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5-4

  航海六日目。

 その後も何度か、魚人や海トロルの襲撃があったが、難なく撃退することができた。ドラゴン種による襲撃に比べたら大したことではない。この船が手強いことが伝わったのか、昨日からは何事も無く静かなものだ。

 時刻は正午過ぎ、昼食を終えたところだ。


「ふう」


 ミライの指示のもと、俺たちは北へと向かう海流を掴み、のんびりと海を進んでいた。

 クロウは甲板で昼寝を、シシドは見張り台に登って海を眺めている。俺はミュウを相手に今日も、一年のブランクを埋めるべくお互いの武勇伝を交換していた。

 ミライは時折、六分儀で船の位置を確認する作業を行い、あとはだらだらとドライフルーツをかじっていた。カミラは食器を洗っているところだろう。


「今日は島に寄るんだよね?」


 話が一段落したところで、ミュウが俺に尋ねた。


「ああ、モゼー島に寄るよ」


 モゼー島は漁港と鉄樹アイアンウッドの産出地として栄える小さめの島で、主にアクアエルフという水棲種の妖精が住んでいる。


「補給と、あとはエーリュシュオンから南へ遠出する船乗りたちは、ここを補給地にしているはずなんだ。何か情報が聞けるかもしれない」

「アクアエルフかぁ、私エルフは苦手だな」


 この世界のエルフは自分勝手な性質を持つ傾向にある。個人主義というか、自分の価値観を大切にしているのだ。そのため秩序や法よりも、衝動を重視することがあり、それが救世騎士であるミュウにとっては苦手意識を持つ理由なのだろう。


「情報収集はカミラがいるから問題ないさ、ミュウは船で待っていてもいいよ」

「それはそれで面白く無いよ、カミラさんはこの一年ダン兄ちゃんとベタベタできたんだから、これからの一年は私がベタベタするんだもん」


 ミュウの言葉を聞いて俺は思わず笑ってしまった。レベルも上がり頼もしくなったのだが、ミュウの中身はあまり変わっていないような気がした。


 ミャアミャアという海鳥の鳴き声の歓迎を受けながら、俺たちはモゼー島の港へと寄港した。

 港といっても砂浜に木でできた桟橋があるだけで、アナトリアコグでは桟橋まで辿りつけない。仕方がないので沖に錨を下ろすと、俺たちは小舟を下ろしてそれで向かうことにする。


「この小舟、どうやって甲板に戻すの?」

「縮小の魔法を使うよ」


 本当は敵の能力を下げる魔法なんだけど、縮小の魔法は便利だね。


 モゼー島に住むアクアエルフたちは、他のエルフ同様耳が長く、線の細い身体をしているが、背は人間より頭ひとつ低い。丸一日水中に潜っていられる特別な呼吸器を持っており、暗い海の底でも見通せる目は、光の元ではキラキラと輝いて見える。


「瞳孔が絞られているからそう見えるんだ」

「へえ」


 相変わらずシシドはゲーム設定は記憶に無いようで、俺の説明に対して、はじめて聞いたというような表情をしている。

 海藻を乾かして作ったらしいエルフの服は、どうも野性的な印象を俺たちに与える。技術的には人間より進んでいるはずのエルフ種だが、この村を見るとそうとは思えないから不思議だ。


