5-8
忍者たちは街の牢屋に引き渡してきた。
レベルカンスト忍者なんて囚えておけるほどの設備じゃないけれど、戦意喪失してるしもう襲ってくることはないだろう。そんなガッツのある感じには見えないし。
「もう、なんで呼んでくれないの!」
忍者の引き渡しに付き添ったミュウから、引き渡した後に散々文句を言われてしまった。
「ミュウを呼ぶほどの相手じゃなかったから」
なだめるが、襲われたというのに助けを呼ばなかった俺にミュウはご機嫌斜めだ。
「だから全員同じ部屋にしようって言ったじゃん!」
「まあ船じゃ全員同じ部屋だったけど、やっぱ年頃の娘が男と同じ部屋っつーのは……」
「なにそれ、どうせダン兄ちゃん同じ部屋でも絶対手出してくれないじゃん! このヘタレ!」
「おい」
往来のど真ん中で何を言い出すんだこの子は。
「大体、一年以上も会わなかったら、浮気したんじゃないかとか心配しない普通?」
「浮気って……で、向こうで彼氏とか作ったのか?」
「作るわけないじゃん!」
「だよな」
「うん」
まあ俺はミュウの恋人じゃないんだから、ミュウが彼氏作ろうがとやかく言う筋合いはないんだが、それでも変な男連れてきたらぶっ飛ばしたくなるだろう。というか多分ぶっ飛ばす。なるほど、これが妹を持った兄の心境というやつか。
「また私のこと妹みたいだとか思ってるんでしょ!」
考えていることを見抜くのも能力的に聖騎士は得意な方だったっけな。俺の腕を掴んで文句を言っているミュウの顔を見ながら、俺は苦笑した。
ふと、ミュウが足を止めた。
「どうした?」
「神殿が並んでるなって思って」
街の一角。そこは神々の祭壇が並んでいる区画だ。
この世界には神が実在する。神の定義とは、信仰によって力を得ることができ、そして自分の信者である僧侶に信仰の魔法を提供することができるものを言う。もし神が死ねば、その宗派の僧侶たちはほとんどの力を失ってしまうのだ。逆に言えば、最低レベルの神でも、自分の宗派の僧侶に、最高レベルの魔法を提供できる力を持つという意味でもある。
神が実在するため、この世界のほとんどの国は国教を決めていない。悪の神格であっても、よっぽど国の秩序を乱すものでなければ布教を許されている。
すべて神の恨みを買いたくないためだ。神々は常に、自分の力と支配領域を広げるため抗争を繰り広げている。神話によれば、言語を司るアステロという神が、不和を司る神シャガラクに襲われ、言語の力の一部を奪われたことで、言葉は間違って伝わることがあるようになってしまったとされている。
実際にそうなのかは分からないが、世界秩序同士の戦いに巻き込まれたくないというのが各種族、各国家の一般的な方針だ。
「さすがエーリュシュオンは秩序と善の国、悪神の神殿はなさそうだな」
「そうだね、盗みの神トーグがいない神殿は初めて見るかも」
ミュウは面白そうに神殿を見つめている。
「寄ってくか? 何か天啓があるかもしれないぞ」
「いいの? あんまりダン兄ちゃんは信仰は熱心じゃなさそうだから」
「そんなことは無いぞ」
祈れば見返りをくれる神が実在しているのに神を信仰しない理由はないじゃないか。
「ミュウは救済の神ティティス信仰だっけ?」
「うん、救世騎士は大体ティティス神を信望してるよ」
ティティスは傷つき倒れた者は救済すべきという善の神だ。信者は治癒の技術を磨き、それを無償で提供することを美徳としている。
「それじゃあ私、ちょっと行ってくるね」
「ああ、じゃあここで待ち合わせで」
俺たちはそれぞれの神殿へと向かっていった。
祈りを済ませ、元の場所へ戻ろうとしていると、ふと隅のほうに汚れた祭壇を見つけた。
「超越神フィアスか」
祭壇に刻まれた刻印はただの円。超越神フィアスの紋章。
フィアス神は信仰を必要としなくなった神だ。ゆえにフィアスを信仰してもなんの見返りもない。フィアスの僧侶は奇跡を使えない。
ただ神話では、この超越神が介入したという話はいくつか見られた。上級神である太陽の神を引き裂いて、昼と夜の神に分けたとか、時の神の反逆によって多くの神が殺された時、創造神の要請によりフィアスが時の神を打ちのめしたとか、そういう記録は残っている。
神々がフィアスの実在を証明しているから、この世界の人々は地球の神がそうであるように、フィアスという触れられない神の存在を信じているのだった。
超越神の誰からも顧みられない汚れた祭壇を見て、俺はなんとなく心がざわめき、足を止めると祭壇を簡単にだが手入れすることにした。
「見返りを求めない信仰か」
地球のことを思い出し、俺は少しだけ懐かしくなって笑った。
待ち合わせ場所に戻ると、ミュウは先に戻っていた。フィアスの祭壇を掃除していた分、少し遅くなったようだ。
「悪い、待たせたかな?」
「ううん」
「どうした、なんか元気ないな」
ミュウはじっと俯いている。顔色も心なしか悪い。
「何があった?」
戦いがあったようには見えない。ミュウが乱れた様子もないし、傷ついているようにも見えない。
ミュウは意を決したように言った。
「ダン兄ちゃん……ここからは私達に任せて、ダン兄ちゃんはレオンに戻ってくれないかな」
「は?」
「天啓があったの」
天啓といってもいつもなら「頑張れ」とか「よくやっている」的な応援メッセージなのだが、どうも今回は違ったようだ。
「ティティス神はなんて?」
「このまま進めば大切なもの……多分ダン兄ちゃんを失う」
そこには頼もしくなった救世騎士はいなかった。ミュウは子供のように泣きそうな顔をして俺にそう言ったのだった。




