脇役ですが、ひとりぼっちです。
「おはよー。」
「おう、おはよう。」
月曜日。
僕は何時もの様に学校に登校した。
「いやー、俺今日寝不足でさー。」
「うん、僕も三時くらいまで実況動画見てた。」
サンドイッチをもしゃもしゃ食べる友達と、ありきたりな会話をする。
「ところでさ、あの話聞いた?」
「どの話さ。」
サンドイッチの最後の一欠けらを口に入れてから、友達は口を開く。
「うまい。」
「だろうね。それでどんな話?」
もぐもぐと咀嚼してからごくりと飲み込み、再び友達が口を開いた。
「土曜日に龍雅が三条さんに告ったらしいよ。」
「マジでか。どうなったの?」
「そりゃOKに決まってるだろ。」
「だよねー、付き合う前から無駄に仲良かったし。」
通りで教室内が騒がしいと思った。
なるほど、そういうだったのか。正直すでに付き合っているものだと思っていたから驚きも無い。
足利龍雅と三条稲子。この高校で一番のカップリングとして有名な二人である。
足利はサッカー部主将。三条は弓道部主将。二人そろって才色兼備。
学校の誰もが羨む、恋愛漫画顔負けの両人百点満点のカップルと言えるだろう。
「お、噂をすれば。」
友達が首を伸ばして教室の前方を見た。
僕もつられて振り返る。
件の二人が教室に入って来た。
「だから、間違えただけって言ったでしょう?」
「味見しなかったのかよ!?あんなに味のしない味噌汁初めて食べたぞ!」
「ご両親が二人で旅行に行ってるから朝飯作ってくれって言ったのは貴方でしょう?」
「いや、それはホントにありがたいと思ってるけど、無塩の味噌汁とは関係ないだろうが!」
「こ、これから勉強していくわよ…。」
「そうしてくれ。…全く、将来のお嫁さんがこんなんじゃ、ちょっと心配だよ…。」
「だから、勉強するって言ったじゃない。…………およめさん。」
「…どうしたんだ?顔が赤いぞ?」
「な、なんでもないわよ!ほら、もうHR始まるわよ!!」
「なんなんだよ…。」
「…朝っぱらからお熱いことで。」
「全くだねー。」
余りに仲睦まじい様子を見て、友達と二人して苦笑する。
クラスの連中も生暖かい目を二人に向けている。
隣の席同士なので、座ってからも話を続ける二人は、その視線に気づかない様だ。
「皆おはよう!今日も元気に頑張ろー!!」
「おはよーイグっちゃん!!」
「おはようございまーす!」
担任の井口青江先生が入室してきた。
大きな声に満面の笑顔で挨拶する先生に、友達と僕がそれに返す。
それに遅れて教室の皆もまちまちに挨拶した。これが何時もの光景だ。
「じゃあHR始めようか!号令ー!」
「きりーつ。」
委員長が号令を出して、クラスメイト達が立ち上がる。
「気をつけー。れーい。」
『お願いしまーす!』
「はい、着席ー。出席取るねー。」
先生が目線だけで教室内を確認する。
そして目線がドア側の一番後ろの席に止まり、怪訝そうな表情をした。
「あれ、今日は伯耆が休みか。珍しいな。」
「風邪らしいっすよ。」
「そうか、伯耆が欠席…と。もう居ないね。」
出席簿をパタンと閉じ、クラスを再度見渡した後、先生は口を開いた。
「さて、明後日はいよいよ文化祭だけど、準備は滞りなく進んでいるかな?」
「全然よゆーでーす。」
「今日の五、六時間目の準備とか必要ないくらいですね。」
「おー、それは良かった。先生忙しくてあんまりクラスの方見れてなかったから、安心したよ。」
笑顔でそう言った先生は、パンと軽く手を叩いた。
「じゃ、朝のHR終わり!号令!」
「きりーつ!」
委員長の号令でクラスメイト達が立ち上がる。
「気を付けー!れーい!」
『ありがとうございましたー!』
「じゃあ一時限目頑張れよー。」
「うーい!」
「一時間目なんだっけ?」
「生物基礎だべ。」
軽く手を振ってから、先生が教室から出ようと、扉に手をかけた。
その瞬間。
「……え?」
景色が一変した。
具体的には、黒とも白ともとれない不思議な色が渦巻く不可思議な空間に、僕たちは立っていた。
「え、何?」
「ここ何処?」
「キャアァァッッ!!…何!何なの!?」
悲鳴と戸惑いの声が空間に響く。
「お、落ち着け皆!とりあえず一か所に集まるんだ!!」
足利が大きな声で呼びかけると、少しだけ落ち着きを取り戻したクラスメイトは彼のもとに集まっていく。
「お、おい、龍雅。これ一体なんなんだよ…!」
「わからない…。先生、何か知りませんか?」
「知るわけないだろ!」
三十路に片足突っ込んだ立派な大人である先生も、今のこの事態に戸惑っているらしい。
そもそもこんな状況普通は無いだろうし、大人とか子どもとか関係ないか。
「とりあえず、誰が居るか、誰が居ないかを確認しましょう。」
「稲…そうだな。先生出席簿の出番ですよ!」
「分かった。じゃあ名前を呼んだやつはこっちの方に移動してくれ。」
落ち着いた様子の三条が提案すると、先生が頷いてから出席簿を開いて、名前の順でクラスメイトの名前を呼んでいく。
