ロボット、和む。
短編が好きです。
流行らないかなあ。
『ロボット、和む。』
【未来の世界をこの手で】
ある時、私の原点は少年の頃の出会いにあると気がついた。
その頃の私はどこにでもいる内気でおとなしい少年であった。
特に特徴がないのが特徴で成績は中の中、五段階評価では全ての教科で三、
マラソンの順位は210人中105位、クラスのリレー選手には選ばれた事は無い、
漫画が大好きで勉強は大嫌い、偏差値は50、信号の黄色、団子の真ん中、平均オブ平均、そんな少年の中の一人であった。
将来についての希望は特になく、公立の学校に入って、そこそこの大学を出て、サラリーマンになって、平均的な給料を貰って、結婚適齢期で美人でも不細工でもない奥さんを貰って、父親似と母親似の子供が2人生まれて、定年退職して、平均寿命で死ぬのだろうとぼんやりと考えていた。
しかし、実際の未来はそんなに簡単ではなかった。
何の事はない、本気で生きようとしなければ生きて行けない事に気がついただけの事だ。
今の仕事に就く時、ずっとつまらないと思っていた自分の人生の中で生まれて初めて運命的なものを感じた。
平均だらけの少年時代に唯一と言って良いほど必死になった、夢中になったものがロボット。なのである。
人生の師とも言える先生が理想とした人間とロボットがともに生きる世界、その世界を現実のものとする第一歩を私が踏み出そうというのだ。
しかし運命を感じたからと言って全てがドラマティックに展開して行く訳も無く、夢中だったからと言って机上の空論だけでロボットの製作が出来る訳も無く、技術的にも社会的にも金銭的にも問題は山と積まれ、その高さは富士山よりもマッキンリーよりもコジオスコよりもヴィンソンマシフよりも高かったが、エベレストよりは低かろうと自分を慰めた。
私はまず、周りを説得する事から始めなければならなかった。なにしろこの企画を聞いた人々の反応は一様に困惑するだけの表情を浮かべて私を変人扱いするのが常で、社内にも社外にも理解者はただの一人もいなかったのである。
ある日の事、都内某所にあるモデルケースに選ばれた普通の家庭に荷物が送られて来た。
「かあちゃん、この箱何?食べ物?」
「ああ、それロボットらしいよ。詳しく知らないけど使ってみて欲しいって。」
「ロボット?すげえ!」
そう言って少年はビリビリと乱暴に箱を開け、ビニールを破いた。
「何これ?ホントにロボットかよ」
箱から取り出したそれは少年が想像したような合体変形したり空を飛んだりビームを出したり必殺技を放ったりするようなロボットとは全く異なっていた。
大きさは人間の赤ちゃんより少し大きく重さは4、5kgぐらい、手足らしき突起物はあるが指や関節は見当たらない。頭とおぼしきあたりに目と口らしき穴が三つあり、額の当たりにしわがあって少し緊張しているようにも見える。
スイッチも何も無く、ペールオレンジの肌は抱いていると柔らかく、なんだか暖かみを感じる。
「なんだか気味が悪いわねえ。何かの役に立つのかしら」
そう言って母親は説明書らしき紙を乱暴に破られた箱から拾い上げた。
「慣れてくると話をしたり、一緒に歌をうたったりしますだって。」
「なーんだ、つまんねーの。」
そう言って少年が頭を軽くたたくと、ロボットの額のしわはより深くなり、
ガン泣きする一秒前の表情になった。
「あっ!?ゴメン、泣かない泣かないよお。」
あわてて少年が赤子をあやすように抱き上げた。
ロボットは泣く事は無かったが、少し震えながら少年にしがみつき、うーうーと言葉を発した。
「なんかコイツかわいいかも。」
これ以後、少年はこの不思議なロボットを非常にかわいがった。
ロボットは結局はっきりとした言葉を発する事は無かったが、何事かを少年に話しかけ、ともに歌をうたうなどとても仲良くなって行った。
母親は乱暴で粗雑な少年が少しでも落ち着いてくれたらと思い、何も言わず見守る事にしたが、ロボットが歌う調子の外れた歌を聞いていると少年の将来が少し心配だった。
私がこのロボットを作りたいと言った時、誰も良い顔はしなかった事は、ある意味当然の事と言えたが、試作品のビジュアルを見せた時は、もはや私は頭がおかしくなったのかとさえ言われた。
こんな不気味なものが売れるはずが無い。それが大半の意見だった。
しかし私には勝算があった。
人間は心の所在を求める時、五感の内の最低二つのカテゴリーがつながれば例えそれが不完全でも勝手にそれを補間して心があるものと認識する。
即ち、不完全な方が都合がいいのである。
