第一話 僕の能力は弱い
はっきり言って僕の特殊能力は弱い。
手で触れなくても何かを飛ばせるようなサイコキネシスでもないし、どこにでも瞬時に移動できる瞬間移動でもない。ばつぐんの危険回避が可能な予知能力でもないし、相手の能力を無効化するようなキャンセル能力でもない……。
ちなみに、僕が最強だと思っている能力は時を操る能力だ。時を止めたり、過去に戻ったり未来に行ったり、本当に最強な能力じゃないか?
だけど僕は違った。
僕の能力はテレパシーだ。どうだ?微妙だろ?いざ戦いにおいては、まったく役に立たない。でもまぁ僕は僕なりにこの能力の事を気に入っているけどね。
テレパシーの基本的な能力は相手の考えている事がわかるってやつだ。脳に直接伝わってくるようなイメージで……、そうだな範囲は頑張ったら半径10mくらいにいる人の考えがわかる。
小さい時は色んな人の内面がたくさん伝わってきて、本当に混乱してどうにかなってしまいそうだった。ただ、自分の能力に慣れてきた今となっては、必要な時に必要なだけ相手の考えている事を「読む」という風に能力をコントロールできている。
あと、自分の思っている事を口に出さずに相手に伝える事もできるっちゃ出来る。だけど、ほとんど使わないけどね。
僕の顔は自他共に認めるフツメンだ、いやたまにフツメン以上と評される時もある。
中の上って感じだろうな。(もちろんテレパシーで僕の容姿については色んな人から調査済みだ)僕の事を好意に思ってくれてる人にアプローチすれば恋人にだってなれるし、危険な考えを持っている人には近づかない。
なかなか良い危険回避方法だと思わないか?
護身術か合気道か知らないけど昔の達人が言ってなかったっけ?最強の護身術というのは喧嘩に遭遇しない事とかなんとか。
ところで、世の中に僕のような能力者が出てきたのは、遡ってもほんの50年ほど前かららしい。僕は17歳だから比較的中間世代って感じだろうか。
能力者についての研究はまだまだなようで、どのくらい能力者についての歴史があるかっていうのは実際のところわからない。でも能力者の存在が確実に明らかになったのは50年前だそうだ。
その当時は、能力者もしくは非能力者の暴走、革命、テロ、色々な事件や事故が多発していたらしい。能力者と非能力者の共存を訴える組織や能力者を弾圧する組織、国単位で能力者に対する対応が色々と別れ大変な混乱時期だと聞いた。
そして丁度僕が生まれる3年前くらいに、なんだか色々紆余曲折あったらしいけど能力者の国ってのができたんだ。
そこは能力者のみが生活し、能力者自身が国を運営する。そして一人一人はそのパーソナルデータと各能力の詳細を登録されるんだが、この情報は非能力者と接する時に平和的交流の為に必須なのだとか。
能力者は突然変異で急に能力を開花する事もあるし、非能力者の両親から能力者が生まれる事もある。能力者かどうかはDNAの構造でわかるらしく、人は生まれたらすぐにDNA検査をし能力者の場合は、能力が発現していなくても能力者の国に送られる。僕も生まれてすぐに能力者の国に送られて、本当の両親は知らない。
ちなみに僕は非能力者と接した事がほとんどない。基本的に能力者たちは自分たちで全てを完結できてしまう為、非能力者たちと交流はしない、例えば貿易とかもね。
衣食住、あとは娯楽だな、全てにおいて能力で完結してしまうんだ。例えば、元々この能力者の国の場所は、どこの国の領域でもない海だったんだが、とある能力者が海底を隆起させ島を作ってしまったらしい。結局のところなんでもありなんだよね。
能力者たちに共通している事は、みんなかなりの平和主義者が多いってことだ。多いってだけで全員が全員平和主義者ではないと言われているけどね。でも例えば、指から弾丸のような殺傷能力がある波動を飛ばすような危険な能力者でさえ、それを人を傷つける為や犯罪行為に使用するような事は見た事がない。
だから非能力者と能力者はうまくこの世界で共存していけると信じられていたんだ。
能力者の国には一年に一回、国民全体で祝う祭りのようなイベントがあった。独立記念日的なやつだ。能力者の国が出来るまで、非能力者に差別され迫害を受け命を奪われた者も少なくない。
それを乗り越え平和な国を作れた日を祝う祭りだ。
「おい、今年は非能力者のデカイ国の大統領が20周年の祝辞を述べるらしい」
デカイ国ってどこだよ……、アメリカの事か?
