第二話 召喚能力は凄い
現状を整理しようじゃないか。
右も左も後ろも前も見渡す限りの砂漠なんだが、これからまずはどこを目指して進めばいいのかって感じだ。
空を見上げると太陽のような星が二つある。
なるほど元の世界とはまったく違う世界だ、もしかしたら一日という概念もあるかどうか微妙だと思ってしまう。
さて、これからどうするんだろうとハッチの方を見てみると、何やらジーンズについた土埃をほろいながら難しい顔をしている。「太陽が二つあんじゃーん」とでも思っているんだろうか。
心を読んでしまおうかと思ったが、こんなつまらない事で能力を使うのはナンセンスだ。
この能力は普段はあまり多用しない方がいい、人の心っていうのは本当に不安定で、今思っていた事がつい5分後には心変わりしている事なんてざらだし、こんなところで!?と思ってしまう場面で変な事を考えている事だってザラだ。
変な事って?
あぁ、例えば10代の健全な男子が妄想してしまうような事とか、ちょっと腐った心をもった乙女が思っている事とかを普通の奴が普通に考えてたり妄想してたりするわけだ。
そんな人間として知られたくない部分を覗くってのは、はっきり言って最低な行為だし、正直どうでもいいことであって知らなくてもいい事だ。
ハッチはゴルフプレイヤーが風の強さや方向を確かめるように、人さし指を舐めた。はっきり言って誰かに見られている事を意識しながらの行動だろ、本当に行動がわざとらしいというか、映画の登場人物にでもなったかのような振る舞いだ。
いや、別にハッチを馬鹿にしているわけじゃないぞ?何をするにもカッコつけたがるような奴がいるじゃないか、そういう人には心の中で突っ込んでしまうだろ、そういう事だ。
「あの、ハッチさん。これから私達はどうすればいいのでしょうか?」
我慢できなくなったのか、不安げにヒカリが問い詰める。
「まずはー、拠点探しってところだろうなあ。腰を据えてこれからの事を考えなければならないしー。その為には街なりアジトなり、居住できる場所を探さなきゃなあ」
「あ、アジト……。響きがカッコイイっすね」
「おうよー少年ー、それじゃまずは俺の能力を使って、広域捜索とするぞー」
そう言うと、ハッチは何やらぶつぶつと呪文のような祈りのようなものを唱え始める。
ハッチの能力は召喚とか言っていたが、早速お披露目と言ったところかな。
「天と地の境界に誘われし者、その翼その牙その身体、今ここに姿を現せ!飞龙!」
か、かっけぇぇ!なんだよ今の召喚呪文的な詠唱は、こういうRPG的能力は初めて見るんだが、少年心をくすぐられるな。
そんな事を考えていると、ハッチの頭上に突然大きな空飛ぶ生き物が現れた。
そう、まさしくドラゴンである。
完全なドラゴンの姿形をして、その大きな翼で僕たちの前をホバリングしている。僕たちを攻撃するわけでもなく佇んでいるわけであるが、あまりにもスケールの大きさに僕含め、ヒカリちゃんもびびってすごい顔を引き攣らせている。
品定めをするようにドラゴンはギロっと僕たちを見つめたもんだから、ヒカリちゃんは恐怖の余り隣にいた完全に頼りにならない僕の腕にしがみついた。
「ヒッ!あ、あのあの、ハ、ハ、ハ、ハッチさん?これは一体?」
ヒカリちゃんが僕の腕にしがみつきながらそう言うと、ハッチは平然とした顔つきでこちらを見やる。
――初めて見る人間はー、まぁ驚いちまうだろうなあ――
にやっと笑みを浮かべたハッチは、そう心でつぶやいた。
ヒカリちゃんが心配しているんだから、ニヤニヤしながらそんな事思ってないで、ちゃんと説明してやれよな、と思いながら、ふとドラゴンに僕の能力が効くのか試してみたくなった。
――ほう、ここはアースではないようじゃな、八の奴今度は何に巻き込まれたんじゃ?――
読めた!人間じゃなくても心を読む事ができたぞ。これはすごい発見だぜ。言葉は外国人の心を読んだ時と同じイメージだな。気持ちが直に脳に入ってくる感じだ。
