第五話 牢屋の中の会話は臭い
一方、未だ牢屋の中でぐだぐだしている僕とハッチは、暇を持て余してかお互いの事を話したり、雑談したり、コミュニケーションを深めていたんだ。
正直、牢屋の中で男同士が仲良く会話してると気持ち悪いんだが、この世界は知り合いもいないし、言葉も通じない。同郷がいるから今のところ表面上は平静でいられるのかもしれないな。
余談になるんだけど、牢屋の中ってめっちゃ臭い。
まずトイレがすぐそばにあって蓋もしてないし、もちろん水洗じゃないから、最初牢屋に入った時は、その匂いに泣きそうになったよ。ちなみに、洋式の形をしてるぞ。
でも人間の鼻って慣れるもんなんだな、もう意外となんともない。
誰かがトイレを使わない限りはな!
「時間軸……」
「え?」
ハッチが唐突に単語を発言した。もともとちょっとネジが外れかかってる人だから、いちいち発言に気しないようにしてるけど、二人でいる時に単語のみ呟かれてもな。
「元の世界とさー、ここの時間軸とか色々が同じかどうかわかんないけどぉ、今頃俺達の国ってどうなってるんだろな?やっぱ非能力者たちに支配されたり、全員虐殺されたりしてんのかなー」
「え、あぁ、そういえば、ここに飛ばされてから、現状打破しなくちゃいけない事ばかりで改めて思い起こす事はしなかったっすね」
ハッチは藁を集めてもっこりとさせた所に横たわりながら話していた。まるでソファにもたれかかっているような佇まいだ。僕の方は、なんか落ち着かないから体育座りだ。
「まー、全滅って事はねーよなー、俺達以外にもここに飛ばされた奴いるかもしれねーしさー。それに他の能力者であの状況から逃げる手段がある奴らも相当いただろうー」
「そうっすね、瞬間移動とか、完全バリアとか、不死身とか、色々いるはずですからね」
「本当にひどいよなー、俺達はただ普通に暮らしたかっただけなのになー」
僕たちは、正直非能力者に対して、差別観はない。そして世界や人類に対しても支配欲求なんかもなかった。いや、実のところ本当にそうだったかというのは、僕にはわからない。能力者の国の上層部は、そうじゃなかったかもしれないし、能力を使って所謂世界征服なんかを目論んでいたかもしれない。
「さて、ハッチさん。この状況どうしましょうか?いつまでも雑談してるわけにもいかないですし、もしかしたらヒカリちゃんは女の子なのでひどい目にあってるかもしれませんよ?」
「あー、そうだなー。でもヒカリに関しては大丈夫だろぉ?あの娘は腐っても能力者だぜぇ?状態変化できるって言ってたじゃーん、かなり珍しい能力の上に臨機応変よーきっと」
「それも、そうですねぇ……、でも」
この現状を脱したいという気持ちが僕にあったから、何か良い策はないかと相談しようと思った時、そういえばさっきのハッチが呼んだドラゴン、たしかフェイロンで脱出すればいいじゃん!って思い返した。
「ねぇ、ハッチさん。フェイロンをまた呼んで、ヒカリちゃんを助けて飛んで逃げるってどうでしょう?」
「あー、ファイロンは今呼べないんだよねー」
「へ?そ、そうなんですか……。どうしてですか?」
「それは……、ヒ・ミ・ツ」
ハッチは人さし指を立てて、口の近くにやり、一言一言発声するたびにその指を動かし、ウィンクをするという、あのアイドルとかがやったり、漫画とかで見たりする「ヒ・ミ・ツ (ハート)」の仕草をした。う、ウゼぇぇぇ……。かわいい女の子がやれば見栄えがするってのにこの男がするとウザさが際立つぞ。
ま、おそらく能力の制限行為のひとつか何かなんだろう。ハッチのような万能で大きい能力を持つ奴は、能力の使用にそれ相応の制限がかかる場合があるらしい。
制限事項はモロ弱点になるから、隠すのは当たり前だ。ちなみに、僕の能力に制限はなかったりするんだ、なかなかの質だろう?
