表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/108

4-31

 どうする。どうやってイザベラを探す?

 領地の大砲にリンクして照準能力を使って周囲を探す。アナトリアの外にイザベラの姿はない。走る馬車はすべて、兵たちによって止められた。荷物が空だからといって出発するのは許可しない。あらゆる魔法が使われていることを想定し、魔法学校の教師や生徒たちが付き添い魔法感知で魔法の存在を調べている。透明化が見抜けなくても、魔法の気配は見抜けるのだ。

 これだけのことをしたら各所は混乱しているだろう。

 構うものか、イザベラを失うわけにはいかない。


「転移は同意していない対象は連れていけない……はずだ」


 洗脳系の魔法を使えば別だが……俺のライバルであるイザベラ・ドーラ・レオンは精神魔法に屈しない。そんなやわな女性じゃない。

 だから必ず近くにいる。絶対に助け出す。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「お目覚めかなお嬢さん」


 イザベラは自分が見たこともない部屋に倒れていることに気がついた。頭がひどく重く、そしてのどが渇いていた。


「こ、ここは……」

「心配することはない、君がいたカフェからそう離れていない場所だ」


 椅子に座った、白い髪を持ち、白濁した瞳に黒い肌をしたダークエルフがイザベラのことを見ながら言った。イザベラはふらつく頭から記憶を探す。


「たしか……カフェの廊下であなたが……」


 このダークエルフがカフェの廊下にいたことをイザベラは憶えていた。じっとこちらを見つめてきて気味が悪いと思ったことも憶えている。そしたら何か霧のようなものが……。


「あなた、一体何者ですの?」

「まだ気絶雲スタンクラウドの影響が残っていると思っていたが、なかなか回復が早いな。それともすでに目覚め始めているのかね?」

「な、なにを……」

「おっと、失礼、私としたことがレディの口元が汚れているのも気が付かずに」


 ダークエルフがイザベラに近づいた。イザベラは咄嗟に後ろにあとずさる。


「ははは、そう警戒しなくても……もう手遅れなのだよ」


 ダークエルフの浮かべた笑みにぞっと寒気がした。


「口元……?」


 イザベラは恐る恐る唇に手を触れた。


「ひっ!?」


 何かがべったりと口元に付着している。イザベラの指には真っ赤な液体があった。


「血!?」

「安心したまえ、君の血じゃない、私の血だよお嬢さん」

「あ、あなた……一体私に何を」

「首筋に二つ小さな傷をつけたが、そう大きな傷ではない。簡単に隠せる程度のものだ。肩を開いたエラドリン風の服は着ることができないだろうけどね」

「まさか……吸血鬼!?」

「そうだよお嬢さん、理解が早くて助かる」


 イザベラの表情が恐怖と絶望で歪む。自分がどういう状況におかれているのか理解したのだ。


「私は河族の食客でね。彼らとは友人だったのだよ。嫌な匂いのする野蛮人どもだったがね」

「河族の復讐があなたの目的ですの?」

「それは違うよお嬢さん。あんな蜥蜴どもどうなろうが私の知ったことじゃない。ただ、私が手を貸したのに、彼らは敗れた。つまりは私も敗れたということだ。これは許せない。矮小な人間のクズが私を打ち負かしたなどあってはならぬことだ」


 ダークエルフの顔に憎悪の表情が浮かんだ。見るものをぞっとさせる、狂気を孕んだ笑みだった。


「おっと、失礼、怖がらせてしまったかね?」


 イザベラは今日は武器は携帯していない。丸腰でこの状況をどう逃げるか。ダンフォースと違って、イザベラの戦闘能力は高くはないし、経験も少なかった。


「さて、喉が渇いたのではないかねお嬢さん」


 ダークエルフがナイフを取り出したの見て、イザベラは顔を青くした。だがそれで襲いかかることはせず、ダークエルフはナイフで自分の左手を浅く切る。


「な、なにをなさっているので……」


 ポタンとダークエルフの手首から血が滴り落ちた。


「う……く……」


 ごくんのイザベラの喉が鳴った。激しい乾きがイザベラを襲っていた。


「さて、欲しいかね?」


 よろよろとイザベラはダークエルフへと近づいていく。主の血は、吸血鬼にとって最高のごちそうだった。


「さあ、おいでお嬢さん」


 イザベラは膝をつき、差し出された血の滴るダークエルフの指を口に含み。


「ぐっ!?」


 ダークエルフは痛みで小さな悲鳴を漏らした。イザベラは指に歯をつきたて、食いちぎらんばかりに噛み付いていた。

 イザベラの右手が胸のネックレスに、ダンフォースが渡したエメラルドのネックレスへと伸びる。


「これには魔法が込められてあって、まあ大した魔法ではないんですがね」


 イザベラはダンフォースの言葉を思い出していた。


「収納の魔法が込められてあるんです。おまけの機能なのであんまり容量は大きくないのですが、保存食などサバイバルセットに水質浄化の魔法がかけられた宝石が三つ。あとナイフに傷薬。それと……」