「なんだか様子がおかしいな」


 クロウが訝しげにそう言った。


「そうなのか?」


 俺はこれまでエルフの集落へ行ったことがなかった。なのでこの村の様子が正常なのか判断ができない。


「アクアエルフは結構陽気なんだ。なのに、俺たち旅人が来たというのに反応がない」


 通りを歩くエルフがこちらのことをちらりと見たが、すぐに視線を外すとうつむき気味に離れていった。


「確かに、陽気な種族には見えないぜ」


 シシドはそう言って肩をすくめた。


 こういうときはとりあえず酒場だ。人の集まるところで話を聞いてみる。ゲームでも情報収集の過半数は酒場で始まっていたはずだ。

 だが……。


「まじかよ、誰もいない」


 ハマグリ亭という名前の酒場には、カウンターで眠っている亭主以外は誰もいなかった。夕方に近い時間であり、仕事を終えた奴らが酒場に集まり始める時間なのに。


「あ、ええっと、今日は休みだったか?」


 俺は眠っている亭主に声をかけてみた。亭主は暗がりのため瞳孔が広がり、どんよりとしてハイライトが無いように見える目を俺たちに向けた。


「あ、ああ、旅の人かい? よく無事に辿りつけたな」

「無事に? 魚人たちの海賊でも出てるのか?」

「いんや、その様子だと知らないみたいだな。まあいい、大したものは無いが干物くらいは出せるぞ」

「ここは漁港なんでしょ? 今日採れた魚はないの?」


 ミライが口を挟んだ。


「ここ最近は漁に出れていないんだ」


 ふむ、どうやら何かこの近隣で起きているらしい。


「じゃあ干物と芋か麦があればそれでなにか作ってくれ」

「あいよ」


 亭主はのろのろと料理を開始した。


 並べられた料理は、どれも気合が入っているとは言いがたい。

 魚は塩をかけて焼いただけ。少し焦げてしまっている。ジャガイモは茹でたものをそのまま出したものだ。


「すまんね……」

「いや、いいんだ」


 文句をつけようにも、亭主があの調子ではどうしようもない。とにかく、食べながら話を聞いてみるとしよう。

 そう考えながら、俺たちは並べられたお皿に手を付けた。やはりあまり美味しくなかった。



白鯨はくげい?」


 食事を終えた俺は、亭主に最近起こったことについて尋ねてみた。


「そう、白いくじらだ。それも人食いのマッコウクジラで、雪の積もった山のような姿をした怪物だ」

「そいつが近くで暴れているから、村に活気が無いのか?」

「俺たちアクアエルフは、週に一度は深海に潜らないと調子が悪くなるんだ」


 そうだったのか、そんな設定は俺も知らなかった。


「あいつが現れるときは島の香りがするんだ。あいつの全身にこびりついたサンゴがその匂いを発している。島と勘違いした海鳥たちは常にあいつの上を飛び回り、白鯨の暴虐を称えるのさ」

「ずいぶん詩的だな」

「この島の伝説にもあったんだ。島より巨大な白鯨が、この世界を飲み込んじまうって」

「それが現実にものになったって?」

「いんや、そうは言っていない。少なくとも島よりでかいなんてことはないし、島にいれば安全だな。だがもう俺たちは深海へいけやしない。その意味では確かに俺たちはあいつに魂を飲み込まれちまったのかもしれない」


 アクアエルフは水中でも陸上でも生活できる優れた種族なのだが、彼らにもいろいろままならない習性というのがあるようだ。


「あんた達も旅人なら海をわたるんだろうが、気をつけないよ。もっとも、白鯨は神出鬼没で気をつけようが無いがな。できる限り早く進むしかないさね」


 亭主はそう俺たちにどんよりとした目を向けて、警告したのだった。



「白鯨ねぇ……」


 そんなボスがいたとは俺も知らなかった。まだ未実装のボスか、誰からも発見されていないエリアにいるのか、それともゲームには存在しない怪物なのか。


「とはいえ俺たちは別の目的があるからな、ここの問題は旅の目的を果たしてから考えるとしようか」

「それもそうだぜ」

「うー、仕方ないのかな」


 ミュウは不満そうだが、まずはエーリュシュオンの問題から片付けなくては。


「島にいれば安全ってことだしな、まっあとでレベル稼ぎに一緒に来ようぜ」


 シシドは気楽にそう言っている。しかし、水中戦は普通の戦闘とはまた違った戦術や準備が必要になる。ましては相手は巨大マッコウクジラの化け物。


(今のままじゃ勝てないかもしれないというのも理由だな)


 多少の大砲は積んであるとはいえ、六人で運用できるような小型船のアナトリアコグで海のボスクラスと戦うのは不安が強かった。

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