無駄に情報が曖昧な奴は、それほど仲がいいわけではない友達の一人だ。
「へぇ、この国に来るのか?」
「いや、3D映像プロジェクターらしい」
地獄耳のこいつの話によれば、祭りの運営関係の人から盗み聞きしたらしい。
たいした能力だな。
祭りは例年と変わらぬ雰囲気で始まり、大きな広場には屋台が出店し食べ物のいい匂いがした。
屋台の食べ物ってのは不衛生だと聞くけど、外で食べ歩きをするのは最高なんだよな?
若い人たちはデートの口実となるイベントだし、独立当時を知る人たちにとっては、特別な思いがあるのだろうか、ここぞとばかりにハメを外して騒ぎ楽しんでる人もいれば、静かに家で過ごしているような人たちもいた。
メイン会場で何か動きがありそうだ。
運営側のスタッフから適当な紹介があり、20周年の祝辞があるという旨が伝わる。
会場に設けられた特設ステージでは、あいつが言っていたプロジェクターから光が出現し人物の映像を映しだした。
なるほど、デカイ国の大統領だ。
「ごほん! あー、能力者のみなさん本日は誠におめでとうございます。我々非能力者代表としてわたくしが一言ご挨拶を申し上げます」
僕たちはそれぞれ、その祝辞をプロジェクターの目の前で聞いていたり、遊びに夢中で聞いていなかったり、はたまたトイレの最中だったり、家でテレビの映像で眺めていたりと様々だった。
「さて、20周年の節目となり私はある決断をさせて頂きました」
大統領の声が急に静かに、低くそしてゆっくりとした口調に変わった。
「何か嫌な予感がする」
大統領は目を閉じそして続けた。
「我々、非能力者はあなた達能力者を世の中から排除する事にしました」
――突然世界が白色に包まれる
非能力者達は僕たちの国に爆弾を落としたのだ。
どのくらいの規模の爆弾かはわからないが、凄まじい光と轟音が鳴り響く。
最初から非能力者と能力者は共存できなかった。最初からこうするのが目的で能力者たちのみが住む国が作られたのだった。
「くそおおおおおおおおおおおお! このままじゃやべぇぇぇ!」
そいつはそう叫ぶと右手をこちらに向けて伸ばし、何かをするように構えた。
伸ばした右手の先の空間が歪んだように見えた次の瞬間、僕の目の前に砂漠が広がっていた。
正直何がなんだかわからない間に、僕は砂漠にいた。
確か祭りの最中に白い光に包まれて、右手をかざした男が空間を歪めたところまでは、はっきりと覚えているのだが。
「よお。えーっと少年ー、大丈夫か?」
突然僕に話しかけてきた男は、30代前半くらいの【おっさん】と言うのはちょっと若く、【お兄さん】と言うには老けている男だった。
髪はかなり短髪で……というか坊主に近い。
髭を軽く生やしていて、イメージ的には、そう有名な歌舞伎俳優のような感じだ。服は白と黒の細かいボーダーポロシャツに良い感じで古く見えるジーンズ、なかなかのさわやか兄さんという感じだ。
そして、話しかけられた瞬間、防衛本能で能力を使ってしまった。
――とりあえず、こいつも【飛ばされた奴】っぽいなあ――
脳裏に伝わってきた言葉で、僕は【飛ばされた奴】であり、この男も【飛ばされた奴】っぽい事がわかった。そして、おそらく僕に危害を加えるような事はしないだろう事も。
「ああ、すみません。ちょっと何がなんだかわからなくて、身体もあちこち痛いですし」
「そうだろうなあ、でも、俺達は生きてるみたいだぞー」
「あの、何があったんですか?」
ふんわりとしたしゃべり方をする男は少し俯き何かを思い詰めた顔をした。
――おそらくここは亜空間、いや異空間かあ、もしくは異次元、異世界かあ――
思わず瞬間的に能力を使ってしまったが、もし僕の立場だったらそうするだろう?そしてどういうわけか亜空間だの異世界だの意味のわからない事を考えているようだが、言葉として僕に伝えていないところを見ると精神的には正常か、自分でも信じられていない状況なのか、なんて事を想像する。
