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龍神の姫巫女

作者: 睦未

     龍神の姫巫女


     1


「リンコさん、あなたもいよいよ十六歳になります。その意味は分かっていますね?」

「はい・・・ お祖母様。」


 歴史を感じさせる日本家屋。広い庭には、手入れの行き届いた木々が整然と陽射しを受け、大きな池には一匹数百万円するであろう立派な錦鯉が優雅に泳いでいる。都心からそう離れていないこの街には妙に不釣り合いな感じを受ける。その庭に面した日本間の一室から二人の声が聞こえた。

 不知火家の現当主である不知火マツコは御歳八十二歳。そしてその孫である不知火リンコの二人である。リンコは2日後に十六歳の誕生日を迎える高校一年生であり、誕生日を前に小中高、大学まで一貫性の聖アルテミス女学園に編入することになっている。セミロングの髪を淡い茶色に染め、見た目は今時の女子高生といった感じである。その二人からは似つかわしい重々しい空気が流れている。

「我が不知火家では、代々十六歳になると神代から御刀を頂く。その時より、あなたの生涯は御国の為だけのモノになります・・・ それが不知火家の宿命なのです。」

「はい、承知しております。」

 リンコは前を見据えたまま静かに答えた。


「おっはよーっ!」

 晴れ渡る爽やかな朝、登校する列に極めて元気な声が響いた。

「おっはようっ!」

 声とともにポンと肩を叩かれる。反射的に、

「おはよう。」

と、挨拶する。?見た事のない生徒だ。一緒に歩いていた友人に、

「あれ? 今の子だれ?」

と、尋ねる。するとその友人は、

「あれ? 知らないの?」

と、少し意外そうな顔をしながら言った。

「あの子、最近一年に転入してきた子だよ? 名前は不知火リンコ。いつも誰かれ構わずに声を掛けてるの。最近じゃあちょっとした有名人だよ?」

「ふーん・・・ そうなんだ。」

 鮎川ミドリは気にもとめないといった感じで答えた。


    2


「今日も元気だねぇ?」

 始業前、窓際の席で遅い朝食のサンドウィッチを食べていたリンコに声を掛けてきたのは、クラスメイトの高取メグミである。

「見てたよ? ほんとに見境無しに挨拶攻め。おもしろいなぁー。」

と、メグミはニヤニヤ笑いながら言ってくる。するとその背後から、

「一緒には歩きたくないよねぇ?」

と、小堺タカコが言ってきた。

 二人とも、リンコの転入初日、通学途中に声を掛けられ、リンコの最初の友達である。

 メグミはいつも明るく、クラスの中心的な存在である。スポーツは得意だが、勉強は今一つ、良くいる典型的な元気なコといった感じである。

 一方、タカコは眼鏡を外せない程の近眼で、少しクールな感じのインテリタイプ。実際、頭は良いらしい。物静かで、あまりメグミ以外のクラスメイトと話しているのを見た事がない。リンコに声を掛けられた時も、驚きで声がでなかった。そのかわり「バカじゃない?」という声がちらっと聞こえていた。

 メグミはといえば、リンコの声に素早く反応。まるで違和感なく「おっはよーっ!」と声を返してきた。それ程に正反対の性格の二人だが、本当に仲が良いようである。

「いやぁ、今日もいい天気だし何かいいことありそーだなって思うと、ついついやっちゃうんだよね?」

 リンコはサンドウィッチをたいらげると満足そうに笑った。

「天気なんか関係ないでしょ?」

と、タカコが突っ込む。確かに雨の日でも関係なく、リンコは元気である。


 始業のベルがなった。

「じゃ、後でね。」

 メグミとタカコが各々自分の席につく。

 扉が開き、教師が入ってきた。担任の羽山と、その後ろからもう一人見知らぬ若い男性が入ってきた。教室内が少しざわめく。

「静かにっ。」

 羽山が教室内を見回しながら言う。少し初老の入った羽山は、もの静かであるが、変に威圧感がある。教室が静かになったところで、羽山はその若い男性の紹介に入った。

「今日からこのクラスで教育実習を行う宮山京介先生です。大学卒業後はこの学園の教師になる予定だから、みんな宜しく。」

と、言って、宮山と入れ代わった。

「宮山キョウスケです。全てが初めての事なので至らないところがありましたらどんどん御指摘して下さい。宜しくお願いします。」

 宮山は言葉少な気に挨拶をした。すらりとした長身で、真面目そうな青年である。少し長めの髪が気になるが、全体的に清潔感のある雰囲気が好青年を演出している。ただ、その雰囲気の中でも、リンコが気になる物があった。


