5-3
翌日、朝。
俺たちは朝日を浴びて、ぐっと伸びをした。昨晩は宿に泊まった。慣れ親しんだレオン帝国の大地とも、今日からしばしの別れだ。
「あれ? シシドがいないよ?」
ミュウがシシドの部屋の扉を開けて言った。
「どうしたんだろ?」
どこかに行くとは聞いてないな。探しに行くべきか。
「朝食は見つけてから済ますか」
「了解ー」
荷物の大半は船に積んである。俺たちは手持ちの鞄だけ持って外へ出た。
農業や漁業といった第一次産業の少ないこの港の朝は比較的遅い。朝日が東の空に浮かんでいるというのに、通りは閑散としていた。
まずは船のほうに行ってみるか。俺たちは港へ向けて歩き出す。ミュウは口元を隠しながらあくびをした。俺と目が合うと、ミュウは恥ずかしそうに顔を背けた。
「あ、あれシシドじゃないか?」
クロウが前を指さして声を上げた。
「本当だ、あいつ港の入り口でなにしてるんだろ」
シシドは港の前で壁にもたれかかっていた。シシドもこちらに気がついたのか、手を振っている。
「おーい、ダン!」
朝一番から大きな声は出したくないな。俺たちは手を上げ返しただけで、近くに行くまで返事はしなかった。
「どうしたんだよ、ひとりで抜けだして」
「いやな、もしかしたらと思ってね」
「もしかしたら?」
「そう、予想通り大当たりだぜ」
何の話だろう?
首を傾げた俺の視界に、シシドの言っていた理由が壁の影から飛び出してきた。
「私のダン!」
「母様!?」
母様はぎゅっと俺に抱きついてきた。
「それに、父上、ハル、イェシー叔父さん、マリ、ウルトさん、ベラまで」
他にもクロウの友人たちや、シシドの舎弟、カミラのメイド仲間や、ミライの同僚の開拓民、ゴブリンのポポンガまでいた。
「みんなどうしたの?」
「どうしたってそりゃ、ダンたちの見送りに来たんだよ」
そのためにわざわざこんなレオン帝国の北の端までやってきたのか。
「大げさだなぁ」
「大げさなものですか」
イザベラが言った。びしっと手にした扇を俺に突きつけている。
「何かとても大きなことを成しに行くのでしょう? 詳しくは私も知りませんが……ダンのことはよく知っていますのよ」
イザベラはそう言って笑った。
「だから、皇帝としてしっかりと見送りに来たのですわ。勇者の旅立ちに、王は必要でしょう?」
「なるほど、それもそうだ」
「では、ダンフォースよ、必ずや使命を果たすのですよ」
「承知仕りました」
俺がおどけて言うと、イザベラは俺の手を取り、まっすぐに俺の目を見つめて言葉を加えた。
「必ず無事に戻ってくること。いいですわね」
「ああ」
戻ってくる場所も理由もしっかりとある。本当に恵まれた旅立ちじゃないか。
「我様! ダンジョンと鉱山のことはおまかせを!」
そんな空気など意に介さず、ポポンガは小さな身体を精一杯反らして、ドンと胸を叩いていた。
その後は朝食だ。シシドがここに来ていた理由は、朝食を全員で食べたかったかららしい。俺の性格なら、シシドが何も言わずに出てくれば朝食食べずに探しに来ると思ったのだろう。確かに大当たりだ。
だったら出て行く前に口で言えよ! とも思うが、多分予想を外した時恥ずかしかったから、こんな遠回しな方法をとったのだろう。シシドはそういうヤツだ。
魚の塩焼きに玉子焼き、貝のスープに白パンと豪勢な朝食だった。
全員、いろいろお土産を持っていて、母様が作ったサンドイッチやハルの作った燻製肉、ゴブリン秘伝のドライフルーツに、レオンのお米、イェシー叔父さんは蜂蜜を壺に入れてくれた。
「ああそうだ、クロウ君は魔法戦士だったね?」
父上が言った。
「これを預けよう、旅が終わったら返してくれ」
そう言って、父上は包をクロウに渡した。
「開けてみても?」
「ああ勿論」
布を解くと、中には真新しい質素な鞘とそれに似合わない宝石で装飾された美しい柄が見えた。これは剣だ。そして俺はこの剣を知っている。
「銀星剣!?」
「モーン家に伝わる不死者殺しの魔剣だ。元の鞘は少々目立つから新しく作らせた」
「いいんですかこんな立派なもの」
「屋敷で埃にまみれているよりは、剣も喜ぶさ。どうか役立ててくれ」
「ありがとうございますモーンさん」
クロウは恭しく、剣を腰に差した。
ハンカチで目元を覆う母様が遠くなっていく。
船は風を受けて進み、港から振り返ることなく進んでいった。
「いってきます!」
俺は、朝だというのに大声で叫んで手を降ったのだった。
「いいな」
ミライがそんな俺を見て呟いた。
「家族や友達がいるってのはいいもんだ」
「旅が終われば、そろそろミライも家族を作ることを考えたほうがいいんじゃないか」
「ん……そうだね」
それは元の世界に帰ること完全に諦めることを意味している。ミライはこの世界の住人だと認めてはいたが、それでも帰ることを諦めるとなると、話は別だ。
「旅が終わってから考えるよ」
ミライは肩をすくめて甲板から船室へと引き上げていった。
とはいえ航海中はミライの仕事が一番多い。
ミライは野伏の派生クラスであり、方位や現在の位置を調べるのは彼女の仕事なのだ。
「面舵三回。私が良いって言ったら戻して」
ここではミライがリーダーだ。俺たちはミライの指示に従って、慌ただしく作業する。
「ここを越えれば、しばらくは直進のまま。風で進路がずれることだけ注意して」
普段の酒呑みの姿とは違う、頼りになる姿がそこにはあった。
航海三日目。
「海に影! 魚人十に……あれは、海地竜!」
見張りに出ていたクロウが叫んだ。ばしゃんと水しぶきがあがり、四メートルほどもある巨大な竜が跳ねた。その青い鱗が太陽の光を反射し眩しく輝く。
「魚人の海賊か、そろそろ来ると思ったよ」
戦闘の時間だ!
大砲の弾は榴弾を多めに積んである。船同士の戦いより、今回のような水棲生物との戦いが多いと思ったからだ。
榴弾の爆発は水中でも衝撃を伝える。吹き上がる水しぶきに魚人の血が混じった。
だが、船一隻、それも人員不足のため大砲の連射が効かない状況で竜を止めるのは難しい。
トン。 と音がした。ミュウが甲板のへりを蹴って飛び出したのだ。
「ミュウ!?」
竜の牙のまえにその姿を晒したミュウに対して、海地竜は遠慮なく口を開けた。
「絡みつく聖霊!」
救世騎士の魔法が発動し、降魔の聖剣から炎が吹き出した。炎は地竜にまとわりつきその顎を縛り付けた。
「グブヴヴ!?」
閉じた口の中で地竜は悲鳴を上げた。その隙に地竜の身体に飛び乗ったミュウは、地竜の後頭部から剣を突き入れた。
「腕上げたなぁ」
ただの一撃、だが救世騎士のスキルで強化された邪悪な竜を討ち滅ぼす一撃は、知性こそ乏しいが地竜種では上位の存在である海地竜を葬っていた。
「兄ちゃん見てた!?」
のんきに手を降っているミュウの姿は、とても頼もしかった。




