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四章:エピローグ

 女王イザベラ・ロード・レオンの戴冠式……人間の世界で数百年途絶えていた本来の意味での戴冠式が、アナトリアから一日のところにある、草原の古城。人間王ノーマンゆかりの地にて執り行われた。

 戦略的価値もなく、城壁なども失われて久しいが、この地を所有していたウルトは、手入れを怠っていなかった。戴冠式を行うのに問題はないどころか、数百年の間この日のために、草原にその形を留めていたのではないのかと思わせる荘厳さがこの古城には残っていた。

 シシドやカミラ、クロウははりきって準備を手伝っている。俺も各領主の寝泊まりする宿舎を用意すべく、攻城魔術師の工学スキルを発揮していた。

 そうしたみんなの努力もあり、戴冠式は素晴らしいものとなった。


 かつてノーマンが決起を宣言したとされる広間には、グリフォンのたてがみから織られた高価な絨毯が敷かれ、壁にはミスリルの調度品が並んでいる。

 その奥で、イザベラは自らの手で王冠を冠る。貴族の戴冠式では、誰かが王の代役として、貴族に王冠を被せるのが正式だが今回は違う。


「今ここに、レオン帝国の建国を宣言します」


 イザベラは堂々とそう言った。王冠は彼女の手が掴みとったものだ。誰からか与えられるものではない。


「私は王ではなく、皇帝を名乗ります。これより、イザベラ・ロード・レオンは、レオン皇帝として、人々を導きます」


 これは、ドラゴンやエルフの王より上位のものと宣言することを意味した。かつて人間王も魔人王も、あくまで王を従える大王であったが、レオンはそもそもの立場が上だと宣言したことになる。

 かつての領地に対する所有権の正当性を主張するためではあるが、これで帝国は、これまでの大王が治めるものから、本当の意味での帝国となったのだった。


 そのイザベラの前に、伯爵以上の領主たちが勢揃いして膝をついている。


「もし私の戴冠に異議のあるものはこの場で申し出なさい」

「我ら領主一同、閣下に永遠の忠誠を誓います」


 レオン大公がそう言った。続けて俺たちも、同じ言葉を唱和する。

 それが終われば、一人づつ、あらためて今の領地をイザベラから賜ることになる。

 俺の宣言は最後だ。そもそも今の俺は子爵だから、この式典に参加する資格は本来ないのだが、今もなお英雄扱いされている俺の立場は複雑だ。領主たちの前で、はっきりとイザベラを認めなくてはいけない。


「ダンフォース・マク。あなたに、アナトリア子爵及びリザードムーア子爵の爵位を下賜かし与えます」

「畏れ多くも、ありがたき幸せにございます。このダンフォース、閣下の臣として、永遠の忠誠を誓います」


 俺ははっきりとそう言って、イザベラの前に跪いた。これで、領主たちも俺がイザベラが皇帝になることを認めていることを理解してくれただろう。

 ふと顔を見上げると、イザベラは俺を少し寂しそうな顔で見つめていた。


 戴冠式が終わり、イザベラは皇帝となった。居城の整備は始まったばかりで完成には七年かかると見られているが、少なくともアナトリアにいつまでも滞在しているわけにはいかない。

 イザベラはアナトリアを去っていった。


 それからしばらく後。学校を卒業する日……つまり学生時代が終わる日が俺たちにもやってきた。まあ領主としてバリバリ働いていたせいで、あんまり学生やっている気がしなかったりもするのだが。


「寂しいです」


 イザベラの取り巻き二人の、ふくよかな子と細長い子はしょんぼりしている。胸には大きなマゼンタ色の花を胸に差していた。

 この学校はイザベラに出会った大切な思い出の場所だ。ここで学んだこともたくさんある。


「そうだな、寂しいな」


 俺も素直に同意した。イザベラは今、各領地を巡察している。帝位を盤石にするためには、実際に領地を見て回り、現状を把握しなくてはいけない。

 あと三ヶ月は、各地を転々とする仕事が続くだろう。その間に俺とカミラは、アナトリアで帝国建国に必要な内政面でのごたごたを処理している。


「確かにレオン様がお忙しいのは分かっていますけど」


 分かってはいても、彼女たちの青春の大部分をしめていたイザベラが、青春の最後の日にいないというのは寂しいのだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 それはもちろん、イザベラも一緒だった。

 アナトリアから数十キロメートル。比較的近いとはいえ、川を挟んでおり、アナトリアに寄る暇はなかった。


「川の周辺の開拓がもう少し進められそうですわね」

「はい、近隣の治安が良くなったおかげで開拓民も安心して送り出せます」


 そんな会話をしながらも、イザベラは遠くのアナトリアに思いを馳せた。今頃は卒業の証であるレッドダイヤと呼ばれているあのピンクに近い赤色の花を教師から贈られているのだろうか。

 イザベラの夢であるこの大陸を人間のものへと取り戻すこと。その夢を叶えることができる今の地位に就いたことに後悔はないが、やはり寂しかった。


 その日の夜、イザベラはアナトリアの方角の夜空を見つめていた。

 卒業式の日、月がトロルの星にかかるときにアナトリアの方角を見て欲しいと、ダンフォースが言っていたからだ。

 実際には、約束の時間の大分前から、バルコニーで空を見つめているのだが。


「卒業式の花を贈るですって? まったく、ダンはいつも不思議なことをおっしゃいますわ」


 でもダンが贈ると言えば本当に贈るのだろう。どうやって贈るのか、イザベラには見当もつかなかったが、それだけは信頼していた。

 だから、漆黒の夜空に赤い輝きが広がったときも驚きはしなかった。


「もう、贈られる花が多すぎですわ、これじゃあ花束になってしまいます……ダン、ありがとう」


 イザベラは、夜空に何発も花を咲かせる花火を眺めながら、ダンフォースからの花束を胸いっぱいに受け取っていた。イザベラの胸にかかった、エメラルドのネックレスが、花火を反射してきらりと輝き、揺れていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 長距離砲ウロボロス。実戦ではあんまり役に立たなかったものだが、最後にこうして、学校生活最後の日を遠く離れたイザベラに卒業の花を届けることができた。


「レオン様、きっと見てくれていますよね!」

「ああ、見てくれてるさ」


 俺の魔法力を受けて花火の弾は空高く放たれ、巨大な赤い炎となって咲いた。


「俺は攻城魔術師。だからいつだってベラに届くさ」


 最後の一発を打ち終えたとき、俺はオホホと笑うイザベラの綺麗な顔が見えた気がした。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 巡察を終えたレオン帝が最初に行ったことは、造幣局の設立だった。通貨を統一し、金銀の割合を明確に定め、その価値を市場に任せず金の相場から制定した。

 大砲のような高価で強力な武器の出現と、貨幣制度の浸透は、それらをどれだけ購入できるかで領主の力が決まる世への転換となり、それらを集めることができるレオン帝国は中央集権的な国へと変わっていった。

 三度めの黄金時代ゴールデンエイジが訪れたのだ。


 帝国金貨の表には、初代皇帝レオンの横顔が刻印されている。そしてその裏には、大砲を扱う男が刻印されていた。

 帝国金貨は数百年にわたって大陸に流通し、刻まれた二人は、コインの表と裏でずっと寄り添っていたのだった。

 ここまで読んでいただきありがとうございました。

 五章は三章以前の話も出てきますので、四章から読み始めた方は〇章へとお進みください。

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