 冷たい瞳・・・ 表面には見えない殺気にも似た何か・・・


「先生は彼女いるんですか?」

「先生はどこに住んでいるんですか?」

「先生はどんな女の子が好きですか?」

 よくある質問が飛び交う。宮山は淡々とそれらに答える。

「自分で一番の長所と思っている事を一つ教えてくださーいっ!」

 ひときわ元気な声で質問したのはメグミであった。

「長所ですか・・・?」

 宮山は少し考えていたようだったが、ふと思い出したように言った。

「長所と言えるかどうか分からないけれど、私は悪が嫌いです。正義を貫くといったところでしょうか?」

 宮山は、口元に少し笑みを浮かべた。しかし、その瞳は笑ってはいない。

「!」

と、その鋭い視線がリンコに定められた。

「この人・・・」

 リンコは、この時初めてこの学園にきた意味が分かった。


 その日の授業はまるで身が入らなかった。教育実習生という事で、宮山がずっと教室にいたからである。しかも事あるごとにリンコにあの視線が向けられるのだ。本能的にその意味が分かるリンコだが、学園内で、しかも他の生徒や教師がいる前では何も出来ない。ただ気を張っている事しか出来ないのである。


 放課後。クラスメイトはそそくさと教室を出ていく。外も少し暗くなってきていた。

「ねえねえ、リンコどうしたの?なんか今日変じゃない?」

 メグミが本当に心配して話し掛けてきた。

「宮山先生の質問タイムに全然発言しなかったじゃない? おかしいよ? いつもならまっ先に行きそうなのに?」

「あぁ、そっちね?」

 リンコは席に座ったまま興味無さそうに言った。

「あの人、知り合いなの?」

 タカコが唐突に言う。リンコは驚いて、

「そっ、そんな事あるわけないじゃない? 今日初めて見た人だよ。」

と、否定した。

「あやしい・・・」

 メグミが言う。

「見知らぬ人に平気で話し掛けるリンコが、そんなリアクションをとるなんて・・・ ねぇ?」

「いいの! わたし男の人って苦手なんだからっ!」

 リンコは苦笑いで答える。するとタカコがチャチャを入れる。

「へぇ・・・ なんか意外。リンコにそんなかわいいところがあるなんて。」

「もういじめないでよ?」

 リンコは窓の外に目をやった。何気なく校庭に視線を向けると、一人の生徒が立っていた。一瞬、ドキッとした。その少女は、間違いなくリンコをみている。何か嫌な予感がする。と、突然教室の扉が開いた。そして、入ってきたのは宮山であった。

「不知火さん。ちょっと職員室まで来てくれませんか? 羽山先生が用事があるそうです。」

「えっ、わたしですか?」

 リンコは少し戸惑ったが、宮山の次の一言で素直に従った。


「もう、時間がありませんから・・・」


 口調は非常に穏やかである。が、鋭い視線は変わらない。他のメグミやタカコ、他の生徒は気付いていないようだが、その視線には妙な威圧感がある。そして、まだ教室に残っているメグミやタカコに向かって、静かな口調で、

