5-1 第五章 ブルー・オブ・アナザーカラー事件(ケース)
もしやり直すことができるのなら、どこからやり直せばいいのだろう。
かつてモモであった川城桜は、ふいにそんな不毛な考えに取り憑かれ、ペンを置いた。
売れない兼業作家であった、私のメールフォルダに入っていたあのメールを開いたときからやり直すべきなのか。それとも、私もVRMMOの危険性を訴えていた、少数の抗議者と一緒に、プラカードを持って街を歩くべきだったのか。
それは考えても何の意味もないことだ。雨が降ってから、なぜ傘を持っていないのか考えるようなもの。
だが、あの世界にいる間、私にできたことは本当に無かったのか。あの世界の創造者の一人である私なら、ミナトを救えたのではないか。雨が降ってから、ミナトの手を引いて屋根の下に連れて行くことくらいはできたのではないだろうか。
桜はそんなことを考えながら、ペンを持った。
そしてついにブルー・オブ・アナザーカラー事件の核心へとペンを進めたのだった。
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エーリュシュオン大陸と、世界唯一の人間の王が治める聖騎士団国。
あらゆる勢力や宗教と距離を置き、ただ秩序と善にのみに仕える国家。それだけの独立性を保てるのも、魔人王を倒した勇者の親友であり仲間であった、至高のパラディン・ファーガルとその子孫の影響力に頼っている。彼らは同じファーガルという名を使い、その末子にいたるまで、みな聖騎士の力に目覚めているのだ。
そもそも聖騎士と神に仕えるだけの騎士じゃない。彼らが仕えるのは秩序と善。信仰は、その神が秩序と善のために活動しているからに過ぎない。
そのため彼らは、偉大なる聖騎士の家系であるファーガルの子たちに敬意を払い、彼らが要請すれば、それが正しいことのためならば惜しみなく助力する。
世界中の聖騎士たちが、この国に属しているとも言える影響力が、この国の独立性を守っているのだった。
だから、あの日。ブルー・オブ・アナザーカラー・オンラインが始まった日。エーリュシュオンに落ちた青い隕石によって、聖都が崩壊し、現団長であるファーガルが行方不明となったことで、この偉大なる騎士団国は、その力を失ってしまったのだ。
正しき力の消失、これが一つ目の災厄。
さらに隕石から奇妙な怪物たちが現れた。それは一見、魔獣ですら無い動物に見えた。だがその身体は色素を失い、アルビノのように白く変色し、そしてただ一点、目だけが暗闇の中でも青色に鈍く光っていた。
この動物たちは普通の動物とは違い、酷く好戦的で、特に知性を持つ生き物を無意味に殺す習性を持っていた。また本来エーリュシュオンに存在しない、南の海の向こうにある密林の大陸の動物も混じっていた。不条理で不可解な怪物たちだ。
この怪物たちの出現が二つ目の災厄。
そして最後が、異色病。人間の心を病ませる病気で、青い腫瘍でできた人面瘡が身体に浮かび上がり、その人面瘡に心を操られるようになってしまう。
この病気が隕石を中心にエーリュシュオン大陸に広がったのが三つ目の災厄。
善の国の崩壊。そして聖騎士団国を救うために各地の聖騎士たちがエーリュシュオンへ向かったことで、善悪のパワーバランスが崩れ、各地が混乱状態に陥ったこと。
そんな世界で弱小種族人間、または人間と異種族との混血である冒険者がプレイヤーキャラだ。
これが、ブルー・オブ・アナザーカラー・オンラインのストーリーだった……本来は。
俺は、アナトリアの自分の部屋でその日を迎えた。
北の空に青い光の筋が走った。アナトリアからでは詳しくは見えないが、暗い夜空ですらはっきりと浮かび上がる奇妙で不快な異色の青は、それが普通でないことを俺にはっきりと知らせた。
「ついにこの日が来たか」
今日が運命の日。ブルー・オブ・アナザーカラー・オンラインの開始の日。
これから一ヶ月後には聖騎士団国の崩壊が知らされ、各地の聖騎士たちが北へと向かう。世界は大混乱。それが史実。