 せっかく良い気分に浸っていたというのに、なんてものを渡してくれるんだろうと、その時は思った。でもモーンさんらしいとも思って笑ってしまった。

 だがそれがイザベラにとって、今は何よりも心強かった。


 右手で触れて念じると、イザベラの手の中にずっしりと重みが伝わる。操作方法はダンフォースから習っていた。


「とはいえ、レオンさんの腕じゃまず当たりませんよ。当てるつもりならゼロ距離、相手に密着して使ってください」


 ごつりとダークエルフは腹部に何か固いものが押し付けられたことを感じだ。身をかわそうとするが、噛み付いたイザベラを引き剥がすには時間が足りない。


「き、貴様!」


 ドン!


 火薬の爆発する音とともに小さめのニワトリの卵ほどの大きさなの鉛玉が発射された。


「ぐ……が……」


 ダークエルフが膝をつくのと、イザベラが口に残った血を吐き出すのは同時だった。


「こんなクソ不味い……失礼、馬のお小水以下の汚水なんて誰が飲みますか」


 イザベラの手の中には一回り小さく、また短くカットされた、だがダンフォースの持っているハンドキャノンと同型のものが握られていたのだった。


「く、まさか、こんな隠し武器を……」


 イザベラはネックレスの中にあるナイフを取り出して威嚇する、出口は、すぐには見つからない。魔法で見えなくしてあるのか。貴族アリストクラートであるレオンでは、魔法の扉を見つけることは不可能だ。


「ふ、ふふ、君は丁重に扱うつもりだったが、そちらから手を出してきたのなら仕方ないな」

「一歩でも近づいてごらんなさい、また風穴あけてやりますわよ」

「やってみたまえ、私もお嬢さんに穴を空けて差し上げよう」

「こ、この!」


 危機的状況は変わらない。だけどイザベラはすでにどこか安心していた。

 ダンフォースは言った。


「まあ当たらなくても大丈夫ですよ。これを使ったら、私が必ず駆けつけますんで」


 イザベラは最初、何を馬鹿なと思ったが、顔が赤くなるのを感じたし、そしてとても嬉しく思った。あの人が言うのなら、本当に飛んでくる。イザベラはそう確信していた。だから。

 その時、空間が歪んだ。


「イザベラ!」


 空間のゆらぎの向こうから現れたのは、イザベラを見つけた喜びと、イザベラをさらった相手に対する怒りを隠さずに叫ぶ、ダンフォースの姿だった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 良かった! 無事だった!

 俺は気丈にもハンドキャノンを抱え、ナイフを構えているイザベラの姿を見て安堵した。同時に、彼女の顔についた血を見て、彼女が傷つけられたのだと思った。


「テメエ……」

「ふん、英雄どのの登場か。しかし無茶をする、転移テレポート先のことも知らずに転移するとは、壁の中だっらどうするつもりだったのかね?」

「俺は大砲のプロだぞ。イザベラに贈った大砲の音に聞き間違いはない」


 イザベラの撃ったハンドキャノンの音で、ここが部屋になっていることは確信していた。多少のリスクはあったが。イザベラのことを考えたら、魔法の詠唱を初めていた。


「やはり君は自分が痛めつけられるより、彼女を痛めつけられることに苦痛を感じるのだね、ふふふ、それなら私の趣向はきっとお気に召してくれるだろう」

「何を言っている、お前はここで死ぬ。俺が死ぬと言ったら絶対だ、たとえ巨人だろうがドラゴンだろうが、それは絶対だ」

「おお怖い、たしかにその通りだ。だが」


 ダークエルフは自分の腹に空いたハンドキャノンによる傷口を俺たちに見せた。


「こんなハンドキャノン一発で瀕死になる私が、本物の私だと思うかね?」

「……似姿シミュレイクラムか」


 ゲームには存在しない、戦闘外魔法の一つだ。高レベルの魔法で、自分と同じ記憶を持つクローンを作り出す魔法だ。ただし数日でクローンは死に絶え、触媒となった元の髪の毛に戻る。