「君達は帰りなさい。もうすぐに暗くなりますから。」

と、帰宅を促した。

「わたし達、リンコを待ってまーすっ!」

 メグミが元気よく言うが、宮山は静かに言う。

「暗くなると危険ですから、すぐに帰りなさい。」

「でも、そうならなおさらリンコを待ってます。」

 タカコが言う。

「帰りなさいっ!」

 宮山は、少しばかり強い口調で言った。そのやりとりを見ていたリンコは、

「わたしは大丈夫だから、先に帰って。もし遅くなったら先生に送ってもらうから平気だよ!」

と、二人を促した。

「そう? いいの?」

 メグミが心配そうにいう。タカコも気にしているようである。友達っていいなぁ・・・ リンコは本当にそう思った。

「なんかあったら携帯するから、心配ないよっ! 二人とも気を付けてね。」

 リンコは明るい笑顔をつくり、元気よく言った。

「じゃあ帰るけど、リンコも気を付けてね?」

「電話待ってるから。」

 二人はそう言うと、宮山に会釈だけして教室を出ていった。


    3


「二人が帰ったわよ? あとは先生達と部活動の生徒達だけよ? それでどうするの?」

 リンコが静かに言う。普段のリンコからは想像できないくらいに落ち着いた口調だ。宮山は、周囲を気にして言った。

「あなたは自分の立場が分かっていないようだが、我が主人には色々な事情があるらしい・・・ そのあたりの確認が取りたいというのだ。」

 すると、いつの間にかもう一人、教室に姿を現した。電気がついていなかったので薄暗くなった教室に突然の気配が生まれた。

「まさかこの学園に転入してくるとは思わなかったわ・・・ なにしに来たの?」

 女性の声が聞こえる。姿形は分るが、ちょうど顔部分が影になっていて良く見えない。が、リンコには分かっていた。その女性が誰であるのか。

 明かりが女性を照らし出す。今朝、リンコが声を掛けたこの学園の生徒、鮎川ミドリであった。

「不知火家本家のお嬢様がこんな所まで、こんな形で来るなんてどういうつもり?」

 ミドリは腕組をしたまま、無表情で言う。

「偶然よ、偶然。」

 リンコはひょうひょうと答える。するとミドリは薄笑いを浮かべ、

「あなたが毎朝、学生に声を掛けているは知っているわ。そうやって探してたんでしょ?」

と、言ってきた。

「別にそんなんじゃないわ。」

 半分は本当である。そのおかげで転入後わずか三日でメグミやタカコといった親友や、その他にも友達が出来たのだ。ただもう半分はミドリの言った通りである。通常では感じ取る事の出来ない独特の違和感は、リンコが身体に触れる事によって、感じる事が出来るのだ。その自分と同種の世界の人間であることを。

「で、鬼使いの鮎川さんはどうしたいの?」

 リンコは、宮山の背後にいるミドリに静かに言った。ミドリは宮山の背中越しに冷ややかに言う。

「わたしにだってやれるのに・・・ 本家の直系ということだけで仕事の邪魔をしにきて・・・ その傲慢な不知火家がどうにも腹立たしいのよ。」

 リンコは慌てて答える。

「ちょっと待ってっ! わたしは別に邪魔しにきたわけじゃないよ? なんか勘違いだよっ?」

「それに、本家といったって今の世の中じゃ、分家をまとめる事ぐらいしか出来ないし・・・ わたしだってみんな仲良く出来ればいいなって・・・ それだけだよ?」

「・・・まあ別にそんな事どうでもいいわ。これはチャンスなのよ。」

 ミドリは相変わらず冷ややかに言う。

「本家の直系はあなたで最後。不知火のばあさんなんて今や形だけの当主・・・

だからあなたを倒せば、狩人の歴史は終わる・・・ この意味、分かるわよね?」

「わたし達は、この力を自由に使う事が許され、この国、この世界の統治者になるのよっ! キョウっ!」

 ミドリが宮山の名を強く叫ぶ。すると、宮山は待ってましたとばかりに、リンコの前に出た。そして、ミドリがその背後で髪を切り、その束を宮山に吹き掛けた。髪の毛は宮山の背にかかった瞬間激しく燃えはじめ、鼻をつく異臭を伴った煙りが宮山を包み込む。

「!」

 リンコは、その煙りを吸わない様、とっさに身を翻した。しかし宮山から目を離さず、そしてその背後のミドリにも目をやる。

「ちょっと待ってっ、鮎川さんっ!」

「いやよっ!」

 宮山を包み込んでいた煙りがおさまってきた。そこには醜い怪物へと変わった宮山がいた。すらりとした身体は赤い筋肉に覆われ、二周り程巨大化している。そして、頭には三本の長い角が生え、牙の生えた口からは異臭吐き、涎を垂れ流している。鬼神である。普段はその姿を隠しているが、鬼使いの命により、現世に姿を現せるのである。

