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竜胆少尉の死から





 彼女の葬儀は、本人の希望通り水葬とあいなった。





 彼女の遺体が収められた棺は短艇に乗せられ、静々と沖合に向かっていく。

 その様子を、埠頭に設置された天幕の中で、彼女の上司だった私と数人の将校と遺族とが見ていた。

 丁度良い位置についたのか、短艇が豆粒くらいの大きさに見える位置で立ち止まると、漕いでいた水兵たちが九十九式短小銃を天に構える。どうやら、私の知らぬうちに棺はすでに海の中に沈められ始めたらしかった。音楽隊のラッパ演奏が鳴り響くなか、彼らは機械的に弔銃を行う。


 銃声と演奏の声音が混じる中で、遺影を持つ彼女の母が涙も流さずぼうっと、その光景を眺めている。まるで感情がそぎ落ちたような、あるいは魂の抜け落ちたような様子だった。

 彼女の母の感傷的な姿勢は、彼女が死んだという実感がわかないからだと私は推論を立てる。

 私だって同じだ。

 いまだに彼女が死んだことに困惑している。彼女は不器用で、口数が少なく寡黙な人だったが、気が弱いわけでなく、実直で骨のある、古いタイプのサクラ国の人族だった。少なくとも拳銃自殺をするような人間ではなかった。


「…彼女が往生するとは、いまだに信じられんな」

「そうかい?」


 一人ごとのつもりで呟いたのだが、私の隣を占有する犬人族の銀狼は実に懐疑的に受け答えをしてきた。


「君はそうは思わんか、銀狼?」

「えぇ。だって彼女は、彼の葬儀の時すでに死相がでていたものだからさ」


 銀狼は当然だと言わんばかりに腕を組んだ。

 生前の彼女から、死臭でもかぎ分けたのだろうか。ある種戦場に出るものだけが分かる直感なのだろう。少なくとも私はそれにとやかく口をだすことはできない。地獄の様な戦場に彼らを送り出して、安全な陸地でそれを眺めているだけの人間が口出ししていい領分ではない。


「君がそういうのなら、そうなのかもしれん」


 私は目の前の席に座る彼女の母親をちらと見る。

 葬儀の場で今の発言が周りに聞こえてないか気になったからだ。幸い彼女は私達の発言に気付くことはなく、ずっと海の地平線の方を眺めているのみだった。その様子に小さく安堵のため息が出る。聞かれたら大変だ、華族である彼女の一族は、獣人族を毛嫌っていたから。


「すまんが銀狼、もう少し声を小さくしてくれ。私の立場もある。ただでさえ肩身が狭いのだから」

「……先刻のは少佐から、まぁいいが」


 銀狼もさすがに葬儀の場で口論を交わせる気はない様で、私の言葉にすぐ頷いた。

 私達は黙って、彼女の母親同様、地平線の彼方を見やる。

 葬式はつつがなく執り行われ、短艇に乗る水兵が戻ってくるのを埠頭で待つのみだった。


 まもなく、何か思い出したように銀狼はつぶやいた。先程の私の独り言同様、意図して口にしたわけではないようで、ほぼ無意識に、念仏のようなものだった。


「……鴛鴦えんおうちぎりを結んだ相手、か」

「エンオウノチギリ?」


「白鷺族の彼が生前そんなことを言ってた。遺言みたいだろ?少佐は心当たりはあるかい?」


 銀狼は犬耳をピョコンと立てて不可思議そうにしている。


「さぁ?私は漢語について造詣が浅いからな」

「あけっぴろげに言うことではないな」

「同感だ…いや、まて」


 そういえば、そんな言葉をつい最近誰かから聞いたことがあった。それは誰だったか。

 ああ、そうか。思い出した。すぐに思い出せた。

 心当たりがあったのには訳があった。


 鴛鴦の契り。


 その言葉は、今葬儀中の彼女、竜胆りんどう少尉自身から聞かされた言葉だったから。





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