僕らから見て右側の方に次々とクラスメイト達が移動していく。
「松永!」
「はーい。」
僕の名前が呼ばれたので、返事を返す。
あ、どうも、僕松永って言います。
「三好!」
「うーい。」
友達の名前が呼ばれ、友達が返事を返す。
あ、さっきから友達って言ってた奴は三好って言います。
「しかし、一体何なんだここ?」
「あれだろ、異世界に召喚されるんじゃね。中坊の時にこの手のネット小説よく読んでたわ。」
「あーなるほどね。」
「あくまで予測だぞ。」
「わかってるって。」
鼻をほじりながら話す三好に苦笑しながら、件の異世界召喚というものを考えてみる。
僕もハマっていた時期が少しだけあったから、興味がないこともないけど…。
「流石にありえないんじゃないかな。」
「いやー、でも今のこの状況がありえないからなー。」
「ああ、確かに。」
この状況が、もしカミサマみたいな存在に仕組まれたものなのなら。そう考えると、少しだけ興奮してきた。
「もし異世界召喚ならさ、どんなところに出るかな?」
「出るって…、そりゃまぁ勇者として召喚されるとか、誰もいない山奥に放り出されるとか。」
「うげぇ、山奥は嫌だなぁ…。」
「最悪、治安の悪いところに出ちゃって、奴隷狩りに会って、全員もれなく奴隷になったりしてな。」
「うわぁ!なんてこと言うんだよ!!」
「はは、予想だよ予想。」
悪そうに笑う三好を見て呆れながらも、確かに異世界ならそういう事もあるかもと考えてしまう。
「よし、全員いるな!」
「ここにいるのは9組の人間だけの様ですね。」
「あぁ、…くそ、一体どうしてこんなことに…。」
「こう言う時に先生が落ち込んでしまっては皆不安になってしまいます。」
「三条…。こんな時も、君は冷静だな。何時ものことながら、感心するよ…。」
「仮にも弓道部主将ですので。…少しは驚いていますけど。」
三条は常時ポーカーフェイスを保っていることでも有名だ。
こんな事態に遭遇しているのに、顔色一つ変えていない。
そんなことを考えていると、
「え?」
また、景色が変わった。
どうやら何処かの森に飛ばされたらしい。
特に手入れされている様子もない木々が乱雑に並び、足元には枯れた葉や腐葉土が積もっており、もこもこしている。
「びっくりしたー。結構いきなり飛ばされるんだな。」
突然のことに戸惑う。
キョロキョロと辺りを見渡してみると、とあることに気づいた。
「…あれ?皆は?」
周りに誰もいない。
少しだけ思考が止まるが、次の瞬間に脳が急回転しだした。
「え、マジで?僕一人?…いやいや、どうすんだこの状況。普通に死ねる状況じゃん。」
恐怖と焦りが脳を支配する。
飛ばされる前は楽観的な考えをしていたが、いざ飛ばされてみると不安で仕方がない。
魔物がいる世界だったりしたらどうしよう?
地球の何処かだとしても、この森はどこの森だ?
枯れ葉が沢山落ちてるってことはバイオーム的には夏緑樹林?
日本なら良いけど、日本に近いロシアとか中国もあり得るよな?
北朝鮮って可能性もあるぞオイ!!
「に、荷物は…。」
所持品は身に纏っている制服一式とスマホ、財布。生徒手帳にハンカチーフ。
うちの学校は上靴がサンダルで、このもこもこの地面ではすこぶる歩きづらい。
もし何かしらに襲われたら逃げ延びることは出来るのか?
いやいや、無理だろ。僕50m走9秒台だぜ!?
「さいっあくだぁぁッ!!」
思わず頭を抱えて天を仰ぐ。
外敵に察知されるのを危惧して出来るだけ小声で叫んだ。
「せめて鞄があれば!食料とか入ってるのに!」
朝コンビニで買ったカロリーメイティーとブルーブル。
口が寂しいの嫌いな人だから、ガムとか飴も新品のが一袋づつ入ってたんだ!
ハサミとか、体育のあと身体拭くためのボディシートとかも結構重要だろ!
「そうだスマホ!」
取りあえず、スマホを見て日付や時間の確認をしなければ!
「0時0分…。1月1日…。」
神よ、何故私を見捨てたのですか…ッ!!
電波の表示は圏外。時刻表示は0:00。カレンダーを見ると今日はどうやら1月1日らしい。
そんなわけが無い。こんなの使い物にならない。
「…とりあえず移動するか。」
ポケットにスマホを突っ込み、手短にあった太い枝を拾って簡易的な武器にする。
枯れ葉と腐葉土を足で払って手ごろなサイズの小石をいくつか拾ってスマホを入れたのとは別のポケットに入れる。いわゆる石つぶてっていう投擲武器だ。
「太陽は…ほぼ真上だから、真昼間ってところか。」
恒星のサイクルが地球と同様なら、日没までまだ余裕がある。
目標は…とりあえず登れそうな大きい木を探して、森の全貌を確認する事。
なんとか出れそうなら脱出を試みて、絶望的なほど森が広ければ、その日その日で飯と寝床を見つけて徐々に移動していく。
「…よし!」
脱出出来るか、サバイバルになるかは僕の運にかかってる。
両頬を叩き、気合いを入れてから、一歩踏み出した。