「どうやら御刀はお持ちでないようですね? ダメじゃないですか、大事な御刀を肌身から離しては・・・ ねぇお嬢様?」

 ミドリは不適な笑みを浮かべ、ちゃかす様に言う。しかしリンコは慌てる様子もなく言った。

「別に戦うのが目的じゃないもの・・・ わたしはただ・・・」

「あなたみたいに力を自分の為だけに使っている・・・ あなたみたいな鬼神の気持ちを考えない人達を助けたいだけなのっ!」

「何を訳の分からない事をっ! これはわたし達の力っ! わたしがいなければ鬼神もいないっ! 鬼神の力はわたしのモノなのよっ!」

 ミドリはそう叫ぶと、

「キョウっ、戦闘モード! 不知火の小娘を始末するのよっ!」

と、鬼神に命令した。

 鬼神と化した宮山は、その命令に従い、リンコに襲い掛かる。大きな身体が信じられないスピードでリンコに迫り、そのパワーでリンコを弾き飛ばそうとする。リンコは辛うじてその突進を避けるが、宮山はすかさずリンコに向かって散乱した机を投げ付ける。リンコはそれを避けると、

「分からないの? 鬼神を使役する主人の心が歪むと、使役される鬼神も歪み、最後には主人をも食らう鬼になっちゃうのよっ!」

と、ミドリに訴えかける。

「そんなのは本家に伝わるデマよ? そんな事あるわけないじゃない?」

 ミドリはまるで聞き入れようとしない。それでもリンコは必死に語りかけた。

「デマじゃないよっ! ホントの事だから・・・っ! っ!」

と、リンコは宮山に捕まってしまった。両腕を捕まれ身動きが捕れなくなったリンコは、それでも懸命に訴える。

「お願いだから話を聞いてっ」

 しかし、ミドリは残酷な命令を下す。

「ひねりつぶせ。」

 宮山がリンコの腕を拘束したまま、もう片方の手でリンコの頭に手を掛ける。

 

 このままでは本当に殺されてしまう・・・ わたしが死んだら、もう誰も助けられなくなっちゃう・・・


 リンコの頭にメグミとタカコの顔が浮かぶ。電話待ってるかな? もう会えないのかな? こんなのイヤだなぁ・・・


 その時、携帯の呼び出し音が教室に響いた。カバンに入れておいたリンコの携帯である。   ミドリはカバンから携帯を取り出し画面を開いた。

 メグミからである。

「高取さんからよ? 心配して掛けてきた様ね?」

 ミドリは鳴り続けている携帯電話を、そっと机の上に置いた。

「キョウ。時間がないわ。早くしなさい。」

 ミドリはそう言うと楽しそうに笑い出した。そして、

「お嬢様・・・ さようなら・・・!」

と、リンコに言い放った。


 もう、ダメかな?


 リンコが諦めかけたその時、どこからともなく突然「刀」が現れた。紅い刃を持ったその刀は、まるで狙いを定めたかのように宮山の腕に突き刺さった。

 宮山はリンコを掴んでいた腕を離し、その刀を抜いた。その傷口からは光が溢れだす。宮山は苦しんでいるようだ。

 ミドリは状況がつかめず、

「キョウっ! 何してるのっ?」

と、宮山をまくしたてる。

 その隙に宮山の腕から逃れたリンコは刀を手に取る。

「これが・・・ 御刀?」

 形は日本刀であるが、黒く光る刀身と、まるで血のように赤い刃が普通の刀ではない事を物語っている。リンコが刀を握ると、まるで自分の身体の一部のような一体感を感じさせる。

 忘れてた・・・ 今日がわたしの誕生日だった。

 今日で十六歳になったのだ。そして不知火家の証である御刀が、リンコの危機に現れたのである。

 りんこの頭の中に、刀の記憶が流れ込んでくる。この刀は現世のモノはもちろんの事、それ以外の鬼や物の怪、更には神すらをも断ち切る事が出来る。

 名を『紅龍丸震斬』という。龍神の化身である。

「フーン。あなた御刀持ってなかったんだ。まさか今日がその日だったなんてね? 少し手間がかかりそうね・・・ キョウっ!」

 ようやく落ち着いたミドリが紅龍丸を見て言った。が、宮山の様子がどうもおかしい。腕の傷が尋常でない速度で癒えていく。しかし、苦しみかたが異常なのが見て取れる。筋肉が更に膨らみ、角が更に伸びる。その変化にようやくミドリも気付き、