テレパシーで伝わった意思が、基本的にしっかりした言語となっていて意味が通じる場合、嘘はないし、精神異常などで混乱している事はない。
もし異常があれば、それは言語として認識できないノイズのような感じで脳に伝わる。
「とりあえず、ここがどこかはわからない。ただー、元居た場所ではないと言う事は確かだあ。そして、俺達以外にもそういう奴があ……」
男が見やった10mくらい先に、もう一人倒れている人物がいた。
「ほらっ、まずはあそこにいる奴も無事かどうか確かめないとお」
僕らは倒れている人に近づいた、ある程度近づくとそれは女の子だと気付いた。高校生くらいだろうか。制服などを着ていたらわかるんだけど、普段着だったのでよくわからない。
男はそっと肩あたりを叩いて意識の確認をする。
「う、ぅぅ」
――良かったあ、生きているみたいだ――
男の思考をまた読んでしまった。
その後、しばらくすると女の子は目を覚ました。
女の子は黒髪ロングで少し目が細く垂れ目ではあるが、全体的には整った顔をしていて、正直誰が見ても【かわいい】部類に入るだろう。
それから僕たち3人は初対面の中、緊張しつつも自己紹介をしたり、さっきまで祭りの会場にいて大統領の変な祝辞から突然気づいたらここにいたっていう共通の状況の確認をした。
やっぱりみんな、同じ所にいて同じ体験をして、ここにいるようだ。
「ところで、差し支えない範囲でいいんだがあ、君たちの能力を教えてくれないかー?」
そう言ったのは茫然としていた僕に話しかけてくれた坊主の男の人だ。彼の名前は「坂本 八」と言っていた。なかなか変わった名前だなと思ったが「俺の事は【ハッチ】とでも呼んでくれえ!」といきなりあだ名で呼ばされそうになった。たぶん呼ぶ時は【さん】付かな。だってかなり年上っぽいし。
女の子の方は「美空ヒカリ」ちゃんって名前。ヒカリちゃんって呼ぼうかなと勝手に思っているんだけど、この子かなーり人見知りっぽい。なかなかしゃべってくれるのに時間がかかった。
知らない所でいきなり男二人に質問攻めされたりすれば当たり前で、心の中では終始、怖い・ここどこ・これからどうなるの・この人達は誰、など不安ばっかりが読みとれた。
「ちなみに俺の能力は召喚だー」
ハッチはドーン!という効果音が聞こえてくる位に、親指を自分に立てながら言った。
能力ってあまり人に平気で言うと、結構リスクがあるんだよなと思って心を読んでみると、嘘は言ってないっぽい。ちょっと頭が足りないのかそれともよほど自信があるかのどっちかだなこの人は……。
「えっと、僕の能力はですね、なんというか……、第六感が、勘が凄く冴えているっていう感じです」
とりあえず、嘘をついておくにこしたことはない。
「ほー、勘が冴えてるっていうのは危険察知が出来るってことかー?」
「えぇ、まぁそれに近いです、ちょっとパッシブ的すぎて具体的に上手く表現できないんですよ」
「パッシブねぇ……。自分では意図的に能力を使ったり制御したりできないってことかー」
まぁそんなところです、と言いながら僕の能力については深く追求してもらわないような雰囲気を作ってみた。結局のところこの能力は全部明かしてしまうと本当に人間関係が崩れてしまうんだ。
正直に言って得した事なんて今まで生きてきて無かった。小学校、中学校の時は友達が一人も居なかったし、高校の時はかなりイジメられた。それからというものは、「勘」がいいっていう能力にしている。
例えば、良くない事を考えた奴がいたとする。逃げたい時に、僕と一緒に友達がいたらこう言うんだ。
「僕の勘が言ってる、あの人から離れないと良くない事が起こる」
僕の能力を「勘」が効くっていう事にとどめておけば、リスク回避をしつつ人間関係を壊さないで構築する事ができる。
今までの半生、結構大変だったんだぜ?
