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4-34

「君ならこの選択を選ぶと思っていたよ。すべてを捨てて恋人を取る。実に英雄らしい愚かな選択だ」


 ヤダルは笑いながら言った。


「さて本当に愚かな選択かな」


 俺はそう返した。ヤダルは馬鹿にしたような笑みを浮かべている。


「愚かだよ。たった一人のために人間の未来とアナトリアの民を犠牲にするのだから愚かとしか言い様がない。魔人王ドゥラスもそうだった。不老の肉体を得てあと数百年は続くはずだった人の時代を、たった一人の女のために捨てた」


 お互い相手の隙を窺っていた。会話しながら、必殺の一撃を加えるためにそれぞれがゆっくりと立ち位置を移動していた。


「アホ主人……」

「ははは、カミラ、ようやく私の元に戻る気になったのかね。私とのつながりを取り戻してくれて嬉しいよ。やはり私との夜は忘れられないかね」


 ギリリと音が鳴った。カミラが歯を噛み締めた音だ。シシドがそんなカミラの様子を見てヤダルを睨みつける。


「その口を閉じろクソ野郎、もうカミラには指一本触れさせないんだぜ」

「なかなか良い眼をしているな、君のような者を私の奴隷とすることこそ、この長い夜を生きる私の数少ない楽しみなのだよ」

「生き飽きたんなら勝手に死ね」


 シシドが吐き捨てるように言った。


「へ、女を無理やり従わせるのは気に入らないね」


 クロウがじりじりと間合いを詰める。魔法戦士であるクロウは、魔法を俺とシシドに任せて近接戦闘を仕掛けるつもりなのだろう。

 ヤダルを包囲する形で俺たちの陣形は整った。俺はハンドキャノンに魔法力を込める。


「ふふふ、君たちは四人、私は一人。これで有利なつもりかね?」

「ああそうだ」

「だとしたらその詰めの甘さを、私は笑おう」


 ヤダルの顔が嘲笑で歪んだ。


「この私が無策で君たちを迎え討つとでも? 君ならきっと私に挑むと思っていた。そしてその選択ならば、君も、アナトリアも、そしてレオンも、すべて打ち破ることができる。人間は下等種族らしく、我々の奴隷として生きていけばいいのだよ」


 クロウが地面を蹴った。同時にヤダルの左手が王座の肘掛けに触れた。

 装置が動く音がして、王座側の壁が三箇所開く。隠し扉があったのだ。


「くはは、この先にいるのはダンジョン最強のイモータルホーンが三体。かの怪物は君たちの敵う相手ではない。ここで君たちの戦いは終わるのだ」


 振り下ろされたクロウの剣とヤダルの杖がぶつかり合った。


「もう遅い! さあやれイモータルホーン!」


 ヤダルが叫ぶ。そして。


「く、くく……くくく」


 俺はこらえきれなくなった。


「何がおかしい英雄どの」

「そのイモータルホーンはどうした? 全然出てこないじゃないか」

「……何をした?」

「俺たちの詰めが甘い? 無策で迎え討つと思っていたかだって? そっくりそのまま返すぜ吸血鬼」


 もしヤダルが通路を覗きこむ余裕があれば、通路が塞がっているのが見えただろう。

 イモータルホーンは確かに最強のクリーチャーだ。だがそれは殴り合いに限ってのこと。圧倒的攻撃力と不死身の打たれ強さ、巨体を物ともしない高い機動力が武器だ。逆に言えばそれしか持っていない。要するに脳筋だ。

 隠し扉で封鎖された通路をイモータルホーンは見抜けない。崩落を防ぎながら壁を崩す知識も技術もない。イーヴィーのことが大嫌いなくせに、イーヴィーなしではダンジョンで活動できない。それがイモータルホーン。

 それを理解しているからこそ、この無敵のクリーチャーはイーヴィーを憎んでいるのだ。最強の悪魔の一角でありながら、最弱の悪魔の援護なしでは戦えないその事実こそが、この悪魔の恐るべき憤怒の源なのだ。


「ダンジョンキーパーはダンジョンコアから離れるべきじゃない。おそらくこの部屋の先にあるんだろうが、ダンジョンコアの側にいないとダンジョンの様子が見えないのだから」

「……舐めるなよ、イモータルホーン無しでも貴様らなんぞ敵ではない!」


 怒りと屈辱に歪んだヤダルがそう叫んだ。


「お前の敗因はなヤダル。見誤ったことだ」

「なんだと?」

「英雄とは俺のことじゃない」

「は?」

「今のアナトリアは俺なしでも戦えるってことさ!」


 シシドが魔法を唱える。高速短距離転移クイックショートテレポート二連発。シシドは一度目の転移でクロウの肩を掴むと、すぐさま二度目の転移でその場を離れた。


「なに!?」


 その刹那に天井が砕けた音がした。同時に、してやったとイーヴィー達の無音の歓声を感じた。

 イモータルホーンの部屋にしかけた隠し扉も、天井を破壊してヤダルを下敷きにしたのも、三賢者によって沈黙サイレンスの魔法がかけられた石を持ったイーヴィー達がここまで掘り進んで仕掛けたのだ。