「キョウっ? どうしたのっ?」

と、宮山に近付く。

「待ってっ、鮎川さんっ!」

 リンコが叫ぶが、その瞬間にミドリが宙に飛んだ。宮山に弾け飛ばされたのだ。壁に叩き付けられたミドリは、何がおこったのかまるで分からないといった感じで、

「キョウっ! わたしが分からないのっ?」

と、必死に声を掛けている。

 更にミドリに襲い掛かる宮山。もはや全ての認識を失い、本能のままに破壊をくり返す鬼になってしまっている。

 リンコは動けないミドリの前に立ち塞がり、宮山の攻撃を避けながら言った。

「鬼になったの・・・ もう、あなたの知っている鬼神じゃなくなったの・・・」

「うそ・・・ なんで・・・?」

 ミドリは理解出来ない様子である。

「とにかく逃げよう。・・・わたしがオトリになるから鮎川さんはその隙に逃げてっ」

 リンコはそう言うと、自ら躍り出て宮山に向かって言った。

「あなた、まだ神様の時の記憶があるでしょうっ? 自分の主人の事を思い出してっ!」

 宮山の動きが一瞬鈍った感じがした。

「鮎川さんっ、今のうちにっ!」

 しかし、激しく壁に打ち付けられたミドリは動けないようである。リンコはミドリに言った。

「鮎川さんっ! あなたの髪をちょうだいっ! まだ間に合うかもしれないっ!」

「えっ?」

 ミドリは一瞬戸惑うが、そばに落ちていたカッターナイフで自らの髪を切った。

 宮山がそれに気付き、雄叫びを上げながらミドリに迫る。

 リンコは紅龍丸を構えなおした。もともと普段から剣術をたしなんでいるリンコではある。自然と技が出てくる。そして、それだけではない技の数々が、刀からの記憶としてリンコに流れ込んでくるのである。宮山にはそれが分かるのであろう。紅龍丸を本能的に恐れているようである。

 リンコは素早くミドリから髪を受け取ると、宮山に向かって紅龍丸を振り上げた。

「いくよーっ! 紅龍丸っ!」

 一瞬で宮山に傷が付く。傷口から光が滲み出る。怒り狂った宮山は更なる一撃を加えようと暴れるが、なかなかリンコに致命傷を与える事が出来ず、かなりイライラしているようだ。すると何を思ったか、宮山はリンコに背を向けた。

「?」

 リンコは不意に足を止め、宮山の動きに警戒している。ただがむしゃらに暴れる相手なら正直そちらの方がやりやすい。しかし、今の宮山のように、何かをしようと画策している相手では下手に動く事はかえって危険である。ましてや鬼の一族は、各々自分だけの技を幾つも持っているのだ。

 次の瞬間、宮山の背中が盛り上がり、無数の何かがリンコに向かって放たれた。

「痛っ?」

 咄嗟に顔をかばった腕に激痛が走る。

「針っ?」

 飛んできたのは針であった。無数の針が腕に刺さっている。ただこの激痛は、針だけのモノではないようだ。腕の力が抜けてゆく。

「気を付けてっ! キョウの針には強力な毒が塗ってあるわっ!」

 ミドリが叫ぶ。

「そう言う事は、もう少し早く言って欲しかったな・・・」

 リンコはそう言うとひざまずいてしまった。針の毒が回りはじめているのだ。


 意識が朦朧とする・・・ 

 その時、紅龍丸の黒い刀身が蒼く変わり、光り輝きだした。針の毒が浄化されていく。それと同時に、リンコの中に異質の意識が入り込んできた。

「はははっ! 死ぬがいいっ!」

 鬼と化した宮山が初めて叫んだ。そして勢いに任せてリンコに突進してきた。振り降ろされる宮山の拳がリンコに迫る。が、砕けた床にはリンコの姿はなかった。

「!」

 宮山の背中に激痛が走る。振り返るとそこにリンコが立っていた。リンコに斬られたのだ。

「バカな・・・ 動けるはずがないっ!」

 宮山が信じられないといった感じで言った。

「どうして・・・ どうして分からない?」

 リンコが口を開いた。が、どこか雰囲気が違う。妙に落ち着き払った感じがする。腕には無数の針が刺さったままであるが、まるで気にしていない。目に見えるような静かな闘気が渦巻いている。

「鬼になったあなたは倒さねばならない存在・・・ だから覚悟しなさい・・・っ!」

 リンコはそう言うと、宮山に刀を向けた。そして、構えなおすと同時に宮山に斬り掛かる。その凄まじいスピードと攻撃に宮山はついていけず、辺り構わず毒針を放っている。リンコはそれを受ける事なく、宮山を斬ってゆく。しかし、致命傷を与える事もなかなか難しい。

