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父親の俺

楽しい話ではありません。

 



 俺には娘が二人いる。

 一人は美晴(ミハル)、もう一人は真由(マユ)という名前だ。

 どちらも俺にとっては可愛い子供だ。

 だが、二人には違いがある。

 美晴は高校時代からの恋愛を経て結婚した江美の子。

 真由は美晴を生んですぐに江美が事故で亡くなり、俺の喪失感を埋めてくれた佐世子の子。


 江美とは高校で出会い、好きになった。とても魅力的な少女だった。見た目はか細いのに、パワフルで頭は良くて、可愛くて。

 そんな江美へ告白して付き合うことになった。そのまま付き合い続け、決死の覚悟でプロポーズした彼女の返事は


「家族全員で幸せになりましょう」


 だった。結婚して1年後には妊娠し出産。美晴とつけた。

 俺と江美は美晴を可愛がった。毎日が幸せだった。

 しかしあの日。


「行ってきます! 美晴、すぐ帰って来るからね」


 美晴を置いて、笑顔で買い物に出掛けたその後江美は事故に遭い、俺や美晴に二度とその笑顔を見せることはなかった。

 俺は意気消沈した。愛しい江美が突然消えた寂しさ、幼い美晴を抱えてこの先どうしていくかを悩んでいた。

 そんなとき現れたのが佐世子だった。

 俺が江美を愛しているのを承知の上で、俺の身の回りや美晴の世話を手伝ってくれた。いつしか佐世子と関係を持つようになり、佐世子が妊娠した。

 佐世子は俺の子を妊娠している。美晴も佐世子に懐いている。佐世子に母親になって貰っても良いだろう。

 俺は迷わずにプロポーズした。


 真由が産まれた。

 佐世子は真由が未熟児で産まれたことを酷く嘆いた。精神的に脆くなり、真由には佐世子が、佐世子には俺の力が必要だった。体の弱かった真由を育てることに俺たちはひたすら力を注ぐ、そんな毎日が続いていた。

 ある日、仕事を終えて帰ってみれば、美晴が顔を真っ赤にして咳き込んでいるという。


「学校でインフルエンザが流行っているっていうから部屋にいて貰ってるの。真由を閉じ込めるわけにはいかないでしょ」


 そう言って佐世子は美晴を部屋に隔離していた。

 俺は夜間救急へ美晴を連れていき、美晴はインフルエンザの診断を受けた。

 十分な水分補給するよう言われ、内服薬の処方をしてもらい家に帰ると


「真由にうつったら大変!」


 佐世子は叫んだ。


「早くここを出ましょう! あの子は一人でも大丈夫よ。お姉ちゃんなんだしっ」


 佐世子が私を急かす。

 インフルエンザは真由には命の問題なのよ。一秒でも早く家を出ましょう、と。


「薬の飲み方教えれば、美晴は頭の良い子だからちゃんと飲めるわ。体力だってある子だし、強い子だから大丈夫よ」


 頭の良い子。強い子。

 俺は江美を思い出した。彼女は頭が良く、強い女だった。そうだ。その江美の子だ。

 真由は一人にはできないが、美晴なら大丈夫だろう。

 後から思えばバカなことなのだが、その時俺は本気でそう思ったのだ。

 俺たちは美晴を置いて家を出た。

 二~三日で帰るつもりだったが、電子レンジで調理できるものやペットボトルを一週間分置いていった。

 仕事帰りにこっそりと美晴の様子を見に行こうとしたが、佐世子からの連絡がひっきりなしで結局二日間美晴の姿を見ることはできなかった。


 二日が過ぎ、俺たちが家に戻ると、美晴は平熱になっていて咳も落ち着いていた。その姿を見てホッとした。やはり美晴は頭が良く強い子だった。信用していい子だ。

 俺たちも家に戻り、以前と同じになった…はずなのに、美晴はどこか変わった。家で顔を会わすことが少なくなった。


「思春期の女の子は色々あるのよ」


 部屋に籠る美晴を心配していると、佐世子が苦笑いする。


「パパ」


 笑顔で抱きついてくる真由は可愛い。

 美晴がこうやって抱き着いてきていたのはいつまでだったろうか。可愛い美晴はいま何をしているのだろう。





 今日は真由の誕生日。

 17か。法律では結婚もできる年齢だ。

 そういえば、美晴の17歳は、どんな風だった?

 美晴は年々江美に似てきている。17といえば、俺と付き合い始めた頃だ。美晴にもそんな相手がいたのだろうか。今はどうなのだろうか。


「もう17なんだなぁ」


 つい感慨深く口から出てしまう。


「本当、17年って早いわ」


 佐世子が笑う。真由も、祝いに来てくれた誠吾くんも笑顔だ。誠吾くんは野路家の次男坊だ。有名な大学を卒業し、起業したと聞いている。忙しいだろうに、真由のために家庭教師としてこの家に来てもらっていた。おかげで真由の成績も上がり、希望する高校に入学することができた。

 そういえば、美晴はどうしているのだろう。今は大学に通って…どこのだったか?