だが……この世界は違う。
「レオン帝国は聖騎士の不在程度じゃ揺るがない」
領主すべてが正しい心の持ち主とはいえないが、それでもレオン帝によって率いられた領主たちは、この混乱に立ち向かえるだけの力と団結がある。
「こちらの大陸への影響は最小限のはずだ」
あとは……俺がブルー・オブ・アナザーカラー事件を解決し、ミナトやジェイクたちとの因縁と戦うだけだ。
旅の支度は整えた。父上や母様、イザベラにも伝えた。
俺には仲間もいる。武器もある。安心して任せられる皇帝もいる。
「こんなに恵まれた旅立ち、ゲームじゃありえないかもな」
旅立ちの予定は一週間後。武器の手入れや消耗品の準備をしっかりと行わないと。
旅の仲間は、魔法戦士クロウ、魔法使いシシド、救世騎士ミュウ、戦闘斥候ミライ、不死従者カミラの五人。
「会いたかったよ兄ちゃん!」
久しぶりにあったミュウは以前よりもずっと頼もしくなっていた。レベルは俺より高い六十三。身長も少し伸び、身につけている鎧も魔法の力を帯びた強力な鎧へと変わっていた。
ミュウは僧侶のマリと共に、河川諸国に現れた魔神の討伐を、この一年間続けていた。救世騎士の試練というやつなのか、ミュウとマリのみでこの事件にあたることが天啓としてミュウに与えらたのだ。
「よく頑張ったな」
俺は久しぶりに会ったミュウの頭をなでた。ミュウは嬉しそうに目を細めて笑っている。
ミュウの腰に差された降魔の聖剣。うっすらと青い輝きを発するその剣は、邪悪を討つために神々によって造られた伝説の剣。市場価値は大砲百門以上の宝剣だ。
もっとも聖騎士とその派生クラスしか扱えないもので、価値は高くても買い手が付かないだろうが。
見事、魔神を討伐したミュウに対して、善と秩序の神々はその報酬として聖剣をミュウに与えたのだった。
「成長してもロリらしさは残してる、うん、ミュウちゃんはいい子だね」
失礼なことを言いながら頷くクロウはレベル五十六。すでに熟練の戦士の風格がクロウには備わっていた。黙っていればという条件があるけれど。
魔法使いが二人いるこのパーティーに、魔法戦士の居場所はあるか疑問ではあるが、幼いころから冒険者をやっているクロウの判断力と機転は、これから戦うレベル不相応の強敵相手に対して、きっと切り札となる。
そんなクロウを冷めた目で眼帯を着けたミライが見ている。
レベルは四十九。この一年は北の荒野の開拓に参加していたのだが、戦闘機会にはあまり恵まれなかったようだ。
レベルは低いが、俺と同じ元の世界からの転生者で、この世界のルールを熟知している。
アンデッド死すべしな救世騎士を目の前にして、ちょっとビビっているカミラは、シシドの後ろからミュウの様子を窺っている。
レベルは五十一。腰に差したバスタードソードは、星鉄製のものに変わっていた。アダマンタイトは鋼鉄すらたやすく切り裂ける、希少だが恐るべき鉱石だ。
そんなカミラをミュウに紹介しているのがシシド。俺の幼なじみであり、俺と同じ転生者。俺がまだミナトだったころからパーティーを組んでいる、最も信頼している火力バカの魔法使い。レベルは六十。この一年間、領主である俺を補佐しながらも、魔法の訓練を欠かさなかった結果か。
「今回の旅の目的地はエーリュシュオン。この世界に振りかかる災厄の原因を突き止め、取り除くことが目的だ」
俺はそう言って仲間を見渡す。みんな迷いなく頷いてくれた。
俺のレベル六十一。盗賊討伐や河族との戦争は、俺のレベルを一年前よりずっと高めてくれた。
手にしたハンドキャノンの整備は十分。鞄の中には縮小の魔法をかけた大砲や弩砲、衝車のようなもともと小型に作ったものといった様々な攻城兵器が入っている。
俺のスキルは、魔法使いと同じ魔法を扱うスキル。そして攻城兵器を遠隔操作、強化、製造するものだ。
これらのスキルを武器に、俺はこの世界を襲う災厄と戦う。頼りになる仲間たちと一緒に。