 その時、ミドリが飛び出してきた。

「キョウっ!」

 その叫びで一瞬、宮山の動きが止まった。リンコはその隙を見逃さなかった。宮山の懐に飛び込み、その腹部に紅龍丸を突き刺した。


 その場に倒れた宮山はようやく動きを止めた。が、まだ致命傷ではない。鬼は、心臓をひと突きして首を刎ねなければ死なない。

 リンコは止めをさそうと刀を構えた。と、その時もう一つの意識がハッキリと目覚めた。

「待ってっ! 殺してはダメっ! まだ間に合うから・・・っ!」

 その声と同時に、ミドリの髪を紅龍丸に巻き付け、そのまま宮山の身体を貫いた。宮山は断末魔ともいえる程の奇声をあげた。そして、身体の中で髪が燃え上がり、またしても煙りが立ち篭める。

 その煙りが消えた時、人の姿に戻った宮山が倒れていた。かなりの傷ではあるがまだ生きている。

「しばらくは動けないけど、これでまた鬼神に戻れる筈よ?」

 かなりの疲労感を感じながらリンコは紅龍丸を鞘に収めた。

「どうして殺さなかったの?」

 ミドリが訳を尋ねてきた。

「だってそれが目的じゃないから・・・ それよりも鮎川さんは大丈夫?」

 リンコは当然といった感じで、にっこり笑って言った。それを見たミドリは少し呆れたような顔をしていたが、不意に思い出しように言った。

「どうしてキョウはあんな事になったの? あなた知っているんでしょう?」

 すると、リンコは真面目な顔で言った。

「あなた達の使役する様々な神様は、あなた達使役する人間の精神的な影響を直接受けるの。だから、自分の欲に負けた神使いに仕えた神様は、その力を欲望のままに使うようになる。そして、ある一線を境に「魔」に変わるの。あなたの鬼神は自分が鬼になる事が分かってたみたい・・・ わたしに、もう時間がないって言ってきたしね。」

 それを聞いて、ミドリは深い溜め息をついて顔を伏せた。そして、

「やっぱり本家のお嬢様にはかなわないなぁ・・・ わたしには勝てないわ・・・」

と言って、初めて笑顔をリンコに向けた。

「わたしとキョウは暫くの間、この学校を離れます。分家に戻って修行のやり直しです。」

「うん、また会えるのを楽しみにしてるね! 元気でっ!」

 リンコが嬉しそうに頷く。するとミドリは照れくさそうに、

「はい、リンコ様もお元気で・・・!」

 ミドリはそう言うと、宮山を抱きかかえ教室を出ていった。

 いつの間にか外は真っ暗になっていた。そして教室に一人残されたリンコは、重大な事に気が付いた。

「あーっ! これどうしようっ?」

 割れた窓ガラス、穴の開いた床、散乱した机や椅子。飛び散った血痕や、壁に刺さっている無数の針などなど・・・ 戦いの痕跡があまりにも酷い。

「なんとかしないとまずいよねぇ・・・」

 リンコはそう言うと一人で後片付けを始めるのであった。


     4


「おっはよーっ、リンコっ!」

 翌朝、疲れ切ったリンコの肩を叩いてきたのはメグミだった。

「昨日は大丈夫だった? 携帯にも出ないから凄い心配したんだよ? だからタカコと 学校に戻ろうか?って相談してたのよ。 まあ、あれから連絡とれたからいいけど・・・」

「ごめんね。携帯鳴ってるの気が付かなかったんだ・・・ 気が付いたのは家に着いてからだから遅くなっちゃった。」

 リンコは照れくさそうに笑いながら答える。

 本当は、荒れた教室の後片付けをしていて、すっかり忘れていたのだ。結局、メグミと タカコに連絡をしたのは、十時を過ぎていた。

 本当に昨日は散々であった。とにかく掃除をして、机や椅子を元に戻し何となく教室を元に戻した。しかし、割れた窓や穴の開いた床、手の届かない場所の血痕や針なんかはそのままである。