 クローンそのものも本体の半分以下の能力しかなく、情報伝達や囮などに使われる魔法だ。


「その通り、本物の私はその娘を吸血鬼にした後、すぐに霧となって逃げ出したよ」

「吸血鬼……」


 つまりイザベラの顔についた血は。


「ははは、君の今の表情を、本物の私に伝えられないのが残念でならない」

「……言ったはずだ。お前は死ぬと。本物も必ず俺が殺す」

「ふふふ、そうだろうね。君は私を殺せるかもしれない」

「何がおかしい」

「これは君という英雄のための悲劇だよ。このくらいではとうてい足りない」


 芝居がかった仕草でダークエルフはお辞儀をした。


「さて、英雄よ。君の恋人は悪しき吸血鬼によって呪いにかけられた、助けるためにはどこかにいる私を探しださなくてはいけない。幸い英雄たる君には人を動かす力がある。周囲の領地を封鎖してしらみ潰しに探せば見つかるであろう」

「……何が言いたいんだ」

「だが、今この時、ドラゴンキングダムの竜人がガレー船二十隻を持って、海から君の領地を略奪すべく迫りきていることを、英雄たる君は知ってしまった」

「な……」

「そして同時にこの大陸に住む竜人たちはレオン大公の領地を奪うため、決戦の兵を挙げたのだ。人間の勢力の増大を感じて、早期決戦にでたのだろう」


 この吸血鬼は……。


「お前がそれらを煽ったのか」

「人間の勢力の増大を危険視しているというのも事実だよ英雄どの。君は短い期間にあまりに多くのことを成し遂げすぎた。分をわきまえぬ愚か者はこういうことになるのだ」

「この程度の敵……」

「ああ、英雄どの確かに時間があれば、君はきっとこれらの脅威をすべて打ち破れる。だが君は一人だ。さしもの英雄どのも別々の場所で起こるこれらの凶事すべてに立ち会うことはできない。そして君ほどの英雄は、人間どもにはいない」

「…………」

「さあ、君はどれを選び、どれを犠牲にする? 恋人を捨てるか? 領地を捨てるか? レオン大公を見捨て団結しかけていた人間の勢力の明日を捨てるか? ふふふ、君はまだ若い、すべてを失う悲劇より、自分で何かを切り捨てる悲劇の方が似合うと思ったのだが、どうだろうお気に召してくれたかな」


 ガンと音がした。


「アホ主人! 勝手に先に行かないでください!」

「大丈夫かダン!」


 魔法で隠された扉を蹴破って入ってきたのは、カミラとシシドだった。


「こいつがレオンをさらったんだな!」


 シシドは怒りを魔法に込め、すぐさまファイヤーボールを打ち込むべく構えた。だがカミラはダークエルフの顔を見た途端に固まり、表情を失って呟いた。


「あ、あなたは……ご主人様……」

「やあカミラ、元気そうだね」

「ご主人様!?」


 シシドが困惑したように叫んだ。


「そうだよ、カミラの村を襲って、村人を皆殺しにし、カミラを吸血鬼にしたのは私だ。ああそうかまだ名乗っていなかったな」


 吸血鬼は腹から血を流しながら笑って言った。


「私は、大魔法使いアークマギヤダル。かつて魔人王を倒した勇者のパーティーの一人。アンダーランドのダークエルフにして悠久の時を生きる不死なる吸血鬼。以後お見知りおきを」


 そう言うと、ヤダルはボロボロと崩れ、不快な臭いを発する泡となって、そして最後には一本の髪の毛となって消えてしまった。


「くそ……」


 俺はぶつけどころの無くなった怒りを飲み込み、かならずヤダルを殺すことを心に誓う。

 俺が死ぬと言ったら、必ず死ぬ。最強厨ダンフォースの恐ろしさ絶対に思い知らせてやる。



「ベラ!? 怪我はないか?」


 俺はイザベラに駆け寄った。


「も、モーンさん」


 イザベラの息は荒い、目の焦点が合わずに今にも倒れそうだ。


「大丈夫だ、もう大丈夫」


 俺はイザベラを抱き寄せた。


「ごめんなさい、私……私、穢されて……呪われた血を……」

「大丈夫だ、絶対に大丈夫、かならず君は俺が救う」

「う、うぅ……」


 あのイザベラが泣いている。屈辱と恐怖で震えている。くそ、くそ、くそ!


「ごめん、俺が近くにいながら……」

「お、おいカミラ!」


 シシドが叫んだ。振り返ると、カミラがうずくまり、ガタガタと震えていた。


「あ、あ……」

「大丈夫かカミラ、おい、しっかりしろ!」

「ご主人様が……また、また私の大切な人たちを……」

「カミラ! おい!」


 カミラはぶつぶつと言葉を繰り返し、恐怖で震えていた。俺は彼女を助け起こすべきだったのだろう。

 だけど俺の腕の中にはすでにイザベラがいた。うずくまるカミラに差し伸べるべき腕は残っていなかった。

 ヤダルの言葉が、俺は一人だという言葉が、また俺の耳に聞こえてきたようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