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後日、俺はレオンさんことイザベラと、レオン大公とアナトリアのカフェにきていた。頼んだ料理はレオン料理のパエリアだ。ここは以前、イザベラと一緒に来たお店だ。
「ありがとうございます。レオン閣下のおかげで無事に公爵位を得られました」
「なに、私は君の提案に同意しただけだ。あの会合をまとめたのはアナトリア殿とイザベラの実力だよ」
レオン大公の顔は優しい笑みを浮かべていた。
「それにしても、しばらく見ないうちにうちの娘は、ずいぶんと成長したようだ」
「いえ、まだまだ自分の未熟さを日々思い知らされますわ」
「謙遜しなくてもいい。私のベラは公爵位の創設という歴史的な偉業を達成したのだ。父親として鼻が高い」
「ありがとうございます父様」
「それもアナトリア殿……どうも他人行儀でいかんな、ダン君と呼んでもいいかね? 君も私のことはフィレロと呼んでくれたまえ」
「はい、フィレロさん」
「素直でよろしい。私がこう言っているのに閣下呼びを変えない者も多くてな」
フィレロは、旧帝国領最高位の貴族だというのに、ずいぶん気安い性格のようだ。ここのカフェも美味しいけれど、貴族向け料理とは言いがたい。だけどフィレロは気にせずに料理を楽しんでいた。
「ベラは役に立っているかね? 私のベラは優秀ではあるが、英雄たる君と比較すれば、足手まといなのではないかと心配になることがあるのだよ」
「父様!」
イザベラの表情が曇った。俺は姿勢を正して、自分の想いを口に出す。
「フィレロさん。お嬢様……レオンさんは、あなたのベラであると同様に私の右腕です。レオンさん無しに今のアナトリアはありませんでした。この公爵位の創設もレオンさんの発案です」
「ほお」
「それに……おそらくレオンさんがいなければ、私は領主を続けられなかったでしょう。英雄であると周りからは賞賛を受けますが、私にも未熟な点は沢山あります。誰かの教えを乞いたい時も、間違っていることを正してもらいたい時もある……」
最初は気が付かなかった。なぜレオンが俺のライバルだと言い続けてくれたのか。
「レオンさんは」
俺の成功はレオンがいたからこそ得られたものだ。そのことを伝えなくては。
「し、失礼! ちょっとお花を摘みに行ってきますわ!」
レオンはそう叫ぶと、オホホと笑いながら慌ててかけだしてしまった。
「あ……」
「こ、これベラ!」
呼び止める暇もない。俺はがっくり肩を落とした。フィレロもうなだれて苦笑いを浮かべている。
「いい機会だから、ちゃんと感謝を伝えたかったんですけど……」
「十分伝わったよ。君と一緒にいたからこそ、私のベラはあんなに素晴らしいレディへと成長したのだね」
「私が成長できたのも、レオンさんのおかげです」
「ふふ、いいパートナーに巡り会えたようだな」
そう言って、俺たちはコーヒーカップを傾けた。
「ところで、君たちはまだレオンさん、モーンさんなど他人行儀な言い方をしているのかね?」
「え?」
「もっと気軽に、ダン、ベラと呼び合えばいいじゃないか」
「ま、まあ私もその方がいい……かな?」
「そうしなさい」
フィレロは楽しそうだ。
「私がいうのもなんだが、ベラはいい子だぞ。それにスタイルもいい。賢くで美人で優しくて気品がある。パーフェクト!」
「ふぃ、フィレロさん?」
「くっ、そのベラを誰かの嫁にやらねばならないと考えると……」
フィレロさんは結構の親ばかのようだな。まあ気持ちは分かる気がする。俺もベラのような娘がいたら、きっとこうなる。
「いかん、つい熱くなってしまった」
「あはは……」
「それにしても、私のベラは戻ってくるのが遅いな」
「……そうですね」
たしかに遅い。食事も終わり、コーヒーカップも空になっている。
「様子を見に行きましょう」
「ん……そうだな」
トイレに行った女性を追いかけるのはあまり行儀がいいとい言えないが……悪い予感がするのだ。
そして……ベラはどこにもいなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「英雄物語には悲劇が必要、そうは思わないか?」
気絶しているベラは答えない。だがそのダークエルフは気にせずに話を続けた。
「魔人王ドゥラスの死も、美しい悲劇に彩られていたよ。かの帝王が、絶望と無念に満ちた表情で死に絶えていく様は素晴らしい物だった。私を裏切った、あの愚かなカミラの涙も美しさに彩りを添えていた」
ゆっくりとダークエルフはベラの肩に口を寄せる。開かれた口には鋭い牙が生えていた。
「吸血鬼の世界へようこそ、英雄の恋人よ」
そして吸血鬼は牙を突き立てた。
吸血鬼。多くのファンタジーで登場するこの怪物はブルー・オブ・アナザーカラー・オンラインにも登場する。ダンフォースが倒したデズモンド伯爵がそうだ。
吸血鬼は多くの特殊能力をもつ恐ろしい怪物だ。その視線は相手を催眠状態にして一時的に支配することができるし、触れた相手から生命力を奪うことができる。ネズミや狼といった生き物を支配する力に動物や霧に変身する能力、強力な自己再生能力を持つ。
そして何より、吸血能力と呪われた同族作りの能力が、この災厄が恐れられる原因だ。その牙による吸血を受けた者は吸血病に感染し、その病気を治療せずに死ぬとカミラのような不完全な吸血鬼として蘇る。
吸血病の間も、血への渇望を感じるようになり、周りから吸血鬼なのではと疑われる原因にもなって殺された。その点でもこの能力の犠牲者の治療を困難にしていた。
もう一つは、吸血鬼から血を吸われ、そして吸血鬼から血を受けた者を同族にする呪いだ。こちらは死ぬのを待たず、時間経過と共に、対象は吸血鬼へと変貌していく。しかもこの呪いはただひとつの方法を除いて、魔法や秘薬で治療することができない。
完全に吸血鬼へと変貌する前に、その血を与えた吸血鬼を殺すことでのみ、その呪いを解くことができるのだ。
外の通りでアナトリアの男たちがイザベラの名を呼びながら走り回る音を聞きながら、吸血鬼は愉快そうに笑ったのだった。