今回制作するロボットは、肌触りと声(触覚と聴覚)の二つを持っているがどちらも不完全なもので声に至ってはまともな会話もできない。
泣きそうな声を出すと(泣いてしまう)という自分の経験から、泣くはずの無いロボットの行動を補間してとっさに泣かすまいと行動してしまうのである。
こうして知らず知らずのうちにロボットに行動の一部を習慣づけられてしまうのである。
都内某所、別のモデルケースの家庭では、ロボットを相手に少年がしきりに自慢話をしていた。
少年の家は裕福ではあったが両親は共働きなうえに留守がちで一人っ子の彼はさらに一人だった。両親としては子供に寂しい思いをさせていることに慚愧の念に耐えなかった。それ故、金銭的に余裕があった事も手伝って、少年がほしがるものは何でも買い与えた。しかしながらこの種の裕福さは少年と周りの友人との間に溝を作る理由には十分だった。
自慢話ばかりをする彼を周りの人間は疎ましく思っていたが、友人とのつながりが薄い彼にとって自分のする話題の何が人を不愉快にさせるのかが分からなかったのだ。しかし、忙しいけど話を聞いてあげている、本当は聞くのがいやだから会話を打ち切りたいといった相手の態度が感じ取れない、いわゆる(空気が読めない)ワケではなかった。話したいけど話せない、少年にとって人との会話はジレンマだった。
暖かい縁側で、聞いているのか聞いていないのか、言葉がわかっているのかわかっていないのか分からない飼い猫に向かって上司の悪口を延々と述べる哀愁漂うサラリーマンは相手が話のできない猫だと分かっているから悪口を言える。
少年にとってロボットはそれと同様に、相手の事を考えなくていい楽で楽しい話し相手だったのだ。
少年はロボットを相手に昼夜を忘れて一方的に話まくった。たまった鬱憤を一気に晴らすかのように、たまった不満を一気に洗い流すかのように。何せ相手は嫌な顔一つせずにいくらでも話を聞いてくれるのだ。空気を読まないで話し続けても良いのだ。
やがて少年は自分の為に空気を読む事をやめた。
都内某所、別のモデルケースの家庭。
そこでは一人の少女が、送られて来たロボットを周りに置かれたたくさんのぬいぐるみや人形とともにかいがいしく世話を焼いていた。きれい好きな彼女はロボットが来てからというものそれを飾る事に余念がなかった。
何しろロボットはぬいぐるみや人形とは違い、刺激に対してのリアクションが豊富にあり、少女の目にはそれらがいちいち可愛らしく写るのだった。
「あら?またロボットと一緒にお風呂に入るの?」
「うん。すこし汚れたみたいだから洗うの。とってもかわいいのよ湯船に入れると気持ちいいみたいでにこにこ笑うし!自分じゃなにも出来ないから私がやってあげないといけないの。」
「そう…ママは帰りが遅いから戸締まりお願いね。…パパは何時帰ってくるか分からないから夕飯も食べてね。」
「わかったわ。いってらっしゃいママ。」
母親は大事そうに抱きかかえたロボットをあやすように、やさしく歌を歌いながら浴室へと歩く娘の後ろ姿を見送った。
心の奥底では幼いながらも母性を見せる娘に頼もしさを感じながらも一方で、その性は自分の苦労もいとわずにダメな人間にこそ発揮してしまう業を予感させた。母親は自分のような失敗を娘に繰り返して欲しくないと願うばかりであった。
都内某所、別のモデルケースの家庭。
メガネの少年は帰宅を急いでいた。今日は学校が終わってから塾でテストを受ける予定だったがこんな大ニュースを聞いてしまってはそれどころではないのだ。
きっと後で母親に叱られるだろうし、父親にもまた心配をかけてしまう。普段から勉強に関しても生活態度の関しても口うるさく言われているし、自分でもどうにかしないといけないとは思いつつも、どうしたら良いのか考えている最中にいつも寝てしまうのだ。成績は落ちる一方で、先生に怒られる回数もかなり増えてしまった。勉強も運動も出来ない、つまらない、本当につまらない人生だと思っていた。少年の未来は大きな不安と真っ暗な暗雲しか残されていなかった。
しかし、ここへ来ての大ニュース、である。まさに暗雲から一筋の光明がさしたように思えた。いや、これは光が射すどころではない、ボクの未来は快晴になるのだ。日本晴れで天晴れだ。
ずっと、ずっと未来の話だと思っていた。まさかこんな日が自分の生きているうちに来るなんて、知らないうちにこんなにも時代が進んでいたのだと思った。
あの青い猫型ロボットがついに発売されるのだ。
しかもそれが今日、モニター商品として家に来るのだ。
これが全国的いや、世界的大ニュースでなくてなんであろうか!
