もしも、悪魔と呼ぶべきものがいるのなら
確りと世界の歴史を学習してきた人ならば、国家というものがいかに残忍な行いをして来たかを知っているだろう。虐殺、略奪、そして戦争。富と権力を手に入れ、横暴に振舞う国家というものは、間違いなく歴史上、最も人間を殺戮して来た組織だ。テロリスト達なんか足元にも及ばない。
ただし、もちろん、常に国家というものが人を虐待し殺戮して来た訳じゃない。そうなってしまうにはある程度の条件が整う必要があるし、だからその兆候だってある。では、その国家が国民に対して牙を向くようになる兆候とはどんなものなのだろう?
「量的緩和政策?」
僕が住む国の政府が、ある日、そんな政策を行うと発表をした。僕はそれに大いに違和感を覚えた。何故なら、それまでも政府は似たような政策を実行して、そして失敗をして来たからだ。今回はもっとそれを大規模に行うというのだけど、これは量の問題じゃなくて質の問題な気がする。しかも、この量的緩和政策は大量に金を刷って市場にばら撒くというものなのだけど、それには大きなリスクが伴うのだ。短期間で止めるのならまだマシだが、長期間続けたなら絶対に問題を起こす時限爆弾だ。
――だから、普通は、誰かが止める。
問題のある政策を誰かが止めなかったという事実は、それは国家の歯止め機能が壊れている可能性を意味する。その政策自体も非常に気になっていたけれど、それ以上に僕にはその方が気になった。
果たして、大丈夫なのだろうか?
……などという事を思ってから数年、また非常に気になる政策が耳に入った。国が共謀罪を成立させるというのだ。これは国民の弾圧に利用できる。国家が国民を犠牲にできるようになる。いよいよをもって、僕は不安になり始めた。
「NPKGじゃないか?」
ある日、僕は友人からそんな事を言われた。それは与党の黒幕ともいわれる組織の名前で、宗教団体の連合体という一面もあるらしい。どうやら、その友人はその組織が、裏で全ての糸を引いていると考えているらしかった。つまり、それら問題のある政策は、NPKGに指示によるものだというのだ。
経済に詳しくない宗教団体だから、量的緩和政策なんていうリスクの大きな政策を実行しているという、どうやらそんな理屈のようだ。
因みに、NPKGは軍国主義を志しているとも噂されている。しかも、「神に選ばれた我が国に支配される事こそ、世界の幸せ」とか、そんなちょっと付いていけない思想を持ってもいるらしい。
まぁ、そんな事もあるかもしれない。
その友人の話を聞いて、そんな風に僕は思った。けれど、ちょっとばかり気になる事もあった。その話をした頃、この国は原子力発電所を稼働させたのだ。それもプルサーマル方式という通常の原発よりも遥かに危険なやつを、よりにもよって隣のちょっと何をするか分からない国との緊張状態が悪化したというタイミングで。
その原子力発電所は、その緊張状態が高まっている国から比較的狙い易い位置にあるから、これは本当に真剣に国防を考えているのなら有り得ない行為だ。精度の上がったミサイルでなら、原発を狙い撃ちにできる可能性はかなり高いし、航空機を乗っ取って墜落させても駄目。いや、そんな事をせずとも直接特殊部隊に攻めさせれば占拠だって容易にされてしまう危険性がある。何しろ、その原発はまったくの無防備な状態で稼働しているのだから。
これ、別に専門的な知識なんて少しも知らなくても直感的に危険だと分かる話だ。原発を推進したいのはNPKGが核兵器を欲しがっているからだとしても、はっきり言ってリスクとリターンのバランスがおかしい。仮にそのNPKGが政権の黒幕で、裏で全ての糸を引いているのだとしたら、凄まじい馬鹿集団という事になってしまう。
ちょっと考え難くはないだろうか?