「ふぅ・・・」

 リンコは思わず溜め息をついた。こんな憂鬱な朝は初めてかもしれない。学校に行くのが、こんなにつらいと思った事は今まで一度もない。

 その様子を見ていたメグミが、心配そうにリンコの顔を覗き込む。

「なんかすっごい疲れてない? やっぱり今日のリンコおかしいよ?」

「また夜更かししてたんじゃないの?」

 そう言って現れたのはタカコである。

「電話くれるならもっと早くちょうだいよ? 学校に戻るとこだったじゃない。」

 タカコなりに心配してくれていたのだ。

「ごめんね、タカコちゃん・・・ ありがと。」

 リンコがそう言うと、タカコはビックリした表情で言った。

「やっぱり今日のリンコおかしいわ。」

「だよねぇ? タカコもそう思うでしょ?」

 メグミがすかさず相づちをうつ。そんな会話をしていたら、いつの間にか学校に着いていた。


 うぅ・・・ 気が重い


 門をくぐる時、リンコは自分の教室に目をやった。

「あれっ?」

 窓が割れていない。教室を間違えたかな? と思い、もう一度見てみる。やはり割れていない。というか、どの教室のガラスも割れていない。

「あれ? あれれ?」

 思わず口から出てしまった。

「なになに? どうしたの?」

 メグミが興味丸出しで聞いてくる。

「ん? ・・・なんでもないよ?」

 何が起こったのか分からないまま、リンコ達は教室に入った。

「・・・」

 いつも通りの教室である。鬼が突っ込んで開いた床の穴もない。昨日の事は夢だったのか? それともわたしがおかしくなっちゃったのか? リンコは、まるで初めて入る教室のように警戒しながら、自分の席に座った。


「おはよう。」

 そう言って、担任の羽山が入ってきた。いつも通りだ・・・ と思っていたら、その後ろから宮山が入ってきた。

「キョウっ?」

 リンコは、思わず立ち上がり声をあげてしまった。みんなの視線が一気にそそがれる。と、リンコは咄嗟に、

「きょ・・・ 今日もいい天気で気分もサイコーっ! おはようございますっ!」

と、非常に苦しい抵抗をした。が、

「やっといつものリンコにもどったぁーっ!」

と言う、メグミの声で救われた。

 頭をかきながら席に着く。

 そんなリンコを見た宮山は、実習用の席に向かう途中で、リンコに手紙を渡した。誰にも気付かれないように、小さく折り畳まれた手紙であった。そして一言、

「ミドリからです。」

と言って、自分の席についた。

 リンコはその手紙を開けてみた。


 拝啓 リンコ様


 昨日は大変失礼致しました。わたしは大変な間違いを犯してしまうところでした。そんなわたしを救ってくださろうとしたリンコ様のお気持ちを察する事が出来なかったわたしは、鬼使いとしての修行をもう一度最初からするつもりです。

 ありがとうございました。


 ところで、本家の件で妙な噂を耳にしました。

 これは極秘事項なのですが、昨日、わたしが本家に、事の次第を御報告しに向かった時、キョウの身体が急激に再生を始めたのです。そしてキョウはわたしの意志とは関係なく鬼神となり、本家の裏山に姿を消しました。

 わたしとキョウは一心同体ゆえに意思の疎通が出来ます。そこで耳にしたのが、御刀の件でした。どうも御刀が二本賜れたそうなのです。

 本家の跡取りはリンコ様、ただお一人のはず。


 確認が取れた訳ではございませんが、わたしはその真意を確かめにいきます。


 敬具

 追伸 キョウはリンコ様の護衛の為、おいていきます。

 キョウ自信もそれを望んでおりますので、リンコ様の良いように使役して下さい。

                           鮎川ミドリ


 リンコは目を通した後、その手紙を静かにスカートのポケットに入れた。

 非常に嫌な予感がする。

 御刀は不知火本家の血筋のみに賜れる事が許されている。しかも、その不知火家の中でも、選ばれた人間のみに与えられ、同時期に二本現れる事は、絶対にありえないのだ。

 リンコは、教室の隅で椅子に座っているキョウに目をやる。キョウも事態を把握している様子で、妙に落ち着かない様子だ。しきりにリンコに何かを言いたそうな表情をしている。


