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予報は放射能の雨

 タイムマシンが発明されたのは西暦3021年。

 そして現在は、西暦2017年。

 タイムマシンが発明される1000年ほど過去だ。

 けど、西暦3021年が未来だなんて、もう誰にも言えない。タイムマシンが発明された、それは未来のことでありながら、過去のことでもあるからだ。


 オレは高校へ行く用意をしていた。

 いつもの食卓に、いつもの家族。サラリーマンの父はもう出勤している。大学生の姉はまだ、半分眠ったままパンを齧っていて、キッチンには、食器を洗う母の後姿があった。

 いろいろ問題がない訳じゃないが、どちらかと言えば、オレの家族は仲が良い方と言っていいだろう。週末には家族全員で外食するというのがオレが生まれる前からの決まりで、それは今も、オレが高校生になった今も、続いている。

 薄っぺらいカバンを椅子に置いて、オレはテレビのチャンネルを天気予報に変えた。

 テレビの中で、どこかの大学生だというお天気キャスターが、明るい笑顔で、舌を縺れさせながら原稿を読んでいた。

「……の降水確率は午前中は20%、午後からは80%です。昨日からキューバ危機に多少の揺らぎが観測されています。現在のところJ・F・ケネディとフルシチョフはどちらも生存が確認されており、キューバ危機は回避されるものと予測されています。午前中に歴史改変が起こる可能性は低く、午後に放射能混じりの雨になる確率は10%、あ、今、15%に上がりました。

 外出の際にはくれぐれも、傘とガイガーカウンターをお忘れにならないよう、ご注意下さい」

 オレはチャンネルを元に戻し、「じゃあ行くよ」と母の背中に声を掛けた。

 モゴモゴと何か言いながら、姉が小さく手を振る。

「いってらっしゃい。傘を忘れないでね」

 母の声が、キッチンからオレを追う。

「うん」

 革靴に防水スプレーをかけて、オレは傘を手に、アパートを出た。

 頭の軽いお天気キャスターにわざわざ言われるまでもない。ガイガーカウンター機能のついていないスマホなんて、今や骨董品だ。

 いや、とオレは思い直す。

 この記憶自体が、既に間違っているのかも知れない、と。


 現在は揺らいでいる。

 確かなものなんて何ひとつない。

 いろんなヤツらが、過激派やあらゆる国の諜報機関が、自分たちに都合が良いように過去を改変しようと、いろんな時代のいろんな場所で、こうしている今も暗躍している。過去が書き換えられれば、オレたちの記憶も書き換えられる。もしかすると今朝までは、オレに姉はいなかったのかも知れない。

 週末に家族で食事に行ったのも、実は先週が初めてだったのかも知れない。

 でも、それを確かめる方法なんてない。


 いつもの時間。

 いつもの待ち合わせ場所。

 そこで、彼女は待っていた。

 いつものように、分厚い鞄を両手で提げて。オレの好きな綺麗な長い黒髪は、校則に従って三つ編みにして、コンタクトは怖いと言って、縁が厚めの明るい色の眼鏡をかけている。

「おはよう」

 と、控えめに彼女が言う。

「おはよう」

 と、オレも返す。

 躊躇いがちに、彼女が左手を差し出す。彼女の想いが、オレには手に取るように判った。何故なら、オレの胸にも同じ想いがあったから。彼女に近づきながら、オレは、小さなその手を……。

 少し、視界が歪んだ気がした。

 ほんの一瞬。

 ふと、思った。

 今、オレは。今、あたしは。


 彼女がオレを見る。オレも彼女を見返す。同じことを考えていたという確信が、彼女の大きな、少し青味を帯びた瞳の中にもあった。

「今、あたし、消えてた?」

「オレも……、消えてた、か?」

 雨が落ちて来た。

 オレのガラケーが鳴る。ベートーヴェンの運命。

 放射能の雨だ。

 彼女が空を見上げる。校則に従って短く切り揃えた黒髪が、セーラー服の上で揺れる。

「予報、外れたね」

「予報は外れるもんだよ」

 オレが開いた傘に、彼女は当たり前の様に入って来て、腕を絡ませた。

 彼女のスマホも鳴っていた。彼女がガイガーカウンターにアサインした音楽。とても古い、テンポのいいアニメソングだ。

「学校、ちゃんとあるのかな」

「多分ね」

 オレらの記憶があるということは、学校は間違いなく、ずっとそこに、昨日はなかったかも知れないが、今はまだそこに、存在しているはずだ。

 でも、そんなことはどうでも良かった。ここにいる彼女が、彼女の温もりだけは確かな現実だと、オレは信じて……。


 くすくすと彼女が笑う。

「何を考えていたの?」

 あたしは答える。食べてしまいたいほど愛おしい彼女を見下ろして。

「大したことじゃないわ」

 そう。大したことじゃない。

 今、あたしたちはここにいる。大事なのはそれだけだ。

 抜けるような青空の下、あたしたちはしっかりと手を繋いで、辿り着けるかどうかも確かじゃない学校へ、ううん、不確かな未来へと向って歩き始めた。

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