そのうちに、与党に対する内部告発が頻発するようになった。その立場を利用して、与党周辺の人々が、不正に利益を得たといった証言が相次いだのだ。NPKGに所属している国会議員達は、危険思想とも言える非常に偏った発言を繰り返しているから、もしかしたらそれに危機感を覚えた人達が懸命に抗っているのじゃないかと僕は想像をした。そして、その甲斐あって、与党は大ダメージを受けたのだ。支持率は急激に下がった。
これで強引な政権運営はできなくなる。軍国主義化も難しいだろう。
僕はそう思っていた。ところが、そんな矢先に先に説明したちょっと何をするか分からない隣国が、ミサイル発射実験を繰り返す等の暴挙に出たのだ。軍事力強化を訴える与党の支持率はぶり返し、しかもそのタイミングで与党のライバル党が勝手に自滅までした。
チャンスだと、恐らくは思ったのだろう。それから与党は国会を解散させ、選挙を開くと発表してしまった。この状態なら確かに選挙に勝てそうだ。もちろんこれは偶然だろう。呆れた強運振りだ。
しかし、僕の友人はどうやらそれを強運だとは考えていないようだった。NPKGが、高度な策略を成功させたと信じているようなのだ。
「恐らく、量的緩和政策を野放しているのも策略の一つだぜ」
友人はそうも言った。
量的緩和政策は、先に説明した通りいつ爆発するか分からない危険な爆弾だ。爆発したら、経済は大ダメージを受ける。だから、本来ならそれをどうソフトランディングさせるかを説明するのは政権与党の義務とすら言えるのだ。ところが、選挙をすると決めても与党はそれに一切触れようとしない。
無責任過ぎる。
もしも国民の経済知識レベルがもっと高かったなら、それだけで支持率を大きくさげているはずだ。
「どういう事だよ?」
と僕が尋ねると、友人は滔々とこう説明してきた。
「NPKGは量的緩和政策が大失敗して爆発する前に、憲法を変えるつもりなんだよ。そして、新憲法には緊急事態条項が織り込まれている。それを使えば……」
与党の黒幕のNPKGは憲法改正を大きな目標としている組織だと言われている。そして、それによってこの国を軍国主義に変えるつもりだとも。憲法に新たに制定するつもりでいる緊急事態条項は、独裁政権すらも可能にするものだから、量的緩和政策が爆発してもメディアをコントロールしていくらでも誤魔化せる。ネットが発達した今という時代でもそれが可能である点は、近くにある大国によって既に証明されてしまっている。そしてそれが可能なら……
「人間ってのはな、貧乏になると戦争意欲が高まる生き物なんだよ。戦争したら、却って貧乏になるケースの方が多いのに。それは世界の歴史を観れば明らかだ。まぁ、動物の本能なんだろうぜ。で、多分、NPKGはそれを利用しようとしているんだ」
それから友人はそう説明した。
つまり、彼は量的緩和政策の失敗は、戦争をする為に意図的に行ったものだと言っているのだ。
僕はそれを聞いて考え過ぎだとそう思った。
何故なら、それだとNPKGが国防上の重大な弱点になる原子力発電所を野放しにしている理由の説明が付かないからだ。
本当に、裏で操っている存在なんているのだろうか?
僕はそれすらも疑っていた。
本当は誰も大きな絵なんて描いていなくて、原発利権に拘る連中や、経済政策を理解していない連中やなんかが、それぞれ利己的に行動して悪い方向に転がり、結果としてこんな事態になってしまっているだけじゃないのか?
先にも同じ事を書いたけど、そうじゃなければ、この国を裏で操っている人間達はよほどの馬鹿という事になってしまう。
一体、原発を狙われたなら、どうするつもりでいるんだ?
いや、原発なんてそもそも関係ない。近代兵器の破壊力は凄まじい。かつて手塚治虫などの表現者達は、進み過ぎた科学技術によって人類が絶滅する危険性を訴えたが、今は本当にそんな時代になってしまった。
もしも、NPKGが懸念されている通りの大きな戦争を始めてしまったなら、どこか先進国との全面戦争は避けられないだろう。そうなったら国ごと亡びる可能性だってある。嘘だと思うのなら、自分で調べてみると良い。実際にそれだけの破壊力を近代兵器は有している。
つまり、もしこの国を、いや、人間の文明を存続させたいと思ったのなら、大規模な戦争は徹底的に避けるよう立ち回らなくてはいけないんだ。
もしも、悪魔と呼ぶべきものがいるのなら、それが一番今のこの社会の状況を説明するのに楽かもしれない。
その悪魔が、僕らを破滅の道へと導こうとしているんだ……
実際、よく分からないですねわ。