は家来の韓憑の美しい妻を権力で奪います。引き裂かれた二人は自殺し、妻は夫と同じ墓に入れてもらうよう遺書を書くのですが、怒った王は二人の墓をわざと向かい合わせに作ったのです。けど後日、墓の地面からそれぞれ梓の木が生えてきて、二つの木の枝は一つに絡まった。そこにおしどりの雄と雌が住み着き毎夜、泣き続けるという故事のことです。ロマンチックでしょ?」
白露少尉は得意げに、ムフーと鼻を鳴らしてくる。
なぜそんなことを急に訪ねてきたのかを聞きたかったが、これ以上は話が長くなりそうだったので私、竜胆凜は「なるほど」と一言伝えて執務に戻ることにする。
観測までに、この作戦室でこなさなければならない備品整理がまだ多少残っていた。
この観測所は「門」から離れた辺境地にあるおかげで戦闘がほとんどないのはありがたいが、おかげで配給品が一番最後に届けられる。常日頃備品不足に悩ませられているものだから、備品一つ一つの確認は我々の生活に多大な影響を与える。
「つまり僕の言いたいのは僕達の仲はまるで鴛鴦の契りのようだということです」
「私もそう思いますよ」
「あ、えっと…結構さらっと言うんですね」
どうも私の言葉は、彼の想定の範囲外な一言だったようで、白露さんは口を開いて、固まってしまった。この場の空気に私は耐えられず、ズズと茶碗に残った珈琲を飲み干す。
「三班観測終わりました。一班、交代願います」
幸い、助け舟はすぐに出た。
三班の人族の同僚とバディの鳥人族は欠伸をしながら、屋上に続く階段から降りて来る。
まぁ、深夜明けの彼らからしたら、明朝の今はもう眠くて仕方がないのだろう。
私は三班の同僚から魔力バッテリー型の無線機を受け取り、鉛筆を机に置き、立ち上がった。
「行きましょうか、白露少尉」
備品整理はまた明日やればいい。
そう考え直し、戸棚の中から相棒のカールツァイス双眼鏡を取り出す。
「ええ、行きましょうか竜胆少尉」
白露少尉も準備万全のようで、九七式狙撃銃を肩に担いで、親指でサムズアップしてくる。私と白露少尉は、三班の二人の隣を通り、石造りの階段を登った。砦の最上階にある観測室へと向かうためだ。
観測室といえば聞こえはいいが、砦の屋上の見張り台に、簡易な布の天幕を後付けしただけのしょぼい代物だ。
「さて今日も魔物が出ないとありがたいのですけどね」
平和主義の彼らしい言葉だ。
「そんなことばかり続いたら、私達観測警備隊は給料泥棒になってしまいますよ」
「まぁ、確かに」
彼は何かに納得しながら、ぺこりとお辞儀をして、私に替わり最上階への扉を開く。
「さあどうぞ竜胆少尉」
女性に対し紳士的であれ。華族の白露少尉の体に染み付いたマナーだそうだ。
私は彼にお礼を言いつつ、扉の向こうに足を踏み入れる。
目の前には、いつもの代わり映えしない光景が佇ずむ。
どんよりとした灰色の雲と、地平線の奥まで平坦が続く白いまっさらな平原。
そして平原の先の先に浮かぶ、この世界には存在しないはずの――巨大な門。
それはふわふわと浮かび、禍々しく、いびつで、曖昧な存在で、見ているだけで怖気が走るような気配を発していた。エトワール凱旋門の見た目にも似たその門は、近場で見るとこの世のものでは見たこともない装飾をしているらしく、まるで地獄へと続く門だったと近場で見たものから聞いたことがある。
実際、その通りなのかもしれない。
その巨大な門は、魔界とこの世界とをつなぐゲートだ。
その門を通って、人間を襲う魔物が押し寄せてくる。
魔物の生態は良く分かっていない。
彼らとは獣人と違いコミュニケーションは取れないし、問答無用で襲い掛かってくる。
数十年前に魔物が現れてから人類と獣人同士とが争うことはなくなった。
替わりに彼ら魔物と戦うようになった。
門はこの国の各地に点在し、門には警備隊がそれぞれ配属される。私たち警備隊の仕事は門を監視し、必要があれば戦闘を行ったり、後方の司令部に状況を報告すること。
サクラ国陸軍、魔界門砦観測警備隊、横須賀支部、第四観測所。それが私たちの所属する観測所だ。
観測所の説明で、もっとも似ている概念と聞かれれば尖兵だろう。
魔物の群れからはぐれた雑魚の掃討ならできるが、中隊~大隊レベルの魔物が現れたらもうお手上げ。基本的に任務は哨戒任務と時間稼ぎ。他の観測所に比べれば、ここは比較的安全だが、観測所につくことを望むものはすくない。
観測所は、人も獣人も性差も関係なく様々な事情を抱えたものたちが送られる左遷先だからだ。事情は人それぞれだが、それだけは確実だ。たとえ華族だとしても、左遷という言葉は当てはまった。
つまるところ私も白露少尉も、左遷された人間であり、世間の厄介者だった。