「あっという間にお嫁入りしそうですね」


 誠吾くんの言葉に真由が頬を染めている。どうやら真由は誠吾くんのことが好きなようだ。

 真由は俺を見ていた江美のような瞳をしている。

 真由と付き合いたいと誠吾くんが言えば、もちろん了承するつもりだ。


「ただいま」


 美晴が帰ってきた。久しぶりに見るその姿は、写真でしか見ることのできない江美そのもの、だった。

 大きくなったな、と嬉しく思う。


「誕生日おめでとう、真由。良いプレゼント用意したのよ。今日をもってわたしはこの家を出ることにしました。これが真由へのわたしからのプレゼント。これからは家族三人で…ああ、ごめんなさい。四人ですね。仲よくやっていってください」


 美晴の言葉に、驚いた。いつか家を出るとは思っていた。

 しかし、家族を捨てるかのような言い方の理由がわからない。


「待ちなさい、美晴! 出ていくとはどういうことだ?」

「言った通りです。ここにわたしの居場所はないので、これからは自活します」


 美晴は振り返りもせずに背中越しに答える。

 居場所がない? どういう意味だ?


「どうしてこの家を出ることが真由へのプレゼントになるの?」

「さっきも言ったでしょう? ここにわたしの居場所はないの。この家は全てがあなた中心。 第一、あなたみたいにわたしの誕生日パーティーをこの家でしたこと今までに有った?」


 確かに、美晴の誕生日をこの家で祝ったことはない。

 佐世子が


「年頃の女の子は複雑なの。友達が優先って結構あるのよ」


 そういうから、そういうものだとばかり思っていた。

 だが、真由を全てにおいて中心にしたつもりはない。俺にとって美晴は大事な娘だ。


「わたしはもう3ケ月前に成人していますから、これからは何とかやっていきます。大学のお金もこの先は自分で払います。成人前までの金銭面の負担は未成年の権利とさせていただきます。今までご協力ありがとうございました」

「美晴!」


 美晴を止めなければ。どこに行くのかを尋ねなければ。

 美晴の顔と目は、言葉通りに実施する決意を秘めている。

 このままでは、美晴は俺達を捨てて本当にこの家を出てしまう。


「なんでしょうか?」

「ここを出てどこへいくつもりだ?」

「教える義務はありません。今までわたしに興味の一つも持たなかったじゃないですか。あなたはわたしの小中高のクラス担任の名前、わたしのバイト先、友達の名前、ああついでに言うならわたしの部屋の色。どれか一つでも御存知ですか?」


 何も答えられなかった。俺は美晴のことを知らない。

 興味がないわけじゃなかった。大事な娘だ。ただ、真面目に過ごしていると信用していただけだ。


「わたしに今まで興味がなかったんですから、これからわたしがどこで何をしていても構わないでしょう。少なくとも、犯罪者になって迷惑をかけることはありませんので、安心してください」

「確かに君は法学部だから、犯罪者とは対極になるだろうけど」


 法学部?

 初めて聞いた。大学の進学手続きは佐世子に任せていたし、学部を聞こうにも美晴と顔を合わせる時間はほとんどなく、佐世子に聞いたら


「あの子が選んだのだから、どの学部でもしっかりやって遂げるわよ」


 笑ってそう言っていたから。帰りが遅いのも、サークル仲間と遊んでいるからだと佐世子は言っていた。

 美晴はバイトをしていたと言っていた。あの子は嘘をいう子ではない。

 恐らくは美晴の言うことが真実で―――

 ならば、俺が今まで信じていたものは一体なんなんだ?

 それに美晴が父親の私を他人のように呼ぶことがショックだった。


「とにかくご迷惑はかけませんので。わたしのことは今まで通り放っていていただければ良いだけのことです」

「そんなことできるわけないでしょう。あなたみたいな常識知らずの子供が…」

「なぜ反対されているのかわかりません。わたしはあなたの子供ではないでしょう。わたしがこの家からいなくなれば清々して喜ぶかと思ったんですが」


 美晴の言葉に唖然とした。あの子がそれを知っているはずはなかった。

 再婚する前に、佐世子と決めていたからだ。


「二人とも俺と佐世子のことして大事に育てる。江美のことは黙っていよう」


 と。なのに、なぜ?


「なんで、それを…」

「わたしがこの家族の一員ではない、ということは10年前から知っています。成人したから世間への建前で私を育てる必要はない、と言っているんです。では、お元気で」


 10年前から? そんなにも前から?

 それを知っていてここで過ごしていた美晴。

 インフルエンザに罹った後、美晴が変わったなと思ったことをふと思い出した。

 あの辺りから美晴は佐世子の子ではないことを知っていて、でも俺達は知られたことを知らなかった。

 体の弱い真由を優先し続けてきたことは、美晴にとっては『捨てられた』と思わせるに十分だったのかもしれない。

 美晴が言ったような、興味がないなんてそんなこと、あるはずがない。美晴は俺の子供、江美の忘れ形見だ。ただ、俺は美晴を頭の良い子だと、強い子だと勝手に思っていた。美晴は江美ではないのに、同一視していた。美晴はまだまだ子供だったのに、大丈夫かと、その一言さえ今まで掛けてこなかった。


 美晴は宣言通り家を出た。

 引き留める言葉など何一つなかった。

 俺は。

 大事な子供を見ているだけで、何もしてこなかった。

 大事な子供なのに話もせず、触れもせず、ただ見ていただけだった。

 俺に美晴を呼び戻す権利は何一つ無い。

 この先美晴に会うことはできるのだろうか。美晴は苦労してしまわないか。それを知る手段を俺は知らない。



「家族全員で幸せになりましょう」


 美晴は『家族』から出て行った。

 江美との約束を守れなかった―――




お読みいただき、ありがとうございました。

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