友達みんなに自慢しよう、あの道具もあの道具も使ってみたい、どきどきわくわくするような冒険の数々も待っているに違いない、…大好きなあの娘のお風呂も覗けるかもしれない、このつまらない人生を変えてくれるかもしれない!
少年は期待と希望に胸躍らせながら、喜び勇んで玄関に飛び込み階段を駆け上がって自分の部屋へ転がり込んだ。
…?
?
?
確かに、青い猫がいる。
なうー。
青っぽい毛色に多少の違和感はあるもののそれ以外は普通の猫に見える。
なうー。
青い猫は人懐っこい丸い瞳で少年を見つめて足下へすり寄って来た。
この期に及んでも少年はこの猫がロボットだとは認識していなかった。きっと突然机の引き出しから飛び出して来たり、がらりと押し入れの襖を開けて挨拶したりするものと期待していた。いや、心のどこかで分かっていたのかもしれないが単に事実を受け止められずにいたのだ。
こちこちと時が流れるにつれて、現実に追いつめられて行った少年は足下の青い猫を抱き上げ、恐る恐る前足の肉球をむにむにと確かめる。確かに気持ちいいのだが、丸くはない。続いてお腹にポケットがついていないか念入りにさすってみる。確かにぽわぽわと気持ちいいのだがポケットらしきものはついていない。重さを確かめたが五十歩百歩、いや千歩ゆずってみても129.3kgは明らかに無い。どこまで確かめてみても猫は猫だった。
なうー。
メガネの少年は天を仰いで膝から崩れ落ちた。
脱力感…
挫折感…
敗北感…
ボカンボカン。
心の障壁が木っ端みじんに破壊され崩れ落ちるのを何の抵抗も無くただ見ている事だけしか出来ない自分に猛烈に腹が立った。
こんな事が許されるはずが無い。つまらない人生を変えてくれるはずだったのに、こんなわさびでものぶ代でもない声でなうーと鳴く猫が未来の世界の猫型ロボットのはずが無いのだ。
こみ上げてくる怒りと共に、この猫の為に塾のテストをサボった事を急に思い出して、昨日までと同じような劣等感に苛まれる変わらない人生を送る事になる恐怖を思い出した。
なうー。
少年の心の中で様々な感情の波が渦巻いて、ぶつかり合い、砕けていった。
なうー。
…しかし、腕の中で青い猫がなうーと鳴くにつれて、先ほどまで嵐の海のように高ぶっていた感情が、まるで潮が引くようにすーっと引いて完全に凪になっていった。
なうーん?。(変わらなくてもいいじゃない?)
なうー。(君はそれでいいんだよ)
青い猫はそう言っていた。
少年は窓の外に見えるぽかりと浮かんだ白い雲をぼんやりと眺め、ひとつため息をつき、横にあった座布団を半分に折り畳み枕代わりにしてゴロンと横になった。そうして目を半分閉じて風が薄緑のカーテンを静かに揺らす音や小鳥が電線にとまっておしゃべりしている声を聞いていると、テストの事も成績の事も学校の事も両親の事も友達の事もどうでもよくなってきた。
そうだよ。
猫の言う通りだ。
ちょっとぐらいテストで悪い点を取って何が悪いんだ。
世間はこんなにも平和でのんびりしているじゃないか、無理に変わる必要は無い、ボクものんびり生きて行けば良いじゃないか。昨日までの不安に包まれた気持ちがウソのようだ。
これはきっとこの青い猫のおかげかもしれないなあ…
この日より、ごく普通の人生を送っていたメガネの少年は転がり落ちるようにダメ人間への道を歩き始めるのだった。
苦難の末にようやくできあがったロボット達から各家庭のモニター結果が送られてくる頃には企画を提出してから十年が経過していた。
「部長、どのロボットの結果も予想以上です!これは商品化できますよ!」
「当然だ、我々の努力の結晶だからな。みんなよくやってくれた。あともう一息だ。」
私は非常に満足だった。これでF先生が描いた理想郷を創る事が出来るのだから。
「あのう部長、ひとつ聞いても良いですか?」
今年入った新入社員の一人が資料を片手に私に話しかけてきた。
「このロボット達はいったいどういう目的で造られたのですか?」
「君はF先生の本を読んだ事がないのかね」
今時の若者は見識が狭すぎて世間の常識も学ばないとは非常識にも程がある。
「各家庭に行った我が社のロボットは子供達を知らず知らずのうちに教育するのだよ。即ち、音痴のガキ大将や自慢好きのイヤミな少年、世話好きお風呂好きの少女、何をやってもダメな少年。
そう。あの世界の少年達を作り出すのだ。」
「…作り出すとどうなるのです?」
「未来からネコ型ロボットがやってくるのさ。」
オチ…なのか?
追い詰められていたのか。