ドラゴン語もあるんだろうか。【気持ち】としてここまで鮮明に入ってくると言う事は、ドラゴンはかなりの高等生物っていう事になるな。感情が明確にある生き物って事だ。
ちなみに犬や猫に能力を使った時は、まったく心を読めなかった。それはどういう理屈なのかわからないが、おそらく高度な脳の処理と感情を持ちあわせた生物にしか僕の能力は通じないという制限があるのかもしれない。
昔ある能力者で犬や猫、動物の言葉がわかるっていう能力者がいたが僕の能力とは少し制約が違うのではないか。
テレパシーを使って僕の方から直接このドラゴンに話しかけてみたい。
僕の方から意思を伝える能力もドラゴンに使えるかどうか気になったんだが、正直ドラゴンと純粋に話してみたいという気持ちの方が強い。
「あの、ハッチさん。これはドラゴンに見えるんですけど、これを召喚したのがハッチさんの能力なんですかね?」
試したい事はあったが、とりあえずは情報収集の方が先だ。
もしドラゴンが普通に話せて、僕の能力がバレるっていう事も考えられるし。
「そおー、これが俺の能力【召喚】だあ!ドラゴンっていうか、名前はフェイロンっていうぞー」
「そ、そうですか。フェイロンとハッチさんはお話とかできるんですか?いや、むしろドラゴンはしゃべれるんですかね?」
ドラゴンとの意思疎通について、好奇心に襲われた僕は前のめりで質問をしたせいか、少しハッチは面を喰らいながらも「いや、言葉はわかんねぇがー、お互い以心伝心って奴よー」と胸を叩いてから、フェイロンの首筋あたりをポンポンと軽く触れた。
話してみたい!が、ここはとりあえず落ち着こう。
いきなり状況をややこしくしたくないしな。まずはハッチの指示に従って状況を整理しよう。
「じゃあ、このフェイロンに乗ってー、街を探すぞー。……さあ、乗れ乗れー」
ホバリングしていたフェイロンが地面に着地した後、ハッチがまるで馬にでもまたがるように軽快にフェイロンの背に飛び乗り、僕たちも後に続くように促してくる。
僕たちはおっかなびっくりフェイロンの背中に乗ろうと近づくと、フェイロンは乗りやすくしてくれるかのごとく、身体を低くしこちらをチラっと見て鼻息を飛ばす。
――儂を初めて見る人間は皆同じようなものよ、怖がらせるつもりはないんだがの――
「だ、大丈夫だよヒカリちゃん。僕の勘が言ってるんだけど、このフェイロンはとても優しいドラゴンだと思う。さ、手伝ってあげるから先に乗って」
「あ、ごめんなさい。ありがとう」
僕だってレディーファーストくらいできるわけだ。
それに少し状況が見え始めてから改めて思うんだが、ヒカリちゃんは凄く可愛いじゃないか。主に胸のあたりが……なんだ?その、わかるよな。
果物に例えるならばメロンとまではいかないが、そうだな、リンゴだな、それもかなり大きめな。いや、いや、リンゴを思い浮かべたらすごくすごく硬そうなイメージがあるが、それは間違いだと断言しておこう。
おっと!これ以上説明すると、僕の評価が確実に下がってしまうのでこれまでにするが、ヒカリちゃんは可愛い。もしこの場に僕とハッチしかいなかったら、絶対テンションが落ちてたと思う。
「まずはどっちに向かおうかなー」
ハッチはフェイロンの首を撫でながら、進む方向を考えている、フェイロンは翼を大きく羽ばたかせて上昇し始める。
フェイロンの背中の上での順番は、ハッチ・ヒカリちゃん・僕という感じなんだけど、フェイロンが空中に浮かび出したのでその振動や乗り心地にヒカリちゃんは凄く怖がっている。無我夢中で目の前の人物にしがみついて目を閉じている。
その目の前の人物って奴がハッチなんだけどな?
レディーファーストをした結果、ヒカリちゃんがぎゅっとしがみついているのは、この僕ではなくて、ハッチの背中だ。
なんてことだ!
きっと今ハッチの背中にはヒカリちゃんの柔らかいマシュマロのようなナニの感触が伝わっているんだろう?ねぇ、ハッチ!伝わってるんでしょ?心読んじゃうよ?
