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5-2

「パラディン王に警告はできなかったの?」


 ミュウにそう聞かれた俺は、力なく首を振った。


「一応警告の手紙出したが、我ながらとても信用できるものじゃなかったしな。もともと聖騎士団国は、他の国と距離を取っているというのもあるけれど」


 前世の知識なんて信じてもらえるわけがない。夢のお告げということにしておいたが、返信は、警告感謝するという、形ばかりの礼だった。


「残念ながら、ここまでは不回避だったと思う」


 隕石の落下については、結局今のところ原因不明だ。ただの偶然なのかもしれない。そんな説明できない理由で、聖都を捨てろなんて受け入れられるはずがない。

 だけどここからは変えられる。俺はそう信じている。


 旅立ちは上クマ公爵領の北部メルドルフ港からだ。

 北の大陸エーリュシュオンへのルートは二通り。北東の妖精列島エルフンインゼボーゲンを進み、海峡を超えてエーリュシュオンに上陸するルート。

 もう一つは魚人サハギンの海を超えて、海路でエーリュシュオンを目指すルート。この二つだ。


「今回は海路を使おうと思う」

「妖精列島ルートは使わないのかぜ?」

「ああ、妖精達は排他的で気まぐれだからな。あそこを突破するとなると、どれくらい時間がかかるのか判断が難しい。それに新型帆船……アナトコグは帆船だから少人数で運用できる」

魚人サハギンの襲撃も、大砲を積んだアナトコグなら対応できるしな」


 クロウは非常用の、生命粥の器と呼ばれるマジックアイテムの試食をしている。このマジックアイテムは、一日に二回、器の中にお粥、といっても米ではなく燕麦カラスムギの粥を作り出す。


「うげええ、まずぅぅぅ」


 クロウが悲鳴を上げた。

 この粥は、当面生きていくのに十分な栄養を与えてくれるのだが、まるで紙を煮詰めたようなおぞましい食感と、完全な無味、とにかくマズイ。マズイけど、食料が尽きた時の最後の手段として、遠出する冒険者の間では重宝しているのだ。

 これ一個で一年分の食費くらいの値段はするけれどね。


「残さず食えよ、残すと次が三日間、出なくなるんだから」


 粥をためておくという使い方はできないのだ。


 メルドルフの港は河川交易路の終点でもある。海と川の境に作られたこの町は、河川交易と海洋交易の中継地として、よく栄えていた。


「うわぁ、潮の匂いがいいね」


 ミュウははしゃいでいる。河川諸国出身のミュウは海に行ったことなど数えるほどしかないのだ。


「これから飽きるほどこの匂いが身近になるさ」


 俺は苦笑して言った。船で十日。この間は嫌でもこの潮の匂いと一緒に生活しなくてはいけない。


「船はどうするんだ?」

「もう用意してある」

「さすが領主さま」

「大砲は左右三門づつ、甲板に旋回臼砲一門。船倉には二ヶ月分の食料、水が積み込める」

「ひゅう、豪華な旅立ちだぜ」


 シシドが口笛を吹いた。


 中央には大きな四角い帆が、後方には少し小さい、ヨットについているような三角の帆が備えられた帆船。俺たちは、その船にタルに入った物資を転がしながら積み込んでいた。

 タルの中央が膨らんだ形は転がすのに適している。

 アナトリアの大砲工房で作られたタルは、とても滑らかで均質な曲線を誇る。港と船の間にかけられた板の上を真っ直ぐ転がり、俺たちはスムーズに作業を終えた。


「ふぅ、労働の後はお酒だよね」


 ミライが額に浮かんだ汗をタオルで拭きながら嬉しそうに言った。


「まだ昼過ぎじゃないか」

「昼過ぎでも労働後には違いないでしょ?」


 まったく、これが我がパーティーの年長者だというのだから。

 薄い金髪を揺らして、ミライは仕事したーと言いながら酒場へ行ってしまった。


「まっ、動いたら小腹が空いたのも確かだな。午後のティータイムくらいは取るか」

「やった!」

「ミュウは何食べたい?」

リンゴのパイアプフェルシュトゥルーデル!」

「それなら酒場でも出してもらえるだろ。ミライのあとについていくとするか」


 俺たちは港の管理人に外出を告げると、ミライを追って酒場へと向かった。


 昼間だというのにガヤガヤと酒場は酒飲みの水夫たちでごった返していた。


「人多いね」


 驚いたようにミュウは言った。普通の町なら昼食も終わったこの時間は、大体どの店も落ち着いているものだ。


「水夫は船にいる間は休みが無い分、一回寄港したら一週間近く休むんだ」


 俺はそう説明した。そのため、水夫たちはああして昼間っから酒を飲んで騒いでいるのだ。港町の酒場が栄えるのは、こうした理由がある。


「いらっしゃい!」


 給仕の女性が俺たちに声をかけた。


「テキトーに座って! すぐに注文聞きに行くから!」


 そう叫びながら、慌ただしく料理や酒を給仕は運んでいる。


「手伝いたくなりますね」


 カミラはぼそりとそう言った。俺にはよく分からない感覚だが、メイドの性なのだろうか?

 テーブルに座り、しばらくすると注文をとりに給仕がやってきた。


「リンゴのパイに、ソーセージに、ワインに、ビールに、サラダに……」


 どうして酒呑みがいるとこうサイドメニューをたくさん頼んでしまうのか。


「みんなで食べればいいじゃん」


 ミライは悪びれもせずに言っている。こりゃ夕飯食べられなくなりそうだな。


 ミライとクロウはビールを、俺はワイン、ミュウとシシド、カミラは薄めた水代わりのワインを飲みながら、料理に舌鼓を打っていた。


「まだ小腹が空いていた程度だと思ったんだが、けっこういけるな」


 薄いパイ生地でリンゴを包み焼いたパイは、さっぱりと甘くて美味しい。


「くぅ、上クマ領のビールは最高だね!」


 ミライは口に泡を付けて嬉しそうに言っている。


「お前、どこで呑んでもそのセリフ言ってない?」


 ミライは美食家ではない、ただの酒呑みだ。


 そんな感じで和気藹々としながらも、俺は酒場で話されるうわさ話に耳を傾ける。


「エーリュシュオンから逃げてきたやつがいるって」

「じゃあ聖都パラディンパレスが壊滅したってのは?」

「本当かもしれんね。見たこともない怪物が現れたって」

「聖騎士の一団が妖精列島へ向かったって」

「まだエーリュシュオンの状況は伝わっていないんだろ? 偶然だろ」

「聖騎士の天啓てんけいってやつだよ。善の本拠地で何かあったことを察知したんだ」

「じゃあ噂は本当……」

「凄腕の冒険者たちがエーリュシュオンにはいただろ? あいつらはどうしたんだ?」

「あいつらこそこエーリュシュオンの災厄の原因かもしれないぜ、怪しいやつらだったしな」

「なんにせよ、これから荒れるかもしれないな」


 荒れるか……少しずつ、不安がこの世界に広がっている。


「旅の成功に」


 いきなり、クロウが俺の前にコップをつきだした。


「ワインを取れよダン。前祝いだ」

「そうだな」


 俺はコップを取った。他の仲間もみんなコップを持つ。


「旅の成功に」


 カツンとコップが乾いた音をたて、俺はワインを一気に飲み干した。

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