いま心を読んでみれば、その秘密ってのがわかるんだが、本人が隠している事をわざわざ暴くほど僕の性格は曲がってない。
「ひ、秘密ですか。まぁ、色々ありますもんね」
「まあねえ。あ、ところで少年はさー、これからどうしたい?この世界、この現状で、どう生きて行こうと考えてるー?」
「え、何ですか突然」
言われて考えてみれば、今僕らは行き当たりばったりで、深く考えて行動しているわけではないし、第一に目標がない。正直、元の世界へ戻るっていうのが目標だと思うだけど、その可能性ははっきり言って0に近いと思う。
確かにハッチの言う通り、まずは当面の目標ってのを定めなければいけないな。
「ここに来る前さー、拠点を探して腰を据えて考えようと思ったけどー、今この牢屋の藁のソファで考えるっていうのも、なんかなかなかオツじゃなーい?」
いや、オツじゃないですよ、それは……。と言いたくなるが、藁にもたれかかり足を組んでカッコつけるハッチに突っ込む勇気はない。
そうだな、当面の目標は身の安全、そして食料の確保、それから言語の習得かな、言葉がわからなければ、絶対不便だ。あと、出来ればこの世界の住人と良い関係を保ちたい。またあの時の悲劇を繰り返すような、そんな関係になりたくはないし。
そんな事を考えて、当面の目標を伝えようとハッチを見ると。
「俺さー!決めちゃったよー目標。この世界を見て周るぜぇ。とにかくいろんな所にいきてぇなぁ。んで、いろんな体験をしてー、なんかこの世界の絶世の美女とかと恋に落ちたりしてさあ、そのせいで恋敵なんかつくっちゃってぇ、そいつと死闘を演じるさー。奴もかなり手ごわくてだなあ?俺の無敵とも言える召喚能力と互角の戦いをするわけ。そして、いつのまにか友情とも言える関係が作られるんだなあ、そしてよぉ、っておい、聞いているのかあ?」
「あ、い、いえ、ちょっと途中から頭痛がしまして、あと、めまいとか」
「それはいけないぞ、少年ー。大丈夫かあ?」
ハッチが話している最中に心を読んでみたが、話している事に嘘は無かった。
なおさら、ハッチという人間性がよくわからなくなり「あ、はい」と空返事をておいた。
「少年にはー、この未知の世界を探索する俺のパートナーになってくれよお?俺は結構適当なところがあるからさー、戦いで例えたら突っ込んでしまう将軍タイプよ?少年はそれを抑えてくれる軍師的な立ち位置で俺を補佐してくれえ」
「ぐ、軍師ですか……はあ」
ハッチの考えは完全に中二臭い、僕は半目になりながら受け流す事にした。
「ところで、ハッチさんはおいくつなんですか?僕よりは年上だと思うんですが」
「ん、おー。歳かー、忘れちゃったなあ、ふはは」
それも秘密ですか、なかなか秘密主義なんだなと思いつつ、これくらいの事は心を読んでもいいよなと思い、能力を発動する。
――そういえば、マジで何歳だったかなあ、50歳くらいまでは覚えてるんだがあ――
は?
50歳ってまじかよ。
心で思ってる事に嘘はないはずだ。
50歳以上だというのが本当だとしても、かなり見た目が若いんだが、これも何か能力に関係しているのだろうか……。
「歳を忘れるって、なかなかないですよ、ハッチさん」
「まあなー、でも俺さー、戦争参加してるんだよ、非能力者とのさー、それでおかしくなったみだいだなあ、頭の中」
あぁ、なるほど。
昔にあったと言う能力者と非能力者の争いの事かな。戦争とまでは聞いていなかったけど、きっとそれに近い事があったんだろうな。
それにしても、ハッチは見た目よりも大分年上なんだな。
そして、僕は何となく物思いにふけっていると、いつの間にかハッチは藁のソファにいなく、トイレに座っていた。
恥ずかしがるわけでもなく、盛大な音を牢屋中に響き渡らせ、満足した顔をするハッチなのであった。
臭いよ……。