「んで、ヒカリはどんな能力なんだー?まぁ言えたらでいいんだがなあ」
ちょっと悩んだ顔をして、――まぁ別に言っても問題ないよね――と警戒しながらも彼女は言った。
「わたしの能力は、身体が固体・液体・気体の3種類に変化させることができます」
おお、かなりレア能力じゃないか、確か身体の状態を変化させる能力者は本当に一握りしかいなかった気がする。まぁ僕らにでも公表されている情報でしかないから、実際のところはどうなのかわからないのだが。
「そうか、なかなか面白れぇ能力だなー。そう言う事で、しばらく俺達一緒に行動することになると思うんだがよろしくなあ」
ハッチはリーダーシップを取っているようだが、こういう人がいないと世の中回っていけないようにできているわけで、僕は素直に従う事にしよう。しかもハッチは、ここがどこかぼんやりとわかっているような事を思ってたから。異世界がどうのとか。
ヒカリちゃんも特に異論はないようだけど、突然僕の方に身体の向きを変えると。
「えっと、君の勘はどうですか?これからどうしたらいいとか、どうなるかとか!」
僕の能力を頼って聞いているわけだが、あいにく僕にそんな能力がないのではっきり言ってわからん。ただ、この二人の思っている事を読んでも負の感情や悪意なんてものは微塵も感じないし、この「ハッチ」という男は何やらしゃべり方はぼーっとして頼りなさそうであるが、漂う大物感は絶対本物だって僕の勘が言っている!あ、僕の能力は勘じゃないよ?普通にそんな気がするだけ。
「いや、どうしたらいいかはわからないけど、これから3人で行動する事に悪い予感はしないよ」
とだけ言って、その場を濁した。
するとハッチが少し悲しげな顔をして、若干空を見るように話し始める。なんというか、なんぞやの漫画の主人公が黄昏ながら語るシーンそのものである。
「おそらくこの世界は、俺達がいた場所と次元が違うはず。大方お二人さんも予想はついていると思うがあ、あの祭りで集められた能力者を一斉に排除する動きがあったんだー。あの爆風のようなものがそうだなー」
――あの祭り会場だけではなく、おそらく能力者の国全て対象のような気もするがなあ――
「ええ、僕はもうこれで人生が終わりかなって思いましたよ」
「その時に俺の親友が使った能力でここに飛ばされたんだと思うー」
ハッチの話によると、彼の親友の能力は亜空間に物質を飛ばす能力らしい。その亜空間っていうのは実際どこに繋がっているのか使うたびにおなじ場所なのかなど本人でもわからない事だらけだが、同じ世界ではないどこか、というのは確かだと言う。そしてあの瞬間飛ばされた人は僕たち3人だけではなく、かなり大量の能力者が亜空間に飛ばされたと言う事だ。
同じ世界に飛ばされ位置だけ違うのか、それとも違う次元に飛ばされたのかはわからない。
「あいつの能力は、【自分以外の物を亜空間に送る】だからー、おそらくあいつはこの世界にいない。あの場所から移動できていないってことだー」
「それって……」
その言葉には二つの意味が含まれている。その親友はおそらくもうこの世にいないって事と、この次元から元の次元に戻る確実な方法がないって事だ。戻れる可能性が0になったわけではないんだけどね。
僕はその親友がおそらく死んでしまった事よりも、その能力を持っている人が今現在この世界に居ない事にショックを受けた。冷たいかな?でも実際会った事もない人がそんな事になったって聞いても、何とも思わなくないか?
それよりも僕たちはこれからどうしたらいいのか、むしろ生きていけるのかが一番の問題なんだよ。
とりあえず、僕は悲しくもない感情を悔やむかのようにどこか別の世界であろう空を見上げて呟いてみせた。
「これから僕、どうなっちゃうんだろう」