 俺は、ヤダルが西に進んでいるとわかった時点で、三賢者に調査を依頼していた。ダンジョンを特定した後はイーヴィーを使って相手のダンジョンの付近までダンジョンを拡張するようポポンガに指示し、罠を仕掛けていたのだった。


「こ、こんなもの」


 ヤダルは霧となって下敷きになった瓦礫の中から逃げ出す。


「それを待っていたぜ! 上級修理クリティカルリペア!」


 俺の唱えた魔法はヤダルの上にあった瓦礫を修理する。そしてその瓦礫を本来の形……鈍足の罠へと元に戻す。


「罠だと!?」


 霧状態は、実は対魔法使い戦では有利な状態とはいえない。魔法であれば霧状態の相手にもダメージを与えるものが存在するからだ。攻撃能力を失う霧状態は、あくまで逃げの一手に過ぎない。

 そして、鈍足の罠はその霧状態での逃走を阻害する。拡散するはずの霧は一点に留まり、まともに動くことができなくなるのだ。

 当然、ヤダルは元の姿に戻るしか無い。

 そこで待っているのは、大量のマジックボンバード。イーヴィー達のいる部屋の天井に設置されたこの罠が、階下のヤダルを狙い撃った。鈍足状態のヤダルにとって、この攻撃は回避できない。


「仕掛けるのが早すぎたなヤダル。たしかにお前の早仕掛けで俺は追い詰められた。だが、この百万迷宮について調べる時間が足りなさすぎた」

「ここに新しく勢力を伸ばしているダンジョンキーパーとは……」

「俺はそこのダンジョンアドバイザーなんだよ」


 ヤダルは渾身の力を込めて高レベル魔法、嵐の鉄槌ハンマーオブストームの魔法を発動する。激しい稲妻がほとばしり、俺に向かって飛んだ。俺は魔法力を込めたハンドキャノンを撃ち放った。

 雷鳴と砲火が交差し、閃光と轟音が部屋に轟いた。


「二撃目があったら俺の負けだったな」


 事前にかけてあった、対電撃結界プロテクションフロムライトニングが一撃で消し飛んでしまった。だがどんな強力な魔法でも、この結界は一度は必ず無効化する。結界の容量をこえたダメージは、貫通せずに結界とともに消え去るのだ。


「魔法使いが相手なんだ、事前にあらゆるエネルギー攻撃への結界を用意してるさ。そちらも同じ対策をしていたのかもしれないが……あいにく、ハンドキャノンは物理攻撃なんだ」

「かは……」


 ヤダルの身体は、砲弾によって腰から二つに裂けた。下半身は吹き飛び、胸から上は床に転がっていた。


「た、助けてくれ、カミラ」


 上半身だけとなったヤダルは、それでもしぶとく生き残っている。なにが長い夜を生きるだ。ヤダルは必死に残された生命にしがみついていた。

 カミラはうつむきながらヤダルへと近づく。


「お、おおカミラ、すでに感じているのだろう私との絆を。お前は私のおかげで永遠の命を得たのだ、今ここにお前がいることこそ我が祝福。共に夜を生きようじゃないか、さあこの忌まわしい鈍足の罠を破壊しておくれ」

「そうですね、私にとってのご主人様はあなただけですよご主人様」


 ヤダルの顔にちらりと希望が映った。


「お前に使った言葉を他の主人に使えるか! あたしにとってご主人様という言葉は呪われた言葉だ! お前がかあちゃんを奪った! お前がとうちゃんを奪った! おまえがねえちゃんを! 村の仲間を! あたしの故郷とあたしの死を奪ったんだ! あたしとアホ主人の帝国を奪ったんだ! この日! この日をどれだけ夢見てきたか! ご主人様、あんたを殺せるこの日を!」


 絶叫するとカミラは剣を投げ捨て白い杭と木槌を取り出す。


「き、吸血鬼の眷属たるお前がそれを使うのか!?」


 ヤダルの表情が恐怖で歪んだ。吸血鬼にとって焼けた鉄と同様に手のひらを焼く白樺の杭を振り上げながらカミラは叫ぶ。


「死ね」


 短い、たった一言だった。だが純粋な殺意。カミラの人生を好き勝手に弄んできた怨敵への一撃。復讐の完遂。


「ギャァァァァ!!」


 心臓に杭を打ち込まれ、ヤダルは断末魔の悲鳴を上げながら、呪いを振りまき続けてきた生涯を終えた。


「う、うっ、うっ……」


 ヤダルが動きを止めたあとには、泣きじゃくるカミラの嗚咽のみが、部屋に響いていた。

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