――怖い!怖い!怖い!怖いよー!――
ヒカリちゃんの心の声を読んでしまった。ああ、ハッチ。純粋にヒカリちゃんが怖がっているんだけど、君はどうなんだい?やましい心でしてやったりと思っているに違いないんだろうけど、読んじゃっていいかな?
「おー、ヒカリー。そんなに捕まらなくていいよお、フェイロンに乗ったらフェイロンの魔法によって絶対に落ちないようになってるからー」
「え!あ!そうなんですか?ご、ごめんなさい」
ハッチ……。どういう事だ、そんなすぐに種明かししなければ、もう少し堪能できたんだろう?ハッチ……。決めたぜ?読んじゃうぜ?
――んー、なんだかさっきから少年が俺を凄い形相で睨んでくるなあ――
ハッチは天然なんだろうか。
しかし、フェイロンの位置取りには確実に失敗してしまったぜ。次からは先に乗って手を差し伸べてあげて乗せてあげるとか、そういう優しさでいこう。
フェイロンがグングンと上空に向かって上昇する。
そして、かなりの勢いで前進する。
――わぁ、意外と楽しいかもしれない!コレ!――
最初は怖がっていたヒカリちゃんだが、慣れてきたのか非常に楽しそうである。あれか?女子高生がジェットコースター的なノリで騒いだり心躍らせたりする感じの奴か?
斯く言う僕も意外とこのフェイロンというドラゴンの乗り心地に感動していた。特に激しい揺れがあるわけでもないし、結構スピードが出ているかと思うのだが、その風はまるで颯爽と自転車を漕いでいるくらいにしか感じない。
ハッチはフェイロンの背中あたりをさすったり、方向を示すように指をさしたりして街を探している。
ふとフェイロンの背中から周りを眺めていると、やはり地球のようにこの星は丸いようだった。
地球のそれと違って、青く綺麗ではなく。(と言っても直接見た事はないんだけどね)青だったり、赤だったり、黒だったり、灰色だったり、緑だったり、なんというか様々な色がある景色だった。
「おー、なんかあの辺に街っぽいのあるぞお」
「え、マジですか?どこどこ?」
「あ、見えました。なんだか街というか村みたいな感じですね~」
しばらくフェイロンで飛んでいると、森林を伐採し開拓したような地域に、小さな集落のような村を発見した。
「よーし、早速向かっちゃおうぜえ?」
ハッチは村を発見するや否やフェイロンを村の方向に向かわせようとした。
ちょっと待てよ、この世界がどんな世界なのかもわからないのに、いきなりこんなデカイ空飛ぶ生き物で登場!とかやったら、絶対怪しまれるよ!
「ハッチさん! この世界の人々がこのフェイロンを見て驚くかもしれませんよ?いきなり警戒されて今後いろいろとやりづらくなったら困りませんか?」
ハッチに果たして僕の正論が通じるかどうかは、まだ付き合いが短いのでまったくわからなかったけど、言わないで後悔するより言って後悔する方が100倍ましだぜって事。
僕の発言にハッチは「あ~~、それもそうだよねぇ~」と意外と素直に耳を傾けてくれた。
そんなハッチの行動を見てヒカリちゃんは――ハッチさんって強引な人だと思ったけど全然素直で常識ある人だ!――とか考えてるど、むしろ素直とか常識あるとか、そういうんじゃなくてハッチはおそらく只の頭が弱い人なんじゃないかと、いや頭の弱いとはちょっと言い過ぎたかな、あまり賢くない人なのではないかと僕は思った。
「ねえ~少年~、じゃあどうすればいいのお?」
「えーっと気付かれない所、例えば3~4キロくらい離れたところで一旦降りて、そこから歩いて向かいませんか?」
――えー歩くのダルイなあ――
と、確実に思っている顔をしたハッチだったが(ちなみに心は読んでない)、少年の勘は効くという話だから従うとするよと、了承してくれた。
やっぱり勘が効くっていう能力にしておくのは、本当に都合がいいぜ。
そうして僕らは目的の村から少し離れた場所で降下しフェイロンとの空の旅を終えた。正直ドラゴンに乗るなんてことは信じられない体験だ。ハッチの能力「召喚」って一体どういうものなんだろう、今まで聞いた事も見た事もない能力だったから、『俺の能力は召喚だぜ!』とか言いだした時には何かのカモフラージュか、頭弱い子ちゃんかと思った。
でも(ハッチが言うにはフェイロンだが)ドラゴンは架空の生き物だ……、いや実際に召喚されたと言う事は架空の生き物ではなくて本当にドラゴンは存在しているのだろうか、それとも存在しないものでも召喚できてしまうのだろうか、例えば、人魚とか女神とか天使とかサキュバスとかインキュバスとか、おっと、なんだ?そんな顔して、僕に何か言いたい事でもあるのか?
「ねぇ、どうしたの?急にぼーっとして……。それにちょっと顔が赤いですよ?」
「い、いや、なんでもないよ!早く行こう!」
ヒカリちゃんは心配そうに僕を気遣ってくれたが、僕の能力が仮にヒカリちゃんにあったとしたら、もう本当にアウトだな。テレパシーは女の子が身につけてはいけない能力だぜ、まったくもう。
意外とフェイロンとの空の旅が楽しかったので、僕たち三人は初対面にも関わらず結構打ち解けあっているようなそんな気がする。
それと言うのももう一つの理由としては、ハッチという人間の周りを安心させるような、それとも呆れさせるような、ほんわかさせてくれるような、そんな人柄のせいによるものでもあるかもしれない。
正直ハッチは僕の能力を何度使って何度心を読んだとしても、「いい人」だった。
なんとなく抜けている部分はあるのだけれどもね……。
僕らはてくてくてくてくと、まさにトホホの徒歩で森の中を目的の村まで歩いていた。
途中、モンスターとか凶暴な肉食獣とかの出現を心配したのだが、特にそんな気配はない。異世界っていうんだからモンスターとか会ってみたい気がしたんだけどね。ドラゴン、モンスター、魔法、剣、とかわくわくするほどRPGじゃないか!?
でも結局、特にそう言ったイベントに遭遇するわけでもなく、村が見える所まで進んだ。
「おおー、村が見えてきたよお、第一村人とかいないかなあ」
「というか人っているんですかね、ここがどんな世界かまったくわからないのに、怖くないんですか?」
「うんうん、私もそう思ってました。だって村で暮らしているのが人ではなく、恐ろしい怪物だったり……、あっ!どうしましょう?かわいい獣人とかだったら? ううん、異世界というよりもここはどこか宇宙の星で宇宙人みたいのがいたらどうしましょう!?」
なんかヒカリちゃんの素を初めて見れたような気がする。
笑顔になったり、泣きそうになったり、驚いた顔をしたり、すごく表情豊かにおしゃべりする娘なんだなぁって改めて思った。
実際ちょくちょく心を読んでたんだけど、かなり色んな事を考えていたのに実際に話す時には堅い敬語で少ししか話してくれなかったから、まだ警戒しているのかなとは思っていたんだけどね。
「あー、まあ結局さー、前に進まなきゃ前に進めないんだよお、だから怖いなんて言ってられないでしょお?」
何を言ってるかさっぱりわからなかったが、とにかくハッチにはどうでもいい事のようだ。
村に近づくと主に木でできた申し訳なさそうな頼りない小さな門があって、そこに門番のような人物が立っている。
さあ、この世界の所謂知能をもつ高等生物との初対面だ!と意気込んで一歩進んだその時。
「きゃっ!」
僕らの足元にどこからか放たれた矢が何本もささった。
周りを見るに近くの木々の上から、弓を構えてこちらを睨んでいる複数人の人物がいた。
そして、門の近くにいた門番が動き出し僕らの方に近づいてくる。
服装は中世西洋ファンタジーを思わせる低級な革の鎧のようなものをきた門番でいかにも異世界を感じる事ができたが、顔立ちは普通の人間になんら変わりはなかった。
僕たちが息をのむと、ほんの数メートルのところで門番が立ち止まった。
「 K½×¼רmr ¹_ר_¹J!y C‾¼U {ס § y! G³!!」
え。
あ、そうか、言葉が理解できるって確証なんてどこにもなかったんだ。