 放課後、リンコは友人達と別れた後、キョウを探し出し屋上へ上った。二人きりなのを確認したリンコは、

「この手紙の中身はどういう事なの? 鮎川さんはどこへ行ったの?」

と、切り出した。

「リンコ様。我が主人は今とても危険な状況にあります。それを救えるのはリンコ様だけなのです。どうか我が主人をお助け下さい。」

 キョウはひざまずき、リンコに願いを向けた。それを見たリンコはあわてて言った。

「リンコでいいわ。それから立ってよ。わたしはそんなに偉くなんかないし・・・」

 そして、

「とにかく、詳しい話が聞きたいの。ねっ? 話してみてよ?」

と、キョウに手を差し伸べた。キョウはその手を取り立ち上がった。

「あなたは今までの本家の人間とは違った感じがする。それゆえ我が主人もあなたの為に動いたのでしょう。」

「リンコ様。御刀が二本現れたのは事実です。あの時、深手を負ったわたしは、ミドリとともに本家に向かいました。そして本家の大門の前に着いた時、わたしの意思は関係なく、身体が急激な再生を始めたのです。そして意識がなくなりました。」

 リンコでいいって言ってるのに・・・ まあいいか。

 リンコはそう思いながら、手紙の内容を思い出した。

「でも、あなたは身体が再生したあと、本家の裏山の方へ行ったって手紙に書いてあったわ? 覚えてないの?」

 リンコが言うと、キョウは頷き、淡々と続きを話した。

「気が着いたら裏山の神戸の岩屋の前にいました。そこには、本家の当主マツコ様と本家の神官達が騒然としている姿がありました。そこでわたしは聞いたのです。御刀が二本現れ、一本はリンコ様のお手元に、もう一本は岩屋の奥へ消え、その姿を消したそうです。」

「その御刀はどこへ行ったのかしら?」

「それを突き止めるためにミドリは単身調査に向かったのです。」

 リンコは呆然とした。

「なんで一人でっ? 何故あなたを連れていかなかったのっ? ・・・なんでわたしに話してくれなかったの・・・?」

「ミドリはあなたに恩を感じています。それゆえに一人で向かったのです。わたしがミドリに命ぜられ、リンコ様の元へきたのは、リンコ様の命を狙う輩からリンコ様を守る為です。」

「わたしが狙われているってどういう事? 一体誰がそんな・・・?」

 するとキョウは、重たい口調で言った。

「・・・本家を疎んじている分家の人間です。我らがそうでした様に。もちろんそのような事を企んでいる分家は数少ないですが、本家に足蹴にされていた分家の者共が、連盟を組んで本家を狙っているのです。そして・・・」

「そして?」

 リンコもようやく事情が飲み込めてきていた。

「そして・・・ これは神代の者しか知らない事ですが、祟り神が現世に降りようとしている、という事です。」


 聞いた事がある。祟り神は、世にあらゆる災厄をまき散らす神である。戦争や伝染病など、いわゆる悪魔的な存在であると。本来は、地の遥か奥底で神の結界に縛られており、決して世に出る事はないと云われている。


「神様の結界に何かあったのね?」

 リンコが言うと、キョウは静かに頷いた。

「神使いは、遥か昔に神代と契約を結び、神代と直接な繋がりを持ちます。それゆえに神使い同士の争いは、神代に大きな影響を及ぼすのです。それを本家が分家をまとめあげるという形で、長い年月均衡が保たれていたのです。それが今、一部の者達の欲望と恨みで崩れようとしているのです。」

 リンコは話を聞き終えると、ふぅーっと大きな溜め息をついて、屋上からの景色を見た。校庭にはまだ部活の生徒達が何人か残っている。学校の外には普通に建物があり、遠くには普通に森や山が見える。そして、夕日。いつもと変わらぬ光景が、どこか違って見える。  気持ち次第でこんなにも見え方が違うとはこれまで考えた事もなかった。


「行こうか? それともわたしとじゃあイヤかな?」

 リンコはキョウに言った。何か吹っ切れたような微笑みを向けて。

「わたしはあなたを守るように命ぜられています。来るなと言われてもお供します。リンコ様・・・」

 キョウは静かに、しかし爽やかな笑顔で答えた。

「初めて笑ったね? そっちの方がいいな。」

 リンコはそう言うと、思い出したかのように言った。

「だからリンコ様ってやめてよ? リンコでいいってばっ。」

「そうはいきません。我が主人の主人ですから。これからもこう呼ばさせて頂きます。リンコ様。」

 キョウは淡々と答える。

「変に意地っ張りね?」

 リンコは半ば、あきれ顔で言うと、

「じゃあ行きましょ、宮山先生? まずは鮎川さんを助けないとね?」

と、言って、屋上を後にした。

「まだ先生ではないのだが・・・」

 キョウはそう言うと、リンコの後を追って屋上